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「リリス様、本日はたくさんの方から面会のお申し込みと、サロンへの招待状などが届いておりますが、いかがいたしましょうか?」
「ああ……昨日、コンラードと面会したからね……」
「そのようですね。ひとまず、あとでお返事しますと使者の方にはお帰り頂いておりますが、お返事はできる限りお早めになさったほうがよろしいかと思います」
「ええ、そうね……」
少し遅めに目覚めたリリスは、朝の身支度を終えて、気分良く朝食を食べていたところだった。
そこにテーナが一枚の用紙と封筒の束を盆に載せてやって来て、そっとテーブルの隅に置く。
どうやら、面会の申し込み者のリストと招待状らしい。
お行儀は悪いが、返事を急いだほうがいいならと、リリスは食事をしながらリストに目を通していった。
リストには几帳面なテーナの字で面会希望者の名前・爵位等が記されている。
(うーん、やっぱりお会いするなら上位の方からじゃないと失礼だし……。でも、一人一人をお会いするのは面倒だしなあ……。ちょっと難易度が高いけど、手っ取り早く上位の方が催すお茶会に参加するのが一番かな。そこで人間関係を把握して、面倒になったら気分が悪くなったことにして抜ければいいか。うん、病弱設定って便利だわ)
リストを眺めながら考えて、いったん食事を終わらせる。
それからレセがお茶の用意をしてくれている間に、招待状の差出人の確認を始めた。
さすがというか、テーナは爵位順に並べてくれているので、あとは開催日時の確認だけ。
そしてリリスは、一番上にあった招待状を目にして顔をしかめた。
「――テーナ、このお茶会には出席するわ。あとはそうね……これとこれとこれは欠席で。あとのこれらは体調を考慮してからお返事したいと返すことにするわ。今日の面会については、このお茶会に出席するのでと、全て断ってくれる? そちらで皆様にご挨拶したいからと。時間はかぶっていなけれど、わかってくれるはずだから」
「かしこまりました。ところで、なぜこのお茶会を選ばれたのですか?」
「それはもちろん、バーティン公爵夫人が主催されるからよ。陛下の弟君でいらっしゃるバーティン公爵の奥様で、コンラードのお母様なんだもの。この皇宮で一番の権勢を誇っていらっしゃるでしょうから、上手くお付き合いしないと。ご婦人方を敵に回しては、この皇宮で生きていけないわ。それに、この〝ささやかなお茶会を催すことになりましたので〟って、絶対に昨日のことがあったからよ。私がコンラードと面会したものだから、気になったのね。それで急にこの皇宮のサロンで開催することにしたんだわ」
よくできました、と言うようなテーナの笑顔に、どうだとばかりの笑顔を返す。
これでも一応、王女としての教育は長年受けているのだ。
「今日はある意味、正念場だもの。ミスはしないわ。任せてくれて大丈夫よ!」
調子に乗ったリリスがそう言うと、テーナが無言で片眉を上げた。
昨日の失敗のことを暗に告げているのだ。
それがちょっと悔しくて、リリスは知らんぷりをしてレセの淹れてくれたお茶を飲んだ。
昨夜、色々と用意してくれていたお酒の中で、りんご酒だけがなかったのはおそらくわざとだろう。
今日こそは絶対に気を付けようと決意した時、テーナがそういえばと口を開いた。
「昨日は、ボルノー伯爵との面会をすぐにお決めになっていらっしゃいましたが、何か理由がおありなのですか?」
「それはもちろん、コンラードがア――」
「あ?」
「……挨拶するのに一番かなと思ったからよ!」
「さようでございましたか。いつもは形式ばったことはなるべく避けていらっしゃるので、どういったご心境の変化かと心配いたしました」
「失礼ね。私だって、やるときにはやるわよ。面倒なことはさっさと済ませるに限るんだから」
「……では、本日もどうかお気をつけて、さっさと済ませてくださいませ」
わざとらしく深々と頭を下げたテーナは、リストと招待状を持って下がっていった。
テーナの「お気をつけて」は発言に気をつけてということだ。
言い返せないことがやっぱり悔しいが、今度こそは立派な淑女として――皇太子妃として、エアーラスの人々に認めてもらわないといけないのだから、頑張らなければ。
そう意気込んで臨んだ公爵夫人主催のお茶会は、予想外に和やかに進んだ。
公爵夫人は結婚前に一度対面した時と同じように、柔和な笑みを浮かべ、常にリリスに気を配ってくれる。
もちろん、一癖、二癖はありそうだが。
そんな夫人につられて、他の夫人たちも同じように接してくれるのだ。
まあ、実際のところはリリスが皇太子妃という立場だからだろう。
それでもリリスは緊張を解いて、自然に皇太子妃として振る舞うことができた。
そして、ある程度慣れてきたところで、もう一つの目的を達成するべく、リリスはある二人の人物を目で捜した。
公爵夫人の〝ささやかなお茶会〟なので、出席しているかどうか確信はなかったが、幸い二人とも出席していたのだ。
始めに皆が挨拶に訪れた時に、しっかりチェックしていたので、ドレスのデザインだけで後姿でもわかる。
リリスはさり気なくその人物に近づき、少しだけだが二人ともと話をすることができたところで満足した。
「バーティン公爵夫人、本日はこのような素敵なお茶会にご招待してくださり、ありがとうございました。ただ楽しみすぎて、少し疲れが出てきたようなので、私はこれで失礼させて頂きます。途中で退室することを、どうかお許しください」
「まあ、妃殿下。そのようにもったいないお言葉を頂き、光栄でございます。もちろん、こちらのことはお気になさらず、どうかゆっくりお休みになってください。皆には私から伝えておきますので、どうぞこのまま……もっと付き添いの者が必要でしょうか?」
「いいえ、侍女がいるので大丈夫です。彼女はこのような私に慣れているので。では、失礼いたします」
こっそりと公爵夫人に告げて、隅に控えていたテーナを目で呼び、リリスはお茶会を抜け出した。
とはいえ、立場上、十分に注目は浴びていたが、あとは公爵夫人が上手く取り計らってくれるだろう。
リリスが退室した後はどのように噂されていたか、レセに情報を仕入れてもらえばいい。
レセはすでに皇宮に仕える者たちの多くと、もうすでに親しくしている。
人の懐に踏み込むのがレセは上手いのだ。
(うーん……トイセンの工場で賃金未払いが発生しているにも拘わらず、コート男爵夫人はかなり羽振りがよさそうだったわね。昼間からあんなに宝石を身に着けるなんて、ちょっと下品に思えるほどだわ)
テーナと部屋に戻りながら、リリスは先ほど話をしたトイセンの街の領主である男爵夫人のことを考えていた。
コート男爵の領地はそれほど広くないはずだ。
あとでしっかり男爵の領地について調べようと心にメモをして、次にブンミニの町の領主であるエキューデ夫人のことを考える。
彼女の夫は爵位がないので、本来なら今回のような公爵夫人主催のお茶会に呼ばれるような身分ではないが、彼女の実家が由緒ある伯爵家であるため、一応は主だった催しの招待状が届くようだ。
小さいながらフロイト王城でも、色々とややこしい人間関係はあったが、エアーラス帝国となると規模も大きい。
(ああ、面倒よね……。でも、仕方ないわ。自分で選んだ道だもの)
先ほどのお茶会で夫人たちはかなりリリスに同情的だった。
そのくせ、ジェスアルドに酷い仕打ちをされていないか、興味津々で聞き出そうとしてくるのだ。
(でも、エキューデ夫人はそんなことなかったわね。むしろ私が同情してしまいそうなほど、疲れて見えたわ。ドレスも質素だったし……)
ひとまず、やるべき挨拶は終わったし、知りたかった情報も少しだが得ることができた。
これで当分、また部屋に引きこもっていられると思うと嬉しくて、どうやら笑っていたらしい。
テーナに気分が悪いように見えないと注意され、慌てて儚さを演出しつつ、リリスは部屋に戻ったのだった。




