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「――っう!」


 ジェスアルドは突然の痛みに思わず呻き、目覚めると同時に剣を握って急ぎ起き上がった。

 刺客が現れたのかと思ったのだが、すぐ隣に横たわる存在に一瞬混乱し、次いで昨夜のことを思い出す。

 隣にいるのは妻のリリスだ。

 だが物心ついてからずっと、誰かと一緒に眠ったことなどなく、ジェスアルドは今の今までしっかり眠っていた自分に驚いた。


 夜明け前のこの時間、まだ使用人たちも起きていない。

 そして隣で眠るリリスも、ジェスアルドが騒々しく起き上がったにもかかわらず、未だしっかり夢の中らしい。

 ただ、あまり楽しい夢ではないのか、リリスの眉間にはしわが寄っている。

 どうやら先ほどの痛みは、リリスの片膝がジェスアルドの腹に入ったためらしく、寝衣からは足がはみ出していた。


 本人も言っていたが、あまり寝相はよくないようだ。

 ジェスアルドは体勢を直してやり、寝衣や上掛けを整えたが、ここまでしてもリリスはまだ起きない。

 しかもリリスの唇は小さく動き、何かを話している。

 いったいどんな夢なのかと気になり、ジェスアルドも再び横になって耳を近づけた。


「……で……もの……」


 やはり何を言っているのかわかるわけもなく、ジェスアルドは自分の行動に呆れてため息を吐いた。

 それから、もうしばらくは眠れなくても横になっていようと目を閉じた途端――。


「――ジェドの、変態」

「は!?」


 耳に入ってきた言葉に驚き、思わず反応してしまった。

 まさか今の行動を責められているのかと焦ったが、リリスは目を閉じたまま。

 さらには、にんまり笑う。


(いったい、どんな夢を見ているんだ……)


 それから、いつも起きる時刻まで、ジェスアルドは悩むことになった。

 そもそもリリスは自分のことをどう思っているのだろう。

 子供が欲しいので協力してほしいと言われ、今の関係に至る。

 誰もが恐れるこの紅い瞳も綺麗だと言う。

 自分の妻として誇りに思ってくれてもいるようだ。

 だが、リリスの自分に対して肝心の気持ちを聞いたことがない。


(そういえば父上は……リリスの性格を知っていて、この婚姻を強引に進めたのだろうか?)


 そこまで考えて、ジェスアルドははっとした。

 フロイト王国に婚姻による同盟を求めた時、二人の王女のうちどちらと指名はしなかったが、リリスが嫁いでくることは父なら予想できたはずだ。

 父が各国に派遣している密偵はジェスアルドが把握しているだけでも、恐ろしく優秀な者ばかりなのだから。


(しかし、父上とて、リリスがトイセンに行きたいと言い出すことまでは予想できなかったはずだ。ましてや、シヤナの作り方を知っているなど……)


 隣で気持ちよさそうに眠るリリスを見て、ジェスアルドは眉を寄せた。

 外はかなり明るくなってきている。

 リリスと父が顔を合せた時には、ジェスアルドも常に同席していたし、二人が内密に連絡を取っているとはとてもではないが思えない。


 トイセンについては――正確に言えば、コート男爵とその周囲の者たちについては、かなり以前から怪しいと目をつけていた。

 そのため、公に派遣した査察官とは別に、密偵を何名か送り込んでいたのだが、なかなか決定的な証拠がつかめなかったのだ。

 それが今回、リリスが言い出した〝新婚旅行〟によって、コート男爵たちは慌てたのか、確実に証拠を消そうとして、かえって証拠をさらすことになったのだった。


 このままいけば、男爵領は皇家に没収、ストーンウェアの工場も皇家管轄となるだろう。

 そこへさらにシヤナが作成できるようになれば、エアーラス皇家はかなりの富を得ることになる。


(父上はいったいどこまで……)


 自分に父ほどの才覚がないことは自覚している。

 だから父を見習い、少しでも近づきたい、立派な為政者となりたいと努力してきた。

 だが、全てを操られることには、反感を覚えてしまう。

 しかも、妻との仲まで――子を残すことまで操られてしまっているのだとしたら――。


 ジェスアルドは隣で未だに眠る妻を――リリスを見て顔をしかめた。

 気がつけば、また父の計画通りに全てが進んでしまっている。

 リリスも同じく父に操られているのだろうか。


 考えすぎとも思ったが、どうにも落ち着かなくなり、ジェスアルドはベッドからそっと起きだした。

 それでもリリスは眠ったまま。

 今度は幸せそうに微笑んで、小さく寝息を立てている。

 そんなリリスを見ていると、ジェスアルドも自然に笑みが浮かんだ。

 それから静かに寝室を出て、朝の支度に取りかかる。

 従僕のデニスには、寝室に立ち入らないようにと命じて。



 その後、リリスが目覚めた時には、もうずいぶん陽は高く昇っていた。

 一瞬混乱したものの、状況を思い出し、隣を見れば当然ジェスアルドはいない。

 だが、枕のくぼみなどから、ちゃんと隣で眠っていたことがわかり、リリスはにんまりした。

 さらにはジェスアルドの枕に顔を突っ伏して、その残り香を嗅いでジタバタ悶えた。

 変態である。

 我に返ったリリス自身も、さすがに自分の行動に引いてベッドから起き出した。


「ちょっと興奮しすぎたわ。だって物心ついてから、初めて他人と一緒に眠ったんだもの」


 誰に聞かせるでもなく、一人言い訳をして自分に与えられた部屋に戻る。

 すると、心配顔のテーナとレセが待っていた。


「リリス様! どちらにいらっしゃったのかと、心配いたしました」

「あの、やはり……殿下とご一緒に……?」

「そうなの! 一緒に眠ったのよ!」


 テーナがほっと安堵の息を吐き、レセが信じられないとばかりに問いかけた。

 そんな二人に向かって、リリスは胸を張って答えた。

 すると、テーナの顔色が変わる。


「リリス様がそんな……今までどんなに夢の中でうなされても、徘徊だけはなされなかったのに……」

「違うわよ! ちゃんと目は覚めていたんだから! その上で、殿下のお部屋に行ったの!」

「また夜這いなされたんですか?」

「失礼ね! 話し合いよ!」

「それで解決なされたのですね?」

「そうよ。今日はもう殿下から離れないって宣言して、ベッドに入ったの」

「それは話し合いとは申しませんが……」

「――あの!」


 リリスとテーナのやり取りを、おろおろしながら見ていたレセだったが、どうにか声を上げて割り込んだ。

 その顔はとても赤い。


「どうしたの、レセ?」

「いえ、その……リリス様は、殿下に打ち明けられたのですか?」

「ああ、現実夢のことならまだよ。でも、絶対に起こさないでってお願いしたし、眠っている間のことは、責任は取れないってちゃんと伝えたわ」

「酷い寝相でいらっしゃいますものね、リリス様は。殿下がお怪我をなさっていなければいいのですが……」


 レセの質問にリリスが答えると、テーナがぼそりと呟いた。

 もちろんリリスは聞き逃さず、喜々として話し始める。


「それが大丈夫だったみたい! 目が覚めた時はそんなに寝衣も寝具も乱れていなかったの! ちゃんと足だって隠れていたわ。あれね、初めて他人と眠ったけれど、一応はお行儀よくって意識しているのかしらね? 夢も見た気がするんだけど、覚えていないから現実夢じゃなかったみたいだし……でも、楽しかった気がするわ」

「それはようございましたね、リリス様」

「まだたったの一度ですから、何とも判断がつきかねますが……。まあ、今回は運が良かっただけかもしれませんね。とにかく、いつまでものんびりはしておられません。お支度にかかりませんと」

「あら、そうだったわね」


 ほっとしてにこやかに笑うレセと違って、テーナは懐疑的だった。

 しかし、気持ちを切り替えて、仕事モードになる。

 そうして三人は少し遅めの朝の支度に取かかったのだった。




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