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『やあ、ジェス。元気そうで何よりだね。戻ってきたというのに、さっぱり顔を見せてくれないから、自分から会いに来てしまったよ』

『……』


 にこやかなコンラードの登場にも、ジェスアルドは眉を寄せただけで、すぐに書類へと視線を落とした。

 その表情に他の者なら怯えただろうが、コンラードはちっとも気にしていないようだ。

 どかりとソファに腰を下ろして、フリオに軽く手を振って見せた。

 フリオも慣れているのか、小さくため息を吐くと、部屋から出ていってしまう。


(え? フリオを追い出したの? ひょっとして、聞いちゃいけない話かな……)


 そう考えたものの、もう少しだけ様子を見ようとリリスはその場に留まった。

 あまり個人的なことは聞きたくないが、なんとなく気になる。


『それで、奥方はどうしたの? 噂では不満を漏らした妃殿下に激昂して、皇太子殿下はそのまま妃殿下を置きざりにして帝都に戻ってきたとか……。それで妃殿下はトイセンに留まざるを得ず、今もトイセンの宿で泣き暮らしているんだって?』


(ええ!? 何、それ!? フウ先生から聞いた噂より酷くなってる!)


 あんぐり口を開けたリリスだったが、その情けない顔は幸いにして誰にも見られない。

 ジェスアルドは今さらそんな噂では動じないのか、無視したまま書類に何かを書き込み始めている。

 そんなジェスアルドに呆れたように、コンラードはため息を吐いて続けた。


『まあ、噂はいつものことだからいいけど。妃殿下はお体があまり丈夫でないのだから、やっぱりこの視察に同行させたのが間違いだったんじゃないかな?』

『……』


(違うわよ! そんなことないの! 私がジェドにお願いして連れて行ってもらったんだから!)


 何も言わないジェスアルドの代わりに、リリスがコンラードに近づいてぷりぷりしながら反論した。

 もちろん誰にも聞こえないので、意味はないが。

 コンラードはジェスアルドと違って、リリスに間近に迫られていても気付いた様子はまったくない。


『とにかく、僕はこのまま奥方を宿屋に留まらせておくのはまずいと思うな。せめてコート男爵の屋敷で静養させるべきだよ』

『いや、妃殿下は焼き物に……興味があるらしいから、このままトイセンで静養したほうがいいだろう』

『え? ジェスって、まさか奥方のことを妃殿下って呼んでるの? 何でそんな他人行儀な。コリーナ妃だって——』

『コンラード様!』


 突然、厳しい声が割って入り、コンラードは口を閉ざした。

 その声の主は、先ほど出ていったフリオであり、彼の手元にはお茶の用意がある。


(なるほど。あれは出ていけってことじゃなくて、お茶の用意をしろってことだったのね……。って納得している場合じゃなくて! ああ、コンラードは何を言いかけたの? 知りたい。すごく知りたい! でもこれ以上個人的なことに踏み込んじゃダメ! ジェドの古傷を抉ってしまうかもしれないのに……。でも、私のことは二人きりの時はちゃんとリリスって呼んでくれてるもの!)


 リリスは色々なもどかしさに身悶えていたが、コンラードはフリオを睨みつけただけでそれ以上の続きを口にはしなかった。

 ジェスアルドは特に変わった様子もなく、また書類に目を通している。


『話が逸れてしまったけれど、とにかく妃殿下を宿に放置はかわいそうだよ』

『殿下は妃殿下を放置されているわけではありません! ちゃんと、……ちゃんと……妃殿下を気遣っていらっしゃいます!』

『へえ、本当に? じゃあ、手紙や贈り物の一つくらいは送ったんだよね? 女性ってのは、それだけで喜ぶものなんだから。簡単だよね?』

『……』


 ドキドキしながらリリスはジェスアルドの反応を待ったが、やはり何もない。

 がっかりしてリリスはその場を離れた。

 これ以上、コンラードの言葉を聞いていたら、気にならなかったことまで気にしてしまって落ち込んでしまう。

 こうして元気なジェスアルドを見ることができただけでも幸運なのだと思い、リリスは皇宮の中を見て回ることにした。


 皇宮内はリリスたちが旅立つ前と何も変わらないように見える。

 だが時折『妃殿下がお気の毒で……』といった噂話が聞こえてきたが、リリスはもう気にしなかった。

 噂の内容はただの誤解だし、リリスにとっては気の毒でもなんでもないのだ。

 むしろまたジェスアルドが悪く言われていることに、もやもやしてしまう。

 その解消のためにも新たな決意をしたリリスは、そこで目が覚めてしまった。


「おはようございます、リリス様。もう起きられますか?」

「うん……。少し眠りすぎたみたいね。もう夕方だわ」


 窓の外を見れば、太陽が山の向こうに沈みかけている。

 しまったとばかりに呟いたリリスに、テーナは微笑んで首を横に振った。


「リリス様はここのところ、頑張りすぎていらっしゃいましたもの。本当はもっとお休み頂きたいくらいです。新しいことに挑戦なさるリリス様は、いつも夢中になってしまわれるので仕方ありませんが、あと二十日くらいはのんびりされてもよろしいのではないでしょうか?」

「……そういえば、確かにそうかも。うん、わかったわ。でも、一つだけやるべきことがあるから、それには申し訳ないけれど付き合ってくれる?」

「やらなければならないこと? もちろん、私は何であろうとリリス様に付き合わせて頂きますが……。何をなされるのですか?」

「それはね……〝皇太子殿下は本当はいい人作戦〟よ!」

「……さ、さようでございますか」


 ベッドに座ったまま右拳を高らかに突き上げて宣言したリリスに、テーナは先ほどの言葉を引っ込めたくなった。

 それでもどうにか笑みを浮かべて、答えたのだった。




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