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(ああ、これは確かに土地としては難しいわね……。ヤギを飼うのが精いっぱい。まあ、ヤギはお肉もチーズも美味しいけど、ここで産業として成り立たせるのはさすがに無理そうだし……)
リリスはどうやら夢の中でホッター山脈のブンミニの町周辺に来ているらしかった。
そしてふわりふわりと浮きながら、周囲を見て回る。
犬には吠えられてしまったが、当然気付いた人はいない。
(それにしても、ここの山肌はずいぶん白いのね……。遠くから見ると氷壁かと思ったけれど、こんなに岩肌が白いなんて)
気がつけばリリスは町から山へと上り、山の中腹あたりに来ていた。
所々にある坑道らしき穴には乾燥させたらしい木材が置いてあり、鉱脈を見つけるためにか掘り起こした白い岩石がたくさん積まれていて、風雨にさらされている。
(うーん。やっぱりこの土地はもう以前のように活気を取り戻すのは無理っぽいわね……)
朝から目を通した産業白書では、最盛期で今の十倍は人口もいたようだ。
それが先ほど見た町中ではお年寄りが多く、子供はほとんど見かけず女性たちにも活気がなかった。
(たぶん、町に残っている人たちは今さら離れられないのよね。郷愁より何より、先立つものがないんだわ)
そう考えた瞬間、リリスの視界はぱっと変わってしまった。
だが目が覚めたわけではなく、別の場所に飛ばされてしまったらしい。
(ここは……どこ?)
きょろきょろあたりを見回しても、リリスには全く心当たりのない場所だった。
ひょっとしてと、人通りをすり抜けて食堂らしきお店の看板を凝視する。
ここはおそらくリリスの住む世界とは別の世界だ。
一応、リリスは三か国語を読み書きすることができるが、看板には馴染みのない文字形態で書かれている。
しかも街行く人々の服装もかなり違い、建物の形も違う。
リリスはふらふらと漂いながら、何かおもしろいことはないかと周囲を見回した。
せっかくなら知識を手に入れたい。
そこで最初に目についた食堂に入り、何か情報を得られないかとおしゃべりに興じるおじさんたちの近くに向かった。
テーブルの上には素朴だが美味しそうな料理が並んでいる。
思わず厨房に行きかけて、もう一度料理へと――その料理を盛り付けている食器に視線を落とした。
(そうよ! シヤナって、最近流行っている食器のことよ)
どこかで聞いたことがあると思ったのは、食器の名前としてだったのだ。
すぐにピンとこなかったのは、国名として考えたからだろう。
(そうそう、お母様が初めて手にした時はすごく感動していたわよね)
シヤナの食器は透けるように白くて軽く、しかも丈夫なのだ。
それまで――今でもだが、フロイト王城で使用されているのはほとんどが銀器で、熱い飲み物を飲む時には焼き物のカップを使っている。
(そういえば、あの土でできた焼き物のカップがストーンウェアっていうのよね? そうだわ。確かトイセンに焼き物工場があるのよ!)
あの夢で見たジェスアルドや皇帝たちの会話はこのことだったのだ。
シヤナは遠い地から運ばれてくるため希少で、富裕層は目の色を変えて手に入れたがるために白い黄金とも呼ばれていると、リリスも聞いたことがあった。
フロイト王城でも一揃えのシヤナの食器は特別な時にしか使われない。
それは倹約家の父がリーノ誕生の際に、母である王妃に奮発して贈ったものだ。
ただ、毎日使っているティーセットは、母の誕生日に家族全員からプレゼントしたものだった。
(確かに、シヤナは艶があってすごく綺麗で素敵だもの。ストーンウェアも枯淡な味わいがあって悪くはないんだけどね……)
ちなみにエアーラスの皇宮では全ての食器がシヤナになっている。
さすがエアーラス帝国! とリリスは感嘆したが、気になることがひとつ。
食事前に一度、全ての料理や飲み物に従僕がそれぞれ銀のスプーンをつけているのだ。
それはただのパフォーマンスなのかもしれないが、もし毒が盛られていないか調べているなら、それだけでは信用できないと、リリスは近いうちに伝えようと思っていた。
全ての毒に銀が反応するわけではないのだから。
そもそもリリスたちが食事をする時には銀製のナイフやスプーンを使ってるのに、おかしな習慣である。
(確かに、あのシヤナの食器を全部トイセンに変えてしまえば、かなりトイセンの工場は助かるでしょうけど、それじゃあ一時凌ぎだものねえ……)
ため息交じりに食堂を見回せば、どこのテーブルでもシヤナのような食器に料理が盛りつけられている。
ひょっとして、ここは異世界ではなくシヤナ国なのかもしれない。
それならば、シヤナの製作現場を見たいと考えて、リリスは目が覚めてしまった。
(ええ? 今からが肝心なのに……)
もし製造過程を知ることができれば、ウハウハの大儲けができるかもしれないのだ。
頑張って二度寝しようと試みたが、ダメだった。
諦めてごそごそと上掛けをどけると、傍で本を読んでいたレセが気付いた。
「おはようございます、リリス様。もう起きられますか?」
「うん、二度寝したかったけど、ダメみたい」
「それは残念でございましたねえ」
くすくす笑いながら、レセはリリスが起きるための準備に取りかかる。
リリスが二度寝をしようとするのは、たいてい素敵な夢を前にしてお預けになってしまった時だと、レセは知っているのだ。
それからはメモを取り出したリリスのために、レセは静かに洗面道具を取りに控えの間へと入っていった。




