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 ジェスアルドが唖然として見ていると、リリスはふうっと息を吐いてようやく筆記具を置いた。

 そこでジェスアルドは我に返り、改めて問いただした。


「リリス、何を書いていたんだ?」

「っ――ジェド!? どうしているんですか!?」

「……ここは、俺のベッドだからな」

「あ……そうでしたね」


 ジェスアルドの言葉にリリスは状況を思い出したのか、周囲を見回しながら頷いた。

 しかし、落ち着かないその様子はかなり怪しい。


「それで、何を書いていたんだ?」


 再び問われて、リリスは必死に考えた。

 ここで現実夢のことを打ち明けるには、まだ心の準備ができてなさすぎる。

 もういいのではないかという思いと、まだやめておいたほうがいいという思いとが、複雑に交錯して、結局リリスは無難な返答をすることにした。


「あの……夢の……内容を書いていました」

「夢の内容?」

「はい。えっと、腹が立った夢とか……その、夢なんですけど、怒りの発散場所がないので、書き留めるんです。……そうすると、ちょっとすっきりするというか……」

「……そうか」

「変な癖なのはわかっています。でも、小さい頃からの習慣なので……」


 ジェスアルドにしてみれば、リリスの言動がどんなにおかしくても、今はもう受け入れられる。

 だから納得しての返事だったのだが、リリスは呆れられてしまったと思ったのか、焦って言い募る。


「いや、気にしなくていい。ただ驚いただけだ。少々……鬼気迫るものを感じたから。それほどにあなたが腹を立てた夢というのが気にはなるが……。私がまた何か変なことをしてしまったのだろうか?」

「え? いいえ! まさか! ただジェドを……」

「私を?」


 言いかけてためらうリリスを、ジェスアルドは促した。

 慌てた返答はジェスアルドの興味をさらに煽ってしまったらしい。

 そこでリリスは考え、夢で通せばいいのだと気付いて続けた。


「ゆ、夢には、コート男爵と財務担当者、販売責任者の三人が出てきたんですけど……その三人がジェドのことを『大したことない』とか、『騙されやすい』とか言って笑うんです。『今回はうまく誤魔化せた』って。しかも『〝紅の死神〟は戦でしか役に立たない』とまで! もう腹が立って腹が立って……。私、暴力は反対ですけど、殴りたくなってしまったほどです」

「ああ……」


 あの拳はそういうことだったのかと、ジェスアルドは理解した。

 リリスは話したことで、怒りがよみがえってきたのか、鼻息が荒い。


「そもそも、〝紅の死神〟って、呼び名が馬鹿みたいですよね?」

「そう……かもな」


 この言葉にジェスアルドはかなりほっとしていた。

 先ほどの寝言は、どうやら自分の二つ名に対して怒っていた言葉らしい。

 もちろんジェスアルドも、初めは〝紅の死神〟と呼ばれることにいい気分はしなかったが、もう長い間そう呼ばれていたので慣れてしまっていた。

 今では名前ばかりが一人歩きを始め、相手を威嚇するのに役立つこともある。

 父である皇帝をはじめ、信頼のおける友人や臣下も当然のように受け入れているのだが、リリスは許せないらしい。

 そう思うと、ジェスアルドはなんとなく嬉しくなった。

 が――。


「失礼ですよね、〝紅の死神〟なんて。それにダサいと思うんです」

「……ダサい?」


 怒りとともに吐き出された言葉は予想外で、ジェスアルドは唖然とした。

 しかもなぜか傷ついてしまっている。


「はい。ジェドに全然似合っていません。私なら、もっと違う二つ名でジェドのことを呼びますね」


 リリスはそう言って、考えるように上を向き、ほわんと微笑んだ。

 恐ろしいと言われる〝紅の死神〟をダサいと言うばかりか、このリリスの態度にどう反応すればいいのかわからない。

 そのため、微笑みの真意が知りたくて、ジェスアルドはつい訊いてしまっていた。


「……では、リリスなら私のことを何と呼ぶんだ?」


 ジェスアルドの問いかけに、リリスは顔を輝かせた。

 その満足げな笑顔に、やめておけばよかったとジェスアルドが後悔した時には遅かった。


「〝暁の貴公子〟です!」

「暁の……貴公子……」

「はい! 気品があって、ジェドにピッタリだと思います!」


 意気揚々と答えたリリスだったが、呆然として呟くジェスアルドに気付いて、首を傾げた。


「気に入りませんか? では、〝緋色の星辰〟は? 絶対かっこいいですよね!」

「……星辰?」

「星です!」

「いや、それはわかるが……」

「ジェドは星のように輝いていますからね! あ、太陽の方がやっぱりいいですかね? そうなると、緋色は使えませんね……。なら、暁の太陽……は、ちょっとありきたりだし……」


 うーんと考え込んでしまったリリスを前にして、ジェスアルドは再び反応に困った。

 決して、〝紅の死神〟が気に入っているわけではない。

 だが今さら〝暁の貴公子〟だの〝緋色の星辰〟だのと呼ばれて耐えられるだろうか。

 絶対に父たちは腹を抱えて笑うに決まっている。

 そのことを想像してジェスアルドは身震いし、またかなり悩んだ。


「やっぱり〝暁の貴公子〟か〝緋色の星辰〟が素敵だと思うんですよね。ああ、でも貴公子には年齢制限があるから、やっぱり〝緋色の星辰〟かな。あとはどうやってこの二つ名を広めれば……」


 そう呟くリリスを止めるにはどうすればいいのか。

 できるだけ傷付けず、穏便にすませたい。

 しかし、これにはかなり高度な説得術が要求される。


 結果、ジェスアルドは考えることを放棄した。

 そして、あれやこれやと楽しそうに考えているリリスにキスをして、そのまま押し倒す。

 するとリリスは驚いたようだったが、すぐに応えてくれた。


 翌日――。

 皇太子夫妻一行は予定よりも遅れて出発することとなった。

 その理由が、皇太子妃殿下の寝坊のためだと知る者は少ない。




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― 新着の感想 ―
[良い点] ジェドは諦めを覚えた! 夫婦の絆が1上がった! みたいな展開で思わず……
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