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『新婚生活はどうだ?』
『……特にどうということはありませんが』
『なんだ、冷たいやつだな。アマリリス姫はあんなに可愛らしいうえに、お前に笑顔を向けていたではないか。それなのに、お前ときたら目も合わせず……。こんなところにいないで、さっさと姫に会いに行ってこい!』
そうだ、そうだ!
と、心の中で大きく同意して、リリスは皇帝陛下とジェスアルドのやり取りを見ていた。
とはいっても、ジェスアルドに今、会いに来られては眠っているので困るのだが。
結婚式から二日後。
やはり今日も予定が入っていなかったリリスは、のんびり部屋で過ごして――お昼寝をしていた。
だが、まだ皇宮内をよく見ていないせいか気になって、夢で歩き回っていたところだった。
ドアをすんなりくぐり抜け、あちらこちらの部屋を見ては感嘆してしまう。
さすが、エアーラス帝国の皇宮だけあって、本当にどの場所も素晴らしいのだ。
こんなふうに夢の中で行きたい場所に、行きたいように行けることは珍しく、思う存分リリスは楽しんでいた。
そこで行き会ったのが、今の場面。
どうやら会議中らしく、二人の他にも数人の男性がいる。
男性たちは結婚式を前に紹介された大臣たちだった。
そして、皇帝と皇太子のやり取りにくすくす笑っている。
その様子から、この大臣たちはジェスアルドを恐れていないのだとわかった。
この数日間、皇宮で過ごしただけのリリスでも、多くの者たちがジェスアルドを恐れているのがわかったのだ。
リリスにはそれが不思議で仕方なかった。
自国の皇太子を、しかも数々の戦功を上げ、勝利に導いてきたジェスアルドに対して、たかが瞳が紅いというだけで、なぜそんなに怯えなくてはいけないのか。
(うーん、変なの)
そう思っている間にも、会議は進んでいた。
どうやらジェスアルドはリリスに会いにくるつもりはないらしく、その場に残っている。
『問題はホッター山脈の西側に住む者たちですよ。あそこは昔からフロイトのような牧畜にも向かず、わずかばかりの鉱石も今は掘り尽くし、次を担う産業もない。それなのに、彼らはあの場所から移住できないでいるのです』
『そうですなあ。今はまだ鉱石を掘り出す際に伐採した木材を利用した薪や木材製品の収益と、援助物資で冬を越すことができていますが、いつまでも援助するわけにはいきませんからなあ』
『働かざる者食うべからず。とは言いますが、働き口がないのですから仕方ありませんな。援助金を出して移住させますか?』
『だが、新しい土地で仕事が見つかるとも限らないだろう。しかも住み慣れた土地を離れることを彼らが承知するかどうか。何かこう……鉱石の採掘に代わる産業が見つかればいいのですがね』
そんなやり取りを聞きながら、リリスは頭の中に地図を思い描いた。
ホッター山脈と聞けば、他人事とは思えない。
山脈の西側――鉱石の採掘でかつては栄えていたブンミニの町のことだろう。
『――というわけで、直接トイセンの労働者から訴えが届いているようです』
『そうはいっても、我々にこれ以上どうしろと? 査察官を派遣しても、特に問題は見つからなかったと報告があったばかりですぞ。経営不振のために賃金未払いが発生したからといって、我々が全てを救済することはできないのですから』
気がつけば会議内容は別のものに移ってしまったようだった。
トイセンというのは確か、ブンミニの町の近く、エアーラスの西方地域にある街だった気がする。
『だが、このまま放置するわけにもいかないだろう? その者たちだとて、我が国の民なのだ。トイセンの焼き物が売れないというなら、我々が買い上げればよいのではないか?』
『陛下の民を想われるお心には甚だ敬服するばかりでございます。ですが、我々といっても、貴族たちは皆シヤナ国からの品に夢中になっており、もはやトイセンには見向きも致しません。それは他国とて同じこと。彼らを救うために、我が国庫に不良在庫を抱えるわけにはまいりません』
『ですが、ブンミニに援助しながら、トイセンを突き放すなどは……』
『では、卸値を下げてはどうでしょうか?』
『それは得策ではないでしょう。今まで積み上げてきたストーンウェアの価値まで下げることになり、市場は混乱します。それにたとえ値段が下がったとしても、やはり一般的な民にとっては、落としては割れてしまう焼き物よりも、余った木材で自作できる木製の器を好むでしょうから――』
誰かの言うシヤナという名を聞いたことはあるのだが、どこにある国なのかがわからない。
あとで確認しようと心の中にメモをして、ジェスアルドの心地よい声に耳を傾けているうちに、リリスは目が覚めてしまった。
起き上がろうとしたものの、酷く体がだるい。
「リリス様、お目覚めですか? もう起きられますか? それとも、もう少しお休みになります?」
「……休むわ」
「かしこまりました」
傍に控えていたテーナは、リリスの疲れた顔を見て答えは予想していたようだ。
リラックス効果のある冷たいハーブ水をすぐに用意してくれ、それを飲み干したリリスが横になると、上掛けを整えてくれた。
「ありがとう、テーナ」
「いいえ。どうぞ今度はゆっくりお休みになってください」
優しく微笑むテーナに微笑み返し、リリスは目を閉じた。
テーナは姉のような存在で、傍にいてくれるととても安心できる。
そして、テーナの言ったように、今度はリリスもぐっすり眠ったのだった。




