21
ベールをかぶった花嫁を、まだ年若いジェスアルドが照れながらも見つめていた。
その顔には喜びが浮かび、花婿らしい幸せを感じているようだ。
花嫁の表情は見えなかったが、ずっと俯いたままなのはきっと恥じらっているのだろう。
傍からどう見ても、二人は幸せそうな新郎新婦だった。
「――って、なんじゃそりゃー!」
その、傍から見ていたリリスは目覚め一番にそう叫んだ。
あの冷めたジェスアルドにあんな初々しい時代があったなど、リリスは信じられない思いだった。
(やっぱり殿下は、コリーナ妃のことが忘れられないってこと……?)
そう考えると、あの時本当は何があったのか、リリスは知りたくなった。
だが、ジェスアルドに訊くことなどできない。
どうしたものかと悩んでいると、テーナが心配そうに控えの間から顔を覗かせた。
「……リリス様、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。ただ傍観者になりきれなかったの」
リリスが起きていることを確認してから声をかけるテーナに笑って答え、リリスは起き上がった。
いつもより少し早いが、今日は兄のエアムがフロイトに向けて出発するのだ。
きちんと身支度を整えて、エアーラスの皇太子妃としてリリスは見送るつもりだった。
心配ばかりかけている兄に安心してもらうためにも、しっかりしなければと気合を入れる。
「……ねえ、テーナ、レセ……」
「はい、何でしょう?」
「あのね、非常に申し訳ないんだけど……ちょっと噂を仕入れてきてくれない?」
「噂、ですか?」
珍しいリリスの頼みごとに、支度をしてくれていたテーナもレセも驚いて顔を上げた。
そんな二人に、リリスは尻込みしながらも続ける。
「コリーナ妃の……亡くなった理由を知りたいの……」
「あの……それでしたら、実は何度か耳にしておりますが……」
「え? そうなの?」
「はい……」
遠慮がちなレセの言葉に、今度はリリスが驚いた。
テーナの反応からしても、どうやら二人とも噂は聞いていたらしい。
「それで、内容は?」
「内容は……」
「やはり噂というか、様々な憶測が入り混じっていてはっきりとした理由はわかりません。公式には事故と発表されたそうですが、多くの者はコリーナ妃は殺されたのだと信じているようです」
「殺された? 誰に?」
言いよどむレセの代わりに、テーナがきびきびと答えてくれた。
そのほうが事務的で、ただの噂だと強調できるからだろう。
だがリリスは、その内容に眉を寄せた。
フロイト王の父からは、コリーナ妃自ら命を絶ったと聞いたのに、やっぱり噂はあてにならない。
「リリス様、そのようなお顔をされては、お化粧が崩れてしまいます」
「あ、ごめんなさい」
「……いいえ、お気になさらず」
一国の王女が――皇太子妃が侍女に謝罪など簡単にするものではないのだが、テーナはそれについては何も言わなかった。
フロイト王家の者たち全員がこのような調子であり、今さら注意してもリリスは納得しないだろう。
テーナはため息を飲み込んで、話を続けた。
「噂では、ジェスアルド殿下に恨みを持つ者が侵入したのだとか、コリーナ妃自身が……自ら死を選んだのだとかありますが……やはり、ジェスアルド殿下が怒りに任せて手にかけられたのだと」
「殿下が怒りに任せて? そんなことあり得ないわ」
リリスが夢で見た状況では、そのようなことは考えられない。
ジェスアルドはコリーナを必死に助けようとしていたのだから。
「もちろん、私たちはリリス様を信じます。ただ、コリーナ妃は亡くなられる少し前から、『私は死神に殺される』と何度もおっしゃっていたそうです。また殿下も噂を否定なさらないので、ますます皆が信じてしまったようです」
「そう……」
「ですが私は、コリーナ妃は少しおかしくなられていたんじゃないかと思います」
「おかしい?」
テーナの話にリリスはぼんやりと答えた。
なんとなく、ジェスアルドは全てを受け入れて――諦めてしまったのだろうと思えたのだ。
だがレセにしては珍しくきつい口調を耳にして、リリスは我に返った。
「コリーナ妃はご結婚後、お部屋に籠りがちで、人前に姿をお見せになっても、お話しすることも笑うこともなかったそうです。それを人々は呪いだと噂したそうですが、お亡くなりになる前には急に笑いだしたり、泣きだしたり大変だったと、コリーナ妃付きだった侍女が申しておりましたから」
「……それって、私も部屋に籠りがちだから、またジェスアルド殿下の呪いだって言われるのかしら……」
「正直に申しますと、もうすでに噂されております。おまけに私たちまで心配されているんです」
「あら……」
「ですから、私たちも言い返しておきました。リリス様は元々お部屋に籠りがちな方ですし、お体は病弱ではありますが、呪いなどは跳ね返してしまわれるほどにお心は丈夫な方です。と」
「あら……」
褒められている気はしないが事実なので何も言えない。
ただそれなら今日は皆の前で思う存分笑っていようと決意した。
とはいえ、やはり兄エアムとの別れはつらく、涙が込み上げてくる。
「お兄様……どうか、お気をつけてお帰りになってくださいね。それと、お父様とお母様、スピリスお兄様にお義姉さま、ダリアとリーノと、お城のみんなにも、くれぐれもよろしくと……私は大丈夫だと伝えてください」
「わかったよ、リリス。もちろん、みんなにはちゃんと伝えるから安心していい」
涙ぐむリリスの頬に手をあて、エアムは困ったように笑いながら涙を優しく拭った。
それから軽く抱きしめる。
「だけどね、リリス。お前が無理をする必要はないんだ。もしつらかったら、耐えられないのなら、気にせず国へ帰っておいで。後のことは何とでもするから、心配しなくていい」
「お兄様……」
リリスの耳にそっと囁く兄の言葉に驚いて、リリスは身を引いた。
エアムの顔には冗談の気配もない。
リリスはまた泣きそうになったが、すぐにその顔を笑みに変えた。
「お兄様こそ、心配しないで。私は大丈夫だから。本当に……」
「……うん、そうだね。馬鹿なことを言って悪かったね。じゃあ、元気で暮らすんだよ。僕たちはいつでも、お前のことを想っているからね」
「ありがとう、お兄様。では、お気をつけて」
「ああ、じゃあまたね」
最後は笑って、リリスはエアムと別れることができた。
そのいじらしさに、エアーラスの者たちはリリスへの同情を強くしたのだった。




