表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/156

61

 

 シヤナの作成はまず素地作りから始まった。

 その間、ハンスは釉薬を作成するべく、リリスやエドガーとは別行動である。

 ブンミニの町から運んできた岩石を細かく砕く作業は、元坑夫を数人雇っていたので、彼らに任せた。

 エドガーもかなり体格がよく力仕事もお手の物らしいが、やはり岩石の扱いは坑夫たちが抜きん出ているのだ。


 それからリリスは夢で見たように、岩石の細粉を水に浸し、上澄みをすくって天日に干した。

 素地として使える粘土の固さになるまでの時間は、エドガーに判断をお願いする。

 そんな作業を進める間、街の人たちには、皇太子妃が長旅に耐えられる体力回復までのお遊びだと思わせていた。

 そして、エドガーは無事に素地からいくつかのカップや花瓶を造形したが、すぐに焼きに入ることはできなかった。

 しばらくは天日に干して乾燥させるのだ。


「ここから二十日ほどかかるの?」

「そうっすねえ。まず三日ほど日陰で干して、天日にさらしますので……実際には目に見て判断しないといけやせんが、最短でもそれぐらいはかかりますぜ」

「そうよね……」


 作業工程はわかっていたはずなのに、実際にエドガーから聞かされると、リリスはがっかりしてしまった。

 いつもはわくわくする新しい物を作るという作業も、なんとなく気乗りしない。


 ブンミニの町でジェスアルドを見送ってから、もう十日も過ぎているのだ。

 その間、何の便りもない。

 宿に帰って窓際の長椅子に腰を下ろしたリリスは、大きくため息を吐いた。


「せめて、無事に皇宮に着いたってくらいの手紙をくれてもいいと思わない?」

「ですが、到着なされてすぐにお手紙を書かれたとしても、早馬を使われない限り、届くのは昨日今日ではないでしょうか?」

「……確かに」

「それに、リリス様からお手紙を書かれてもよろしいのでは? シヤナの進捗状況などは、殿下もお気になさっていらっしゃるでしょうし」

「それはまあ、そうなんだけど……」


 リリスが何のことをぼやいているのか、すぐに察したテーナは慰めるように答えた。さらにはアドバイスまでしてしまったが、これは余計なことだったようだ。

 結婚前にリリスが書いた手紙に、ジェスアルドからの返事はなかったのだから。


「で、では、お返事を書かざるを得ない内容になさればよろしいのではないでしょうか?」

「……返事を書かざるを得ない?」


 微妙な沈黙を破るように、レセが明るい声で提案した。

 その内容に、リリスは首を傾げる。


「はい。例えばですが、お留守にしていた間に皇宮に変わりはなかったですか? とか、会談は上手くいかれましたか? とか、お天気はどうですか? とか……質問にするんです。そうすると、答えざるを得ないのではないかと。今ではもう、殿下とリリス様はご夫婦なんですもの。きっと、殿下も今回はお返事をくださると思います」

「なるほど……。そうね、そうよね! うん、そうするわ! ありがとう、レセ! テーナも心配かけてごめんね? ありがとう」

「いいえ、私は何も……」


 レセの説明にリリスは大きく納得した。

 確かに最初の手紙には、殿下のことをちゃんと知りたいとは書いたが、具体的な質問ではなく、他には結婚式を楽しみにしているなど、自分の気持ちばかりだったような気がする。

 レセにお礼を言って、テーナに愚痴ってしまったことを謝罪すると、テーナは申し訳なさそうな顔をした。

 あの手紙のことをずっと気にしていたのかもしれない。

 リリスは立ち上がると、テーナをぎゅっと抱きしめた。


「リリス様?」

「本当にテーナにはいつも迷惑ばっかり……。でも見捨てずに付き合ってくれて、ありがとう」

「そのようにもったいないお言葉を……」


 テーナは少しだけ声を詰まらせて微笑んだ。

 リリスもにっこり笑ってテーナから離れると、にこにこ微笑んで見ていたレセに勢いよく抱きついた。


「レセもいつもありがとう! 大好きよ!」

「はい! 私も大好きです!」


 元気のいい返事がレセから聞けて、リリスはにっこり笑ったまま離れると、すうっと大きく息を吸った。


「よし! じゃあ、寝るわ!」

「ええ!?」


 リリスの決意にずっこけそうになったのはレセだ。

 テーナはいつものことなので気にせず、リリスの寝支度のために控えの間へと入っていく。


「ちょっと疲れているみたいだから、お昼寝をしたらまた元気になると思うの。そうすればきっと変な内容にならず、手紙を書けると思うのよね」

「さようでございましたか。申し訳ありません、リリス様がお疲れになっていることに気付きませんで……」

「レセったら、謝る必要なんてないわよ。ほら、私って考えるのが苦手だから」


 そう言ってまた笑ったリリスは、テーナとレセに手伝ってもらって、簡単な寝支度を整えた。

 それからベッドに横になった途端、リリスは眠りに入り、次に意識した時には夢の中にいることに気付いた。


(え? あれ? まさか……)


 リリスは驚きながらも、ずいぶん馴染んできた場所——皇宮の自室の居間から、テーナたちが使用している控えの間へするりと入り、それから自分の寝室へとふわふわ移動して確信した。

 間違いなく、旅行中のため留守にしているリリスの部屋である。


(ということは、もしかして……)


 期待に胸を膨らませて、リリスはふわふわとジェスアルドの部屋に入ると、周囲を見回した。

 それから自分では気づかずにやりとして、目的の場所へと向かう。


(やった! いた!)


 目的の場所——ジェスアルドの執務室をそっと覗き込んだリリスは、嬉しさのあまり飛び跳ねた。

 その瞬間、はっと顔を上げたジェスアルドと目が合ってしまった。――ように思えたが、そんなはずはない。

 やっぱりジェスアルドは勘がいいようだ。

 ドキドキしながらも、リリスは部屋から出ていくことなく、壁に背中を押し付けながらゆっくりと近づいていった。

 もちろん見えるはずはないので、ただ単に気分である。


『どうかされましたか?』

『……いや、何でもない』


 突然顔を上げたジェスアルドに、側近のフリオは不思議に思ったらしい。

 しかし、ジェスアルドはそっけなく答えただけ。

 そんな態度にもフリオは慣れているのか、傷ついた様子もなく、逆に気遣うような笑みを浮かべた。


『殿下は少しお休みになったほうがよろしいのではないでしょうか? ご視察からお戻りになって休まれる暇もなく、フォンタエの使者との会談のための打ち合わせに参加され、実際に会談にも臨まれたのですから。内容的にも申し分なく終わることもできましたし、やはりお休みになるべきですよ』

『別に疲れてはいない。ただ……おかしいと思わないか?』

『何のことでしょう?』


 そんなに大変だったのに、手紙をくれないと文句を言っていた自分に反省していたリリスは、ジェスアルドの言葉にまた意識を向けた。

 フリオはさっぱりわからないという顔をしている。


『今回の会談だが、上手くいきすぎではないか? まるでこちらの出方を前もって知っていたようだ。そのうえで、一番無難な答えを返してきたのではないかと思える』

『……それほど優秀な密偵がいるということでしょうか?』

『もしくは、内通者がいるということだな』

『な、内通者?』


 フリオはさっと青ざめた。

 リリスもまた驚き、聞こえないのはわかってはいるが、洩れそうになる声を出さないために口を押える。


「別に驚くほどのことではないだろう? 密偵も内通者も、外交の上では必要な駒だ。それを逆手に取ることだってできる。ただ問題は——」


 言いかけたジェスアルドは急に立ち上がり、リリスに向かって歩いてきた。

 心臓をばくばくさせながらリリスが動けずにいると、ジェスアルドはリリスの隣に掛けてあるタペストリーをめくった。


『殿下? この部屋は他の部屋より壁も厚く、陛下のお部屋と違って抜け道もないはずですが……』

『ああ、そうだな』


 大きくため息を吐いて、ジェスアルドは席に戻った。

 未だに心臓をばくばくさせながら、リリスはほっと息を吐く。

 ジェスアルドに余計な神経を使わせてしまうのは申し訳なく思ったが、それでもリリスは部屋から出ていくことができなかった。


 今、この時間はおそらく現実より数日前のようだが、リリスにとってはもう十日以上も会っていないのだ。

 そのためリリスはしばらくの間、タペストリーが掛けられた壁から動くことなく、再び書類に目を通し始めたジェスアルドを眺め続けた。

 そんなちょっとした幸せの邪魔をしたのは、ノックの返事も待たずに入ってきたコンラードだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ