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『陛下、本当にフロイトに攻め入るおつもりですか?』

『儂はやらぬことを口にしたりはせぬ。何、心配せずともあの田舎兵どもに我が王国軍が負けるわけはない』

『もちろん、負けを心配しているわけではございません。ただフロイトを支配下に置いたとして、エアーラスが黙っているでしょうか?』

『もちろん黙ってはおらぬだろうよ。だからこそ、勝負は一瞬で決めねばならん。王国軍の総力をもってして、フロイト国王が気付かぬうちに、その喉元に剣を突きつけてやればいいのだ。そうすればたとえエアーラスが進軍してきても、フロイトの地で迎え撃てばいい。何なら役立たずのフロイト兵を盾にしてでもな。ただし、こちらの動きをエアーラスも勘ぐっているだろうから、早急に動かねばならん。よって、ひと月だ。ひと月でフロイトへの侵攻を開始する』

『ひ、ひと月ですか? ……し、しかし、それほどの規模の進軍には準備が……』

『兵糧の心配は必要ない。軍が進む先に溢れるほどにあるのだからな。今までのらりくらりとこちらの要望をかわしてきたフロイト国王には目に物を見せてやる。後悔しても遅いということに気付き、後悔すればよいのだ。そしてフロイトを制したあかつきには、マチヌカンとの交易を禁止する。そうすればマチヌカンの商人どもも儂に頭を下げるだろうよ』


 厭な笑い声を上げる醜く太った男の姿を見ていることが耐えられず、リリスは目を閉じた。

 途端にはっと目を開けて、見慣れた天井に気付く。

 じっとりと肌には汗が浮かび、吐き気がするほどに気分は悪かった。

 それでもリリスは今のことを必死でメモに記した。誰と誰が話していたのか、顔は知らなくても内容でわかる。

 本当に夢ならいいのに。そう思うことが今までにも何度かあったが、今このときほどではなかった。


 そしてようやく書き終わると、ふうっと息を吐いて立ち上がり、窓辺へと向かう。

 空は白みがかっていて、夜明けが近いことを教えてくれた。


 正直に言えば、アルノーは初恋の相手だった。

 宰相の息子であるアルノーとは一歳違いということもあり、幼い頃はよく遊んだ。――珍しく起きているときには。

 自分の恋心を自覚したのは十二歳のときだが、その頃には周囲も自然と二人は結婚するだろうと思っていたし、気持ちを敢えて口にすることはなかったのだ。

 リリスが特殊な力を持っているために正式な婚約を交わすことはなかったが、十六歳になるとさすがに婚約話がそれとなく持ち上がるようになった。

 その頃に見た現実夢にリリスは打ちのめされたのだ。


 父である宰相がアルノーにリリスのことをどう思うかと訊いていた場面。

 わくわくしながらその答えを待っていると、アルノーはきっぱりと告げた。

『私にとってリリス様は妹のようにしか思えません。ですが、彼女の力を知る者として、この縁談がどれほどに重要なのかは理解しております。ですから、お受けいたしますよ』

『しかし、お前はそれでいいのか?』

『もちろんです、父上。たとえ妹のようにしか思えなくても大切に、誠心誠意をもって夫としてお傍でお仕えすることを誓います』


 目が覚めたときには泣いていたけれど、すぐに涙を拭きとって、何事もなかったように過ごした。

 自分は現実夢のせいで大人びていると思っていたが、所詮十六歳の夢見る乙女だったのだと痛感してしまう。

 それからしばらくして、父であるドレアム王がアルノーとの婚約を打診してきたときには、リリスはまだその気になれないと我が儘なふりをして答えた。

 ひょっとして、時間と距離が二人の間にもう少しロマンスめいたものを生じさせてくれるのではないかと、恋愛小説を読み漁って頑張ってみた。


 それがまた打ちのめされることになったのは、十五歳になったばかりのダリアとアルノーの密会現場を見てしまったためだった。

 これは夢でもなんでもなく現実で、その場から気付かれずに立ち去るためにどれだけ苦労したか。

 冷静沈着を絵に描いたような人だと思っていたアルノーがあれほどにロマンチックな愛の言葉を囁けるなんて。


「なに、それ……」


 あのときに思わずこぼれ出た言葉が、今また落ちる。

 もう平気だと思っていたのに、やっぱりまだ未練があるらしい。

 そこへ、リリスの起きた気配に気づいたのか、控えの間からそっとテーナが顔を覗かせた。


「リリス様、お目覚めになっていらしたのですね。気付かずに申し訳ございません」

「ううん、いいの。ちょっと夢を見て、メモしている間に目が冴えちゃっただけ。でも汗をかいてしまったから、着替えたいわ」

「かしこまりました」

「朝早くからごめんなさいね」

「まあ、何をおっしゃるのですか。どうかお気になさらないでくださいませ」


 テーナが手配したメイドが運んできたお湯でさっと体を拭き、着替えを済ませると、また眠くなってきた。

 どうやら先ほどの現実夢――幽体離脱の疲れが出てきたらしい。

 父である国王も兄たちもまだ眠っている時間なのはわかっていたので、リリスはもう一度眠ることにした。


「じゃあ、もうひと眠りするわね」

「はい、リリス様。お休みなさいませ」


 テーナの心地よい声に癒されて目を閉じる。

 そして、リリスは再び夢をみることになった。

 それも今度は、エアーラス帝国の皇太子の夢を。




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