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「リリス、あなたは本当にトイセンに行きたいのか?」

「はい?」

「もし、国内を見て回りたいという希望があって、私が興味を持ちそうだからとトイセン行きを選んだのなら、無理をする必要はないんだ」

「はい?」

「コンラードから聞いたが、あなたは別の美しい土地を見てみたいそうだな?」

「はい!?」

「コンラード自身がバーティン公爵領を案内すると提案したところ、喜んだそうではないか。それならそうと――」

「ちょっと待ったー!」


 夜になって、リリスの寝室に入ってくるなりジェスアルドは責めるように話し始めた。

 驚くリリスの言葉を肯定と取ったのか、ジェスアルドはどんどん話を進めていく。

 しかし、いい加減に止めないとと、我に返ったリリスは叫んだ。


「あの、どうしてそのような話になったのかはわかりませんが、私の意見はまったく全然びっくりするほど違います」

「違う?」

「はい。私は最初にお願いした通り、トイセンに……できればブンミニの町に行きたいんです。エキューデ夫人からお話を聞いて、同じホッター山脈の麓でもそんなに違うのかと……。それでもし、私にも何かできるようなことがあれば、力になりたいと思っているんです」

「しかし、コンラードは、あなたが断り切れないようだと言っていたが……」


 リリスの説明に少し冷静になったのか、ジェスアルドの口調は穏やかになった。

 しかし、いまいち懐疑的だ。

 それを聞いて、リリスは大きくため息を吐いた。


「あの方が何を言おうと関係ありません。そもそも、それならどうして私から新婚旅行に誘うのですか? ジェドの従弟ですから悪くは言いたくありませんが、ちょっとコンラードって独りよがりが過ぎません? 自意識過剰っていうか、うぬぼれが強いっていうか。はっきり言って、空気読めないですよね」


 言いたくないと言いながら、言い過ぎのリリスの言葉に、ジェスアルドは不機嫌そうに眉を寄せた。

 その表情を目にして、リリスはまた失敗してしまったと後悔しかけた瞬間、なぜかジェスアルドが噴き出した。

 てっきりジェスアルドは怒ってしまったのだと思ったのに、また声を出して笑っている。


「ジェド?」

「……あなたの言うことが、もっともすぎて……しかし、そこまではっきり言う者は今までいなかったから……」


 わけがわからず首を傾げたリリスに、ジェスアルドは笑いながら説明してくれるが、さらにわからなくなってしまった。


「あのー、それならどうしてコンラードを後継者にとお考えなのですか? この際だから正直に申しますが、コンラードはこの国を治めるにはちょっと荷が勝ちすぎていると思います」

「あなたは本当に……」

「何ですか? あ、やっぱり言い過ぎました? すみません」

「いや、……確かにコンラードはあなたの言う通りの面もある。だが実際は、わざと振る舞っているのではないかと、私は思っているんだ。もちろん、全て演技というわけではないだろう。うぬぼれのあたりは地だと思う」


 そう言って笑うジェスアルドの説明を聞いて、リリスは納得した。

 あの時の違和感の正体はそういうことだったのだ。


「でも、なぜわざわざ演技を?」

「おそらく、私に気を遣っているのだろう。呪われた皇太子として、私が次代の皇帝に就くことに反対している者もいるからな」

「ああ、またその噂ですね。では、コンラード自身は帝位に興味がないってことですか?」

「……そうなるな」


 リリスの問いかけに、ジェスアルドは残念そうに答えた。

 ずっとジェスアルドはコンラードを後継者にと考えていたからだろう。

 そもそもリリスが強引に迫るまでは、ジェスアルドは子供を作るつもりはなかったのだから、今も実のところ諦め切れていないのかもしれない。

 この状況は妥協の結果であって、おそらくまだコリーナ妃のことが忘れられないのだ。


「話が逸れてしまったが、本当にあなたはトイセンに行くことにためらいはないんだな?」

「――はい。もちろんです。今は色々勉強中なんですよ。図書室から風土記を借りてきて読んでいるんですが、やっぱりフロイトと違って驚くことばかりです」

「そうか……」


 色々と考えを巡らせていたリリスは、ジェスアルドの問いに、どうにか頭を切り替えて答えた。

 考えても今はどうにもできないことに頭を悩ませるのは時間の無駄である。


「というわけで、コンラードの気遣いに応えるためにも、私たちの子供は必要ですね」

「……」

「あの、私の希望に協力してくださって、本当に感謝しているんです」

「……」


 にこにこしながら現実的なことを言うリリスに、ジェスアルドは黙り込んでしまった。

 感謝されるのも複雑である。

 本当にこのまま〝呪われた皇太子〟である自分の子が生まれても、リリスは今と変わらずにいられるのだろうか。

 もし現実に赤い髪、紅い瞳の子供が生まれて、母のように周囲から嫌厭されてしまったら?

 それ以前に、実際リリスが妊娠したとしたら――。

 そんなことを考えていたジェスアルドは、リリスに呼びかけられて我に返った。


「――ジェド? どこかお加減が悪いのですか?」

「なぜだ?」

「なんだか、苦しそうなお顔をされていたので……。やっぱり、今日は早くお休みになります?」

「――いや、大丈夫だ」

「そんなに……無理をなさらないほうがいいですよ。噂で聞きました、ジェドは働きすぎだって」

「噂?」

「そう、噂です。でもたぶん真実のような気がします。だから今日はもう休んでください。しっかり休むことも仕事と同じように大切なんですよ。睡眠は明日への活力ですからね!」


 長椅子から立ち上がったリリスは、向かいの椅子に座っていたジェスアルドを引っ張り上げ――半分はジェスアルドが自力で立ったのだが――そのまま二人の部屋を繋ぐドアへと向かった。

 今度は何が起こるのかと、されるがまま連れられるがままになっていたジェスアルドは、自室へと戻され、ベッドまで来てしまっていた。


「さあ、どうぞ横になってください」


 リリスは上掛けをめくって、ベッドを指し示す。

 ここまで付き合ったのだから最後まで付き合おうと、ジェスアルドはベッドに横になった。

 リリスはそんなジェスアルドの肩まで上掛けで覆い、ぽんぽんと軽く叩いた。


「では、よく休んでくださいね。明日になったらまたきっと元気になりますよ」

「……」


 かなりの予想外な展開に、ジェスアルドが呆然としている間に、リリスは明かりを暗くしてからドアへと向かった。

 そしてドアの前で振り返り「おやすみなさい」と告げて、自分の部屋へと消えていく。

 そんなリリスを、ジェスアルドはただただ驚き、言葉もなく見ていたのだった。




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