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夕食をしっかり食べたあと、リリスはレセから昨日のお茶会後の噂を聞いた。
どうやら病弱設定が功を奏したのか、公爵夫人はリリスにかなり好意的だったらしい。
公爵夫人とは話をしていて感じたのだが、皇宮での地位を脅かす存在として意識されていたようなので、これでひと安心である。
さらには貴婦人たちのリリスの評価は上々どころか、かなり同情されているそうだ。
「それにしても、おかしな話よね。どうしてみんな皇太子殿下が呪われているって思い込んでいるのかしら。呪われる、呪われている、って言葉は聞くけれど、実際に呪われた人っているの? そりゃ、コリーナ妃のことは気の毒だったけれど……。でも、冷静に考えれば呪いとは関係ないって気付くでしょう? やっぱりおかしいと思うわ」
リリスが皇宮に仕えている者たちからも同情されていると改めて聞かされて、リリスは腹立ちまぎれに呟いた。
それにレセさえも頷く。
「さようでごさいますねえ。私も最初は噂と、あのご容姿で怯えてしまいましたけれど、特に何もありませんし、リリス様もお元気ですのに。……二日酔いはどうかと思いますけれど」
「それは言わないで。関係ないんだから」
すかさずリリスが突っ込む。
するとテーナは噴き出し、レセはくすくす笑いながら続けた。
「私もまだ十日ほどとはいえ、殿下は噂とは違っていらっしゃると思うようになりました。それなのに昔から仕えている人たちは信じているんですよね。しかも私が聞く噂はどうにも曖昧で、はっきりしないんです」
「それって……迷信みたいなものになっているのかしら」
「まあ、噂というものは勝手なものですからね。リリス様もよくご存じでいらっしゃいますでしょう? ですから、リリス様がお元気でお過ごしになっていらっしゃれば、そのうち噂も消えていくのではないでしょうか? というわけで、そろそろおやすみの支度をなさってください」
「そうね、そうするわ」
あれだけ昼寝をしても、夜もしっかり眠れることを知っているテーナは、そう言ってリリスを促した。
リリスも素直に頷いて、立ち上がると寝支度を二人に任せる。
それから寝室に入ったリリスは本も持たずにすぐにベッドに横になった。
やっぱり、あれだけ寝てもまだ眠い。
それなのに、リリスはわくわくしてきてしまった。
もし本当に子供ができていたらと、考えてしまったのだ。
(これからはお酒はもちろん、ベッドにダイブもしないようにしないとね。あとは……特にないかしら?)
母であるフロイト王妃がリーノを妊娠していた時のことを思い出してみるが、特にいつもの生活と変わらなかったような気がする。
元々、王妃はおっとりした性格だからかもしれないが。
(わかるとしても、あと十日は必要よね……って、あら? ちょっと待って。もし、赤ちゃんができていたとしたら、もうジェドとのあれは必要ないってこと?)
そのことに気付いたリリスは、先ほどまでの高揚感がしぼんできてしまった。
自分から子供が欲しいと、それまでは協力してほしいと言って、ジェドは妥協してくれているのだから、当然だろう。
リリスの目的は達成できるのに、なぜかため息が洩れた。
そもそも妊娠していた場合、わかるまではどうすればいいのだろうかと疑問が浮かぶ。
(どうしよう? こういうのって誰に訊けばいいの? お母様も皇后さまの元侍女の方も何も言っていなかったし……。明日、医師を呼んで訊いてみる? ううん、それは恥ずかしすぎる。それにこういう場合は産婆さん? ああ、それは絶対にダメ。そんなことをしたら、先走った噂が皇宮中に広まって大事になってしまうわよね……)
うむむと悩んで、リリスは寝返りを打った。
その途端、名案を思い付いた。
(そうよ! フウ先生に訊けばいいんだわ。うん、ちょっと恥ずかしいけど、フウ先生なら知っているはずよ。だって、奥様はもう亡くなられてしまったけれど、立派な息子さんがお二人もいるんだもの)
フレドリックは賢人で変人だと有名だが、息子二人は留守がちな父ではなく、しっかり者の母に育てられたせいか、堅実な人生をとある国で送っているらしい。
出身国を教えてくれないせいで、詳しくは知らないが、どうやらどこかの国の重要な官職に就いているとかどうとか。
悩み事が解決したせいか、すっきりしたリリスはそのまますぐに眠ってしまった。
そのため、ジェスアルドがそっとドアを開け、リリスが気持ちよさそうに眠っている姿に、安堵していたことには気付かなかったのだった。
 




