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(あー、やっぱりもう少し一緒にいればよかったかなー。でもなあ……)


 自室に戻ったリリスは、珍しく自分の行動を後悔していた。

 だが、ジェスアルドはこの皇宮の誰よりも働いているとの話を、フレドリックから聞いていたのだ。

 新婚旅行の話を持ちかけた時に、そんな時間はないと言っていたのも、大げさでも何でもなかったらしい。

 それなのに、昨日は少々強引に迫ってしまったし、先ほどのジェスアルドは本当に苦しそうに見えた。


(一生懸命働くのもいいけど、たまには息抜きって必要だよね……。でも、ひょっとして……)


 何かを忘れたい時などは、一心不乱に動けば意外と効果がある。

 ジェスアルドがそこまで働くのは、やはり忘れたいことがあるのかもしれない。

 しかもコンラードだって、ジェスアルドは〝忙しくしている〟と言っていたのだ。


(やっぱり、コリーナ妃のことが今でも忘れられないのかな……)


 ベッドに腰を下ろしたリリスは、深くため息を吐いた。


(それに、ジェドの女性に対する考え方って、コリーナ妃基準な気がする……)


 リリスは今までのジェスアルドの反応からそう感じていたのだが、リリス自身が一般女性の規格を大きく外れていることには気付いていなかった。

 そして、ベッドに横になったリリスは、ゴロゴロゴロゴロしてみたが気持ちは晴れない。


 ジェスアルドに休んでほしかったのも本音だが、正直に言えば、あの時はそんな気分ではなくなっていたのだ。

 ベールをかぶったコリーナ妃の儚げな姿が頭に浮かび、コンラードの言葉を真に受けていたジェスアルドに少々腹も立っていた。

 さらには、子供の話をしてあんな顔をされては、リリスだって気分が下がってしまう。


(うーん……。赤ちゃんは欲しいけど……)


 どうってことないと思っていたことが、むしろ心地良いとさえ感じていたことが、なんだか虚しい。


(もし、愛し愛される相手とだったら、どうなんだろう……。たとえば――)


 そこまで考えて、リリスは枕を勢いよく叩いた。

 ここでアルノーを思い浮かべるなんて間違っている。

 今はもう何とも思っていないし、ダリアと幸せになってほしいのだ。

 ただ、アルノーがダリアを見つめていた時の、これでもかというほどに愛が感じられたあの視線が羨ましいだけ。

 その時、ふっとコンラードが頭に浮かび、リリスは顔をしかめた。


(うえっ! 無理、無理、絶対無理だわ)


 顔は似ていても、性格はまったく違う。

 それだけでこんなにも気持ち悪いものなのかと知ったリリスは、そこではっとした。

 いけないと思いつつ、アルノーを想像して、また顔をしかめる。


(ダメだわ。コンラードほどじゃないけど、やっぱり無理)


 それからリリスはジェスアルドのことを思い浮かべた。

 今日は少々腹が立ったし、もやもやしてしまったために、なんだか不安になってしまったのだが――。


(うん。やっぱり、ジェドだと嫌じゃない。全然平気。むしろジェドじゃなきゃ嫌だわ……)


 枕を抱えたまま、リリスはほっとした。

 今日はそんな気分ではなかったが、やっぱり相手は夫なのだから当然だろう。


(あれね、私ってば〝貞淑な妻〟ってやつだわ)


 色々と間違っているが、リリスは自分の答えに満足して、お布団にくるまった。

 今日はお昼寝もしていないのでかなり疲れている。――お昼まで寝てはいたが。

 だからきっと、変なことを考えてしまうのだろう。

 そう納得したリリスは、それからあっという間に眠りに入ったのだった。



   * * *



 次にリリスが意識した時、見たことのあるようなないような場所に立っていた。

 どうやら夢の中らしいと気付いて、話し声のする部屋へするりと抜け入った。

 途端に、はっとして動きを止める。

 その部屋には若きジェスアルドと、老齢の女性がいたのだ。


『――コリーナが、妊娠した?』


 一瞬、呆然として見えたジェスアルドは、次に驚きをあらわにして女性に問い返した。

 どうやら産婆らしい女性はにこやかに頷き、『おめでとうございます』と祝福している。

 リリスはこれ以上この場面を見たくなくて、ここから離れようと、固まってしまった体を必死に足掻いて動かした。

 たまに抜け出したくても、抜け出せない時があるのだ。

 しかし、今回は幸いなことに、ぱっと場面が変わった。


 また似たような過去だったらと、わずかに怯みながらも周囲を見回したリリスは、ほっと息を吐いた。

 どうやら、まったく違う場所らしい。

 それどころか、ここはどこかの窯元だ。


 体に何となく不快感があるのは、きっと寝汗をかいているのだろう。

 それでもふらふらと移動して、シヤナの窯元でないことだけはわかった。

 それどころか、大きな登り窯がいくつもあり、建物の中ではたくさんの人たちがたくさんの部屋で働いていることから、リリスはここがトイセンの工場ではないかと見当をつけた。


(なるほどね。製造過程を分担することによって、生産性を上げるとともに、個々の技術も高めているんだわ……。それに、これなら土の配合とか、秘密にしたいことも限られた人にしか知られないってことよね。……でもそれじゃ、焼き物師さん一人でも大丈夫だと思っていたけど、もっと協力者がいるってことになるかも……)


 ふむふむと見て回り、建物の中でもひときわ立派な部屋へと入る。

 すると、三人の男性が話し合っていた。


『まさか、皇太子殿下が直々にお見えになるなど、やはり我々を疑っておられるのではないでしょうか?』

『だが帳簿は完璧ですぞ。それに、輸出のために荷を積んだ船が嵐に遭い、大半の器が割れて売り物にならなくなったとの報告も、嘘だとばれることはないでしょう。ばれてしまえば、買収された船長も処分されるのですからな』

『いやはや、これに関しては、私が謝罪しなければならぬな。妻がバーティン公爵の催された茶会で皇太子妃殿下に話しかけられ、舞い上がってついこの工場のことを言ってしまったらしい。そのため、妃殿下がこの土地に興味を持たれたようでな……。だが、妃殿下の本当の目的はブンミニの町じゃないかと、妻からの手紙には書いてあった。どうやらあそこの領主夫人と気が合ったのか、長々と話し込んでおったそうだ。やはりフロイトの田舎からお出でになった王女様だから、田舎者と気が合われるのだろうよ』


 最後に話した小太りの男性の言葉に、他の二人も大声で笑った。

 話の内容からも、高級仕立ての服装からも、おそらくこの小太りの男性がコート男爵なのだろう。

 他の二人の名前はまだわからないが、顔だけは忘れるものかと、リリスはじっくり二人の顔を眺めた。


 田舎なのは事実だが、フロイトのことを馬鹿にするのは許せない。

 いつかその大口に腐ったタマネギを詰め込んでやると、会話を続ける三人を睨みつけたところで、リリスは目が覚めてしまった。

 まだ夜明け前だ。

 だが、リリスは今のことを忘れないようにと、常に枕元に置いている筆記具で内容を書き始めたのだった。




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