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 まだそこまで親しくなっていないコンラードが、勉強中に割り込んでくるのは、礼儀に反しているのではないかと思ったが、リリスは笑顔を浮かべたまま立ち上がった。

 フレドリックも普通の教師のふりをして、恭しくお辞儀をしている。


「ああ、お元気そうでよかった。母が催したお茶会で体調を崩されたと聞き、心配していたのです。すぐにでも駆けつけたかったのですが、やはり妃殿下が回復してからと……。ですが、今日は絶対にお話をしなければと思い、こうして伺ったのです」

「……それは、ご心配をおかけしてしまったようで、ごめんなさい。でも、もう大丈夫ですから」

「そのようですね。安心しました。母は少々強引なところがあるので、妃殿下に無理をさせてしまったのでしょう?」

「いいえ、公爵夫人にはとてもお気遣い頂いて、楽しい時間を過ごすことができました。他の夫人方にも紹介して頂き、大変感謝しております」

「ああ、それはよかった。母にもそのように伝えておきますね。きっと喜ぶと思います」

「……それで、ご紹介が遅くなりましたが、こちらが私の教師を務めてくださっている、ヨハン・フレドリック先生です」


 入ってくるなりまともな挨拶もなく、自分の思いをつらつらと述べるコンラードに驚きながらも、リリスは笑顔で対応した。

 強引なのは母親だけでないことに気付いていないようだ。


 前回も思ったが、アルノーに似ているのは顔だけらしい。

 アルノーならもっと礼儀正しく、周囲への気遣いも忘れないのに。

 リリスはがっかりしながら、それでもフレドリックをどうにか紹介した。

 すると、コンラードはフレドリックに対して、高慢な視線を向けた。


「ボルノー伯爵におかれましては、ご機嫌麗しいようで何よりでございます。私、ヨハン・フレドリックと申します」

「ヨハン・フレドリックか……。聞いたことのない名前だな。フロイト王国は新しい知識の宝庫だと思っていたが、やはり妃殿下のお父上でいらっしゃるドレアム国王が、機知に富んだ素晴らしい方なのでしょうね。一度でいいから、お話をしてみたいな」


 コンラードは、目上の相手に対する挨拶にもなっていないフレドリックの嫌みに気付いていないらしい。

 さっさとリリスに向き直り、朗らかな笑みを向けて世辞にもなっていないことを言った。


(ダメだ、こりゃ……)


 リリスとフレドリックだけでなく、新たにお茶を用意しているテーナでさえも心の中で呟いた。

 リリスにしてみれば、コンラードを後継者にと言っていたジェスアルドでさえ疑いたくなった。


(本当に、人を見る目があるの?)


 その気持ちを込めてフレドリックを見れば、にんまり笑顔が返ってくる。

 間違いなく、フレドリックはこの状況を楽しんでいる。

 コンラードはといえば、テーブルの上に広げられたトイセンなどの資料を目にして眉を寄せた。


「そうだ。今日、こうして伺ったのは、妃殿下がジェスと――皇太子殿下とトイセンに向かわれると聞いたからです。大丈夫なのですか? もしお断りできないでいらっしゃるのなら、僕から殿下に伝えてさしあげますよ?」

「……いいえ、大丈夫です。お気遣い頂き、ありがとうございます」

「遠慮なさる必要はありませんよ。トイセンは今、あまり治安もいいとは言えないのですから。そのような場所へ妃殿下をお連れするなど、殿下も何を考えているのか……。国内を案内するのなら、もっと妃殿下の喜ばれるような美しい場所を案内すればいいものを……。よろしければ、僕が案内して差し上げてもいいですよ。殿下は非常に忙しくしていますからね」


 リリスはコンラードの提案にただ笑って首を振っただけだった。

 おそらく今、口を開けば本音が出てしまう。

 そのため、このあともずっとリリスは微笑んだまま、コンラードの話を黙って聞いていたのだった。

 そして、しゃべるだけしゃべって満足したのか、コンラードは帰っていった。


「……ねえ、フウ先生」

「何でしょうか?」

「私、さっきも言ったけど、人を見る目がないの。だから念のために訊くけれど、あれって、どうよ?」

「リリス様、お言葉が乱れていらっしゃいます」


 テーブルを片づけていたテーナが思わず口を挟む。

 問いかけられたフレドリックは、いきなり大声で笑いだした。


「いやあ、久しぶりに面白いものを拝見しましたよ。あそこまでのお坊ちゃんも、なかなかいないですからな。笑いを堪えるのが大変で、大変で」

「そうよね? やっぱりおもしろすぎるわよね? でも、本当にコンラードがこの国を継いだら、数年で内乱が起きるんじゃないかしら?」

「これこれ、リリス様。そのように物騒なことは無暗におっしゃるものではありませんぞ。まあ、傀儡としてはこれ以上ないほどの逸材ですがな」

「フウ先生も酷いわね。でも、これでわかったわ」

「何がですかな?」

「皇帝陛下が強引にこの婚姻を進めたわけが。ということは、やっぱり皇帝陛下は人を見る目も確かなんじゃないかしら? よっぽど殿下のほうが疑わしく思ってしまったほどよ」

「どんなにできた人物でも、判断を誤ることはあるというものですな。ですがまあ、皆の本音は別のところにあるのかもしれませんぞ」

「本音?」


 いつもの軽い口調ではなく、しみじみと呟いたフレドリックに、リリスは意外な視線を向けた。

 だが、フレドリックはすぐにまたいつもの笑みに戻る。


「では、わしもそろそろお暇しましょうかの。ひとしきり笑って、腹が減ってきましたからな」

「そうね。もう夕食の時間も近いみたいね。フウ先生、今日もありがとうございました」

「いやいや、こちらこそ、いつも勉強させてもらっておるからの。しかも今日は面白いものも拝見できて、楽しかったですぞ」


 そう言って思い出したのか、フレドリックはまた笑いながら、部屋から出ていった。

 リリスはフレドリックを見送ると、大きくため息を吐いて、窓際に置いてある長椅子に座った。

 コンラードとは、話をしていて何か違和感を覚える。

 それが何かはよくわからないが、彼がジェスアルドの後継者として向いていないことだけは確かだ。


「うん、やっぱり子作りを頑張るべきね。今夜も頑張るぞ、おー!」


 片手を固く握り締め、力強く掲げて立ち上がったところに、テーナとレセがやって来た。

 しかし、リリスのその姿を目にしても何も言わず、いつものように夕食前の支度に取かかる。

 二人とも、もはや突っ込む気もないらしい。

 そんな二人をちょっと不満に思いながらも、リリスは自業自得だなと反省したのだった。




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