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 あの夜から、二人は朝まで一緒に眠っていた。

 一応はジェスアルドがリリスの部屋を訪れるのだが、トイセンに到着した日の夜は遅くなってしまったために、リリスがジェスアルドのベッドでちゃっかり待っていた。

 その姿を目にしたジェスアルドは、やらなければならないことを前にして張り詰めていた気持ちが解れ、笑ってしまったほどだ。


 さらにはあの次の日から、リリスは気がつけばジェスアルドの傍にいた。

 移動中は別になるのだが、休憩に立ち寄った町や村では、すっとジェスアルドの隣に立ち、腕を組んで、歓迎する人々に笑顔で応えるのだ。

 すると、一瞬の沈黙のあと、人々からはわっと歓声が沸く。


 そんな人々の反応に、ジェスアルドは困惑しつつ、リリスの言葉を受け入れ始めていた。

 自分は今まで過剰に周囲の反応を気にしすぎていたのかもしれないと。

 そして、リリスの蹴りで目覚める朝に慣れてきた四日目の夜――。


「リリス、紹介したい者がいるので、明日の昼前にでも時間を割いてくれないか?」

「――はい、大丈夫です。ですが、どなたにご紹介いただけるのですか?」

「以前、言っていた陶工だ。今は工場責任者――監督官としての任務に就いている。かなりの頑固者らしいが、腕は確かだと評判らしい。また今回の不正には関与していないのも確かだ」

「そうなんですね。ありがとうございます!」

「いや、礼を言われることではないが……。その、相手はずいぶん荒っぽいとも聞いた。あなたは驚くかもしれないが、私も同席するし、もちろん護衛もいるので安心してほしい」


 素直に喜ぶリリスに、ジェスアルドは言いにくそうに付け加えた。

 だが、リリスはさらに顔を輝かせる。


「職人気質ってやつですかね? でもご心配には及びません。フロイトでも頑固親父とはたくさんケンカをしましたし、負けませんから!」

「頑固親父……と、ケンカ……」


 わかっていた。いや、わかったつもりになっていた。リリスは普通の王女とは違うのだと。

 しかし、ジェスアルドの認識はまだまだ甘かったらしい。

 拳を握り締めて立つ姿は闘志に燃えている。


「リリスは……その、護身術を習ったりなどしていたのか?」

「いいえ。残念ながら、そのようなことはまったくしておりません」

「だよな」


 ちょっとだけほっとしたジェスアルドは思わず素で答えていた。

 そんなジェスアルドに、リリスは申し訳なさそうな視線を向ける。


「私専属の護衛は特にいませんでしたが、基本的に私はお城から――部屋からも出ることがあまりなかったので……」

「いや、もちろん護身術などできなくてかまわないんだ。特にあなたはあまり体が丈夫ではないのだから」


 ついしてしまった質問でリリスを誤解させてしまったらしく、ジェスアルドは慌てて必要ないことを伝えた。

 ジェスアルドの知る限り、王女どころか貴族の令嬢たちも護身術を習っているとは聞いたことがない。

 護身術とはそもそも騎士志望でもない貴族の令息が習うものなのだ。

 だが、リリスは自分の不出来を言い訳するように続けた。


「あの、確かに私は部屋からあまり出ることはありませんでしたが、馬には一人で乗れますし、小さい頃にはお兄様と取っ組み合いのケンカもしましたので、そこまでか弱くもありませんから、安心してください」

「兄君と……取っ組み合いのケンカ?」

「ええ。でも、十歳の時にやっぱり力では勝てないって悟ってからは、諦めました。だって、本気で相手にしてくれないんですもの。悔しいですよね? それからは口ゲンカだけにしています。口ゲンカでは負けたことないんですよ?」


 最後は自慢げになったリリスの話に、ジェスアルドは妙に納得してしまった。

 もし、リリスと本気の口論になったとしても勝てる気がしない。

 そもそも、女性はか弱く守るべき存在だと教えられて育ったジェスアルドにとって、兄妹とはいえ、取っ組み合いのケンカをすることが信じられなかった。


「その……兄君は、あなたを、なぐ……叩いたりしたのか?」

「いえ、叩かれることはなかったです。今思えば加減してくれていたんでしょうね。ただ髪を引っ張られたり、ちょっと蹴られたりはしました」

「蹴ったのか? あなたを?」

「兄妹ゲンカですから、そんなに驚くほどのことはないですよ。いつも、怒った私がエアム兄様に掴みかかっていっていたので、引き離そうとしてのことです。私のほうが叩いたり、蹴ったり、噛みついたりして、申し訳ないことをしました。スピリス兄様はほとんど相手にしてくださらなかったし」


 懐かしそうに語るリリスの言葉に、ジェスアルドは毎朝の蹴りの原点を知ってしまった気がした。

 だが、そんなジェスアルドの思いには気付かず、リリスはにっこり笑った。


「というわけで、今日は早く寝ましょうか?」

「早く?」

「ええ。午前中に人と会うにはたっぷりの睡眠が必要なんです。私、朝は弱くて……」


 確かにこの四日間、ジェスアルドが起きる時にリリスはぐっすり眠っていた。

 まったく起きる気配もなく。

 ただ何かぶつぶつ呟いていることもあるのだが、それはもう気にしないことにしている。


「では、私はそろそろ部屋に戻ろう」

「どうしてですか?」

「……早く寝るんだろう? それに私が傍にいては、ぐっすり眠れないだろう?」

「いいえ、まったく。私も誰かと一緒に眠るのは初めてだったんですけど、全然支障がなくて驚きました。あ、それともやっぱりジェドは眠れませんか?」

「――いや、そんなことはないが……」

「そうなんですね! よかったです。ひょっとして、私たちって相性がいいのかもしれませんね」


 嬉しそうに言うと、リリスはいそいそとベッドに入り、隣をとんとんと叩いた。

 かなり慣れたつもりではあったが、リリスにはやはり驚かされてばかりである。

 ジェスアルドももう考えるのはやめて、素直にリリスの隣に横たわった。

 するとリリスは体を起こして、ジェスアルドに軽くキスをして、またにっこり笑う。


「おやすみのキスですね! では、おやすみなさい」

「は? あ、ああ……」


 思わず抱き寄せようとしたジェスアルドの手がさまよっているうちに、リリスは枕に頭を落とし、目を閉じた。

 ジェスアルドがちょっとだけ虚しさを感じながら手を下ろすと、聞こえてきたのは小さな寝息。

 どうやらもう眠ったらしい。


(本当に……彼女の言葉には嘘も建前もないんだな……)


 早く寝ると言った通り、すんなり眠りに入ったリリスを見つめながら、ジェスアルドは思った。

 リリスはジェスアルドに対して遠慮なくものを言う。

 それでも、人前では皇太子妃として立派に務めているのだから、感心せざるを得ない。


 ただ時折、リリスに違和感を覚えることもある。

 それはおそらく、まだ全てをさらしてくれているわけではないからだろう。

 だが、そんなものは当たり前だ。

 ジェスアルドもリリスに伝えていないことなど、山ほどあるのだから。


 中でも一番に秘密にしていることは、リリスに惹かれているということだ。

 自覚した時にはかなり驚き、自分の趣味を疑ったが、こればかりは自分の意思でどうこうできる問題ではないことも知っている。

 それにきっと、口にすることは一生ないだろう。

 だから、何でもぽんぽんと話すリリスが、自分に対しての気持ちを一切口にしないことも、気にすることはやめた。


 この結婚は政略なのだ。

 リリスがよく言う妥協の結果が今の状況なのだと、ジェスアルドは自分に言い聞かせ、隣で気持ちよさそうに眠るリリスにそっと〝おやすみのキス〟をした。

 それから、何の反応もないリリスに苦笑して、ジェスアルドは横になり、目を閉じたのだった。




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