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 ジェスアルドは自分のベッドに座ってにこにこしているリリスを前に、ごくりと唾を飲みこんだ。

 決して邪な考えからではなく、単純に緊張しているせいだ。

 ジェスアルドはベッドにいる女を前にして、ここまで緊張したことはなかった。


 いっそのこと部屋から出ていこうかと考え、思い直す。

 いくらおかしな相手だとしても、できれば傷つけたくはない。

 平行線になろうとも、やはり話し合うべきだと、ジェスアルドはベッドに腰かけた。


「その……アマリリス姫……」

「リリスです。親しい人たちは私のことをリリスと呼びますし、姫と呼ばれるのはもう相応しくありません。だって、私はもう殿下の妻ですから」


 怯えるそぶりもなく、それどころか最後には誇らしげに言うリリスに、ジェスアルドは面食らった。

 まさか本当に自分の妻になって喜んでいるのだろうかと思うと、自然とジェスアルドは口を開いていた。


「私の名はジェスアルドだ。友人は私のことをジェスと呼ぶが……」

「じゃあ、ジェドで!」

「は?」

「みんなと一緒は嫌なので、ジェドって呼んでいいですか? だって、私は妻ですから」

「……好きにすればいい」


 呆気に取られながらも了承したジェスアルドは、では自分はリリスでいいのだろうかと悩んだ。

 気がつけばすっかりリリスのペースにはまっている。

 それでもどうにかジェスアルドは抵抗しようとした。


「リリス……」

「はい!」

「……たとえ時間の無駄だとしても、話がしたい」

「わかりました」


 リリスと呼んだだけで顔を輝かせる彼女を見ていると、自分が酷く非情に思えた。

 それでも、自分の妃という立場が彼女を追い詰めないよう、できればわかってほしかった。


「昨夜も言ったと思うが……もし私との間に子ができて、その子が紅い瞳をしていたらどうする? また呪いだと――」

「父親似ってことですね!」

「いや、だからそうなると呪いが――」

「呪いがあるんですか? でも殿下――ジェドはお元気そうに見えますけど、どこかお悪いのですか?」

「いや、私は至って元気だが――」

「ああ、安心しました。男の子でも女の子でも、元気に生まれてくれれば、それが一番ですものね。母がリーノを生む時には、それはもうみんな心配したんですよ。母も出産は五回目とはいえ、ダリアの時から十四年もあいていましたし、出産するには高齢ですから。母子ともに無事だった時には、みんな涙を流して喜びました」

「それはよかった。……だが、私の母は早くに亡くなってしまった。人々はそれを呪いだと言っている」

「……皇后様が早くにお亡くなりになってしまったのは、残念だと思います。ジェドもとても悲しい思いをされたでしょう? ですが、その噂には腹が立ちますね! 悲しんでいる人に追い打ちをかけるようなことを言うなんて!」

「いや、だから、ひょっとしてあなたもそのようになる可能性が――」

「ないですね」

「は?」

「たとえこの世に呪いが存在したとして、それが……畏れながら、陛下が今までなされた戦で命を落とした者たちからの呪いだと聞いたことはありますが、それならどうして陛下ご自身が呪われないのですか? そっちのほうが手っ取り早いですよね。でも今朝お会いした陛下はとてもお元気そうでした」

「それはもちろん、私も呪いなどは信じていないが――」

「あ、そうなんですね! よかった。ずっとジェドは気にしていらしたから、てっきり信じているのかと思いました。では、話し合いは無事解決ということで、よろしくお願いします」

「は?」

「あの、昨日も申しましたが、恥ずかしながら私は全て初めてですので、ジェドにお任せしていいですか? 母も皇后様の侍女だった方もそうなさいと申しておりましたし」

「……」


 いつの間にか話し合いは終了してしまっていた。

 おかしい。こんなはずではなかったのに。

 リリスと会話していてそう感じるのは初めてではないが、ジェスアルドは頭を抱えたくなった。


 だが、ベッドの上で膝を曲げてちょこんと座るリリスの両手は固く握られている。

 それは自分を恐れてというより、これから起こることへの緊張からだということぐらいは、さすがにジェスアルドでもわかった。

 そんなリリスを安心させたくて、ジェスアルドはその手をそっと握り、小さく震える唇に軽くキスをした。

 途端にリリスの顔が耳まで赤く染まる。


 その初々しい姿に、ジェスアルドは思わず笑みを浮かべた。

 たったそれだけでリリスの緊張は弛み、同じように微笑み返す。

 リリスにとって初めてのキスは驚くほど自然で、夢見ていたものだった。


 ジェスアルドはそんなリリスの恥じらう笑みを見て、自分の決意も何もかもが飛んだ。

 再び軽くキスをしてリリスの反応をうかがい、さらにキスを深めていく。


 そこからはリリスにとって、全てが驚くばかりだった。

 そして恥ずかしさと心地よさで何がなんだかわからずぼうっとしているうちに、突然の衝撃に襲われた。

 それでもどうにか耐えて、全てが終わったらしい時には、リリスはほっと息を吐いた。

 体に違和感はあるが心は満足している。


「……リリス、大丈夫か?」


 珍しく黙ったままのリリスを心配したのか、ジェスアルドがそっと訊いた。

 その顔を見たリリスの体から力が抜けていく。

 ずっと無表情な人だと思っていたけれど、全然そんなことなかった。

 きっとジェスアルドは不器用すぎるのだろう。


「びっくりしましたけど……大丈夫です。ただリーノとは全然違ったので……」


 照れながらも思ったままをリリスは答えた。

 すると、ジェスアルドはかすかに眉を寄せる。


「……リーノとは、確か弟君だったな?」

「はい。この前、一歳になったんです。すごく可愛いんですよ。おむつ替えも何度もしていますから、大丈夫だと思ったんですけど……」

「……」


 まさか一歳男児と同様に思われていたのかと、ジェスアルドはかなり複雑な心境になった。

 しかし、考えてみればおかしくて、笑いが漏れそうになり、慌てて咳払いで誤魔化す。

 そんなジェスアルドの態度をリリスは誤解した。


(きっと今の咳払いは、もう部屋に帰れってことだわ)


 はっきりとは言い出しにくいのだろうと察して、リリスはごそごそと夜衣を身に着けた。

 そしてベッドからよいしょと降りる。


「あの、それでは……ありがとうございました」

「――リリス?」

「じゃ、おやすみなさい!」


 ジェスアルドが理解する間もなく、リリスはぱたぱたとドアまで走る。

 それから振り返ると、ベッドの上で呆然とするジェスアルドに向けて手を振った。


「いい夢を見てくださいね。では、また明日」


 そう言ってドアの向こうに消えたリリスを、ジェスアルドは答えることもできず見送った。

 ぱたんと軽い音を立ててドアが閉まる。


「……また明日?」


 結婚時の固い決意も虚しく、つい流されてしまったが、まさかお礼を言われるとは思わなかった。

 しかも、このようにリリスが去っていくとはあまりにも予想外である。

 もちろん、一晩中一緒に過ごすつもりもなかった――というより何も考えていなかったのだが、ジェスアルドはリリスの奇怪な行動に悩み、いい夢を見るどころか、なかなか眠れない夜を過ごしたのだった。




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