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 予定通り、少し遅めの昼食を食べながら、リリスは先ほど見た夢のことを考えていた。

 そして結局は自分一人で悩んでも仕方ないと結論に至る。


「ねえ、テーナ。今日はフウ先生のお時間はあるかしら?」

「フレドリック様でしたら、先ほど大量の本を抱えてお部屋に入っていらっしゃるのをお見かけ致しましたが……」

「じゃあ、今頃は読書に夢中ね。お邪魔するのも悪いから……」

「まさか! リリス様のお召しとあらば、フレドリック様は飛んでいらっしゃいますよ」


 リリスの言う〝フウ先生〟とは賢人グレゴリウスのことであり、ここ最近ではヨハン・フレドリックと名乗っている。

 そして知識欲の塊であり、本の虫でもあるのだが、当然リリスの話となればレセの言う通り全てを投げ置いてでも駆けつけ、話を聞こうとするのだ。


「うーん、今日は特に面白い話があるわけじゃなくて、私に教えてほしいことがあるんだけど、一応そのことを伝えて、来てくれるかどうか訊いてみてくれる?」

「かしこまりました」


 レセにそう頼むと、リリスはまた産業白書を開いたのだが、一頁も読まないうちに、フレドリックはやって来た。

 本当に飛んで来たのではないかというほどの速さだ。


「リリス様、ご機嫌麗しいようで何よりでございます。この度はご結婚おめでとうございます。末長いお幸せを心より願っております。それで、どんな夢をご覧になってのご質問ですか?」

「……ありがとう、フウ先生。残念ながら、夢はそれほど多くを見たわけじゃないから、先生の興味を引くかどうかわからないけれど……いいかしら?」

「ええ、もちろんですとも」


 結婚後初めて会うフレドリックは、やって来た速さと同様に口上を素早く述べて、本題に入った。

 その全てに対して苦笑しながらお礼を述べたリリスは、先生の期待に添えないかもしれないと思いつつ、教授をお願いした。

 フレドリックにとっては、どんな些細なことでもリリスの夢は興味深いので、その願いを受けるのは当然である。

 それからリリスは普段の能天気ぶりが信じられないほどに、よき生徒として、フレドリックの教えを聞いた。


「うーん……それはおかしな話ですな」

「そうなの?」

「ええ、そうですよ。確かに今、世界中の富裕層が馬鹿のようにシヤナに夢中になっておりますが、だからといって、賃金未払いが発生するほどにストーンウェアの売り上げが落ちるとは思えませんな。シヤナが白い黄金とまで呼ばれるのは、それだけ手に入りにくい物だからです。そして手に入れても使用することなくこれ見よがしに飾っている馬鹿が多くいるそうなので、ストーンウェアは今まで通り使用されているはずですよ。ならば割れたり欠けたりもするでしょうから、購入されないことはない。もちろん、売上が以前より落ちることはあるでしょうがね。それにしても、食器は使うものであって飾るものではないというのに、馬鹿ばかりで困りますな」


 歯に衣を着せぬフレドリックの物言いに、リリスは笑った。

 相手かまわず始終この調子のフレドリックは、とある権力者の勘気をこうむって危うく縛り首になりそうになったという逸話もある。

 幸い国外追放ですんだので今があるのだが。


「まあ、材料費が高騰しただとか、設備を新しくしただとか、理由は色々あるかもしれませんが、一番考えられるのが着服ですかの」

「着服? お金を盗んでいる人がいるってこと?」


 シヤナの国に行ったかもしれないという話から、先日の夢の内容に移ったのだが、フレドリックの見解を聞いたリリスは驚いた。

 もちろんこのような機密に関わる夢の内容はリリスの秘密を知る人物の中でも限られた相手にしか話さない。

 フレドリックは驚くリリスに頷いて、さらに詳しく続ける。


「それもかなりの高官……財務担当者か販売責任者、もしくは工場責任者……いっそのこと、この全員かもしれませんなあ」

「まさか! だって、トイセンの工場はトイセンの街のみんなでお金を出し合って建てた工場なんでしょう? それなのに、一部の人がお金を搾取して街の人たちがお給金をもらえないなんて……。それに査察官も派遣されていて、報告では何もなかったってあったそうよ? ……ひょっとして、査察官も騙されているってこと?」

「さてさて……その査察官も賄賂を頂いていたということも考えられますの」


 どこの国でも賄賂等が横行しているのは知っているが、やはりショックだった。

 トイセンの工場は国の援助を受け、なおかつ街の人たちが資金を出し合い造った工場だと先ほど知って、リリスは感動したところだったのだ。

 それまでは街の人たちが細々と焼いていたストーンウェアを、大きな窯で大量に焼くことによって、燃料費などが抑えられ、品質も管理されるようになったため、産業として街を支えるほどに発展したというのだから。


 それが今は、富裕層の間でシヤナが流行り、トイセンは一時期の隆盛が嘘のように衰退してしまったと、産業白書にも記載されていた。

 それがもし嘘だったのならば、この報告は皇帝陛下に対する背信行為以外の何ものでもない。

 工場の責任者や関係者、真実を報告しなかった査察官は大罪を犯したことになる。

 さらには街の人たちまで罰せられることだってあり得る。


「ねえ、フウ先生。だとしたら、皇帝陛下は本当に査察官の報告を信じていらっしゃるのかしら?」

「ふむ。そうですのお」

「だって、フウ先生は頭がいいから当然だけれど、陛下もここまでの国を築かれた方よ? 今、先生が説明してくれたことに、気付かないわけがないと思うんだけど」

「リリス様のおっしゃる通りですが、皇帝陛下にも欠点はおありのようですからなあ」

「欠点?」

「ええ、美点とも言いますが……陛下は臣下を疑うことをなされないそうですよ。それゆえ、裏切られたことも幾度となくあるようですな」

「そんな……」


 人を信じて裏切られるなど、どれほどつらいことだろう。

 リリスは陛下の心中を思って、心を痛めた。

 ひょっとして、ジェスアルドも同じように裏切られ、今のようにトゲトゲした性格になったのかもしれない。

 

「まあ、陛下がそのような方なので、皇太子殿下がその分、かなり疑い深い……慎重で厳しい方になったようですよ。ある意味、アメとムチ作戦ですなあ」

「あ、なるほどね」


 勘違いから勝手に同情するところだったが、余計なお世話だったようだ。


(まあ、小さい頃から呪われただの何だのと言われて育てば、ひねくれた性格になっちゃうかもね……)


 とはいえ、皇帝陛下は息子としてあきらかに愛情をもって接しているのがわかるし、噂では亡くなった皇后陛下も息子を慈しんでいたと聞いた。

 そのうえ、夢で見たジェスアルドの初めての結婚式では今とは全然違って見えたのだ。


(ということは、やっぱりコリーナ妃が亡くなってしまったことが原因……)


 そう考えるとジェスアルドが気の毒で、リリスまで落ち込んでしまった。

 そこにフレドリックの声が割り込み、我に返る。


「それで結局、リリス様はどうされるおつもりなのですかな?」

「どうするつもりって?」

「リリス様は、この国に何のために嫁いでいらっしゃったのでしょう?」

「それは……フロイト王国をフォンタエ国の侵略から守るために、早急にこの国と同盟を結ばなければならなかったから……」

「ふむ。では、その目的は達成されたわけで、これからは何をしてこの国で過ごされるおつもりなので?」

「何をって……お昼寝?」


 戸惑ったリリスの答えに、フレドリックは「ふぉっふぉっふぉ」と、いかにもな笑いをした。

 これは間違いなく馬鹿にされている。

 めらめらと闘志を燃やしたリリスは、その場で立ち上がりフレドリックを睨みつけた。

 年上に対する敬意も何もない態度だが、フレドリックはもちろん気にしない。


「いいわ、決めた。私がやるべきことは、知り得た知識をふんだんに活かして、この国とフロイト王国のさらなる発展と両国の友好のために頑張ることよ!」

「ふむ。それはいいことですな。それで、まず何をなさるのですかな?」

「それはもちろん、子作りよ!」

「ほお?」


 意外な言葉だったのか、今まで薄く笑っていただけのフレドリックの顔に驚きが浮かんだ。

 その顔を見て、リリスはしてやったりと笑い返す。


「だって、私は皇太子妃だもの。たとえジェドが――皇太子殿下が何を言おうと思おうと、次代の後継者を求められているはずよ。何より、私が赤ちゃんが欲しいの!」

「それはそれは」

「そのうえで、その子のために――ううん、この国の子供たちのためにも、よりよい国造りを目指すわ!」

「まずは子作りで、次に国造り。ふむ、基本ですな。では、せいぜい励むことですな。赤子というのは天からの授かり物。こればっかりは思うようにはいきませんからの」

「ええ、もちろんよ」


 意気込んで大きく頷くリリスを面白そうに見て、フレドリックも立ち上がった。

 気がつけば、もうずいぶん日が傾いている。


「さて、そろそろお暇しますかの。それでは、リリス妃殿下、幸運を祈っておりますぞ」

「ありがとう、フウ先生」


 わざわざ〝妃殿下〟と呼んだことからして、リリスの答えはフレドリックにとって満足だったらしい。

 リリスが笑顔でフレドリックを見送ると、その気配を察したのか、控えていたテーナが顔をそっと覗かせた。


「フレドリック様はお帰りになったのですか?」

「ええ、そうよ。今日もとっても有意義だったわ」

「それはようございました。では、お夕食の支度をしてかまわないでしょうか?」

「ありがとう、テーナ。それと、今夜も頑張るつもりだから、寝る前の支度はしっかりお願いね!」

「……かしこまりました」


 この調子だと、今夜も皇太子殿下の寝所に訪れるつもりなのだろう。

 本来は男性が女性の許に訪れるものなのだが、テーナは何も言わずにため息を飲み込んだ。




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