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 翌日のリリスは午前中ぐっすり眠り、お昼からは図書室で借りてきた本を真剣に読んでいた。

 ここの図書室は蔵書が豊富で、リリスの知識欲をかなり刺激してくれる。

 たった今、読んでいる本が新婚のリリスの役に立つのかはさておき。

 そして「ふむふむ」と本を相手に相槌を打ったリリスは、顔を上げた。


「ねえ、レセ。お願いがあるの」

「はい、何でしょう?」


 にこやかに答えたレセだったが、内心ではまた何をお願いされるのかと少々不安だった。

 たいていは大した内容ではないリリスの〝お願い〟だが、たまにとんでもないこともあるのだ。


「今から、おつかいに行ってきてほしいの」

「……おつかい、ですか?」

「ええ、今の季節ならたぶん大丈夫だと思うから」


 そうして、おつかいの内容を聞いたレセはほっとして部屋を出ていった。

 そんなレセと入れ違いのように、リリスの許に使者が訪れた。

 対応したテーナがリリスに伺いに戻ってくる。


「リリス様、ボルノー伯爵が面会を求めていらっしゃるようですが、いかがいたしましょうか?」

「ボルノー伯爵ね。わかったわ。今日ならいつでも大丈夫だと答えてちょうだい」

「――かしこまりました」


 予想外に早い返答にテーナは驚いたようだが、それには触れず、使者に了承の旨を伝えにいった。

 ボルノー伯爵とは、ジェスアルドの従弟のコンラードのことだ。

 リリスは読んでいた本を閉じて、支度のために立ち上がった。


 コンラードには結婚式に先立って行われた、エアーラス帝国の主だった面々との顔合わせで紹介されている。

 大臣や貴族たちの顔と名前を必死で覚えていたリリスだったが、コンラードだけはすぐに覚えられたのだ。

 なぜならアルノーに似ていたから。


 皇太子妃として個人的に初めて面会するのがコンラードなのは悪くない選択のはずだ。

 今のところジェスアルドの後継者である彼はかなりの重要人物と言っていい。

 地を出してしまわないように気を付けなければと、どきどきしながらコンラードの訪れを待つ。

 そして時間になり、訪れたコンラードは初対面の時と同じように柔和な笑みを浮かべていた。


「このように突然の訪問にも拘わらず、快く承諾してくださり、ありがとうございます。改めまして、ボルノー伯コンラード・ボンドヴィルと申します。どうか、コンラードとお呼びください、妃殿下」

「――ありがとう、ボルノー伯爵。では遠慮なく、コンラードと呼ばせて頂きます」


 そうしたやり取りから始まったコンラードとの面会は、順調に進んだ。

 ちょうどお茶の時間ということもあって、お菓子についての会話が弾む。

 どうやら男性にしては珍しく、コンラードは甘いものが大好きらしい。


「――そのくせ、僕はお酒には弱くてほとんど飲まないので、女みたいだとよく笑われるんですよ」

「あら、それは笑う人のほうが間違っていると思います。人それぞれ好き嫌いもあるでしょうし、得て不得手だってあるんですから。実は私、りんご酒が大好きで、ついつい飲みすぎて……しまったりすることもあるようなないような……」


 あまりに人懐っこいコンラードに、つい気が弛んでしまって余計なことを言ってしまった。

 リリスは部屋の隅に控えていたテーナの咳払いに気付いて、慌てて言葉を濁したが、誤魔化しきれなかったようだ。

 コンラードはくすくす笑う。


(確かに見た目はアルノーに似ているけれど、こうして話してみるとやっぱり違うわね……)


 コンラードをじっと見つめながらぼんやりしていたせいか、彼はリリスに視線を合わせて微笑んだ。


「僕の顔に、何かついていますか?」

「あ、いえ……ごめんなさい。そうではなくて……」


 リリスは急いで目を逸らし、俯いた。

 淑女は殿方の顔をじっと見つめたりはしないものだと思い出したのだ。

 リリスは何か話題を変えようとしたが、コンラードは気にしていないのか、話を続けた。


「僕の髪は珍しい金色ですし、瞳も青色ですから、よく人には見られるんですよ」

「まあ、そうでしたか」


 今度こそ淑女らしい笑み浮かべてリリスは答えた。

 確かに金色と言えばそう見えるが、ダリアの綺麗な金髪を見ているせいか、どちらかといえばアルノーの薄い茶色の髪を思い浮かべてしまう。

 それに瞳も青色というよりは、リリスには濃紺に見えた。

 そんなリリスの反応に、コンラードは「ああ」と何か思い出したように頷く。


「妃殿下はフロイト王国のご出身ですから、私のような者も珍しくはないのでしたね。妃殿下も美しい瞳の色をしていらっしゃる」

「ええ、ありがとう」


 瞳の色にだけは自信があるので、リリスが素直にお礼を言うと、コンラードはなぜか表情をかすかに曇らせた。

 そして言いにくそうに口を開く。


「珍しいと言えば、ジェスも――皇太子殿下も珍しい髪と瞳の色をしていますが、呪いなどというのはただの噂なのです」

「ええ、そうですね」

「殿下は幼い頃より周囲で不幸が続いたせいで、余計にそのような噂に拍車がかかってしまいました。ですが、それもただの偶然。決して、信じたりなどなさらないでください」

「はい」

「確かに、戦場では敵を次々と切り捨て薙ぎ払うあの姿は、死神の如く、と恐れられるのも仕方ないのかもしれませんが……。僕は情けないことに、戦では何の役にも立てない臆病者ですから」

「まさか……近々、戦があるのですか?」

「ああ、いえ。申し訳ございません。妃殿下にこのような話をお聞かせするべきではありませんでした。ですが、たとえ戦になろうとも、殿下がいらっしゃる限り、この国は安泰ですよ」


 戦と聞いてリリスの顔色は悪くなった。

 リリスが嫁いできたことによって、この国とフォンタエ王国との軋轢がさらに高まってしまったのではないかと心配になったのだ。

 そんなリリスを慰めるように、コンラードはまた柔和な笑みを浮かべた。


「どうかご安心ください。妃殿下に害が及ぶようなことは決してございません。ですが、何か不安に思われるようなことがございましたら、いつでもご相談ください。僕は妃殿下がこの国にいらっしゃって、本当に嬉しいのです。ですから、妃殿下がおつらい思いをされることのないよう、務めさせて頂きます」

「ありがとう、コンラード。そのようにおっしゃって頂けるなんて、本当に嬉しく思います」


 アルノーと姿は似ているが、少し軟弱な気がする。

 そんな余計なことを考えながらも、リリスは微笑んでお礼を言った。

 どうやら心配させてしまったらしいが、それでも歓迎してくれているコンラードの言葉に、リリスも素直に喜んだのだった。




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