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「それでは、リリス様。私たちはこれで失礼いたしますが……」

「心配しなくても大丈夫よ。今夜こそ、殿下はいらっしゃるはずだから。任せて!」

「……おやすみなさいませ」


 もはや新婚の花嫁とは思えないリリスの意気込みに、テーナは込み上げる不安を飲み込んで下がった。

 皇帝陛下の配慮か、今日は一日用事も訪問者もなく、ゆっくりできたので、室内探検は昼間のうちに終わらせている。

 あとはジェスアルドの訪れを待つだけ。


 せめて美しく見えるようにと、艶が出るまで梳いてもらった茶色の長い髪の毛を枕に垂らし、一応の時間つぶしに用意した本を手に取った。

 そして待った。とても待った。

 はっと目が覚めて時計を見れば、もう深夜である。


(いつの間に寝てしまったのかしら……。って、殿下が来ない……)


 いくらなんでも、今日は昼寝もたっぷりしたので、誰かが寝室に入ってくれば気付くはずだ。

 ということは、つまり……。


 リリスは膝の上に落ちていた本をサイドチェストに置くと、ベッドから起き出した。

 それから鏡の前に立ち、よだれのあとがついていないかなどのチェックを終えると、ドアへと向かう。

 もちろんジェスアルドの部屋へのドアだ。

 そっちが来ないのなら、こっちから行けばいい。

 単純明快。簡単解決。

 どこまでも前向きなリリスは、勢いよくジェスアルドの部屋へのドアを開けた。


「殿下――!」


 が、気がつけば喉元に剣を突きつけられていて、一時思考停止。

 すぐに動き出した頭で、ひょっとして殿下は刺客に襲われたのではと焦り、慌てて剣の主を目線だけ動かして確認する。


「よかった……。殿下だったんですね」

「……何がよかったのかわからん。私以外に、こんな時間に誰がいる」

「いえ、てっきり刺客かと思いました。でも殿下だったのでよかったって思ったんです」

「……」


 刺客かと思ったのはジェスアルドのほうであったが、そのことについては触れなかった。

 リリスの姿をざっと検分したところ、薄い夜衣をまとっただけで、武器らしきものは持っていない。


「それで、こんな時間に何をしに来たんだ?」

「何を言ってるんですか! こんな時間だからこそ来たんです。今日は部屋に来てくださいってお願いしましたよね? どうして来てくれないんですか?」

「……今日は……疲れていたんだ……」


 まるで仕事に疲れた中年男性のような言い訳である。

 なぜこんな情けないことを言わなければならないのか、ジェスアルドは頭を抱えたくなった。

 だが、そんな彼には気付かず、リリスは申し訳なさそうに表情を曇らせた。


「そうだったんですね……。それなのに、こうして睡眠の妨げをしてしまって、すみませんでした。では、私は部屋に戻りますが、次からはその旨を先に伝えて頂けると、とてもありがたいので、よろしくお願いします。では、おやすみなさい」

「……ああ」


 しょんぼり落ち込んだ様子で自室に戻っていくリリスを見送りながら、ジェスアルドはふと気づいた。

 次? 次から――明日からは連絡しなければいけないのかと。

 思わずそんなことはしないと言いかけて、自室に繋がるドアの手前で振り返ったリリスを見て口をつぐむ。

 リリスは笑顔で手を振りながら、ドアの向こうに消えていってしまった。


「何だ、あれは……」


 リリスの言動はもはやジェスアルドの理解をはるかに超えている。

 ジェスアルドもまたドアを閉めてベッドに戻りながら、リリスの兄であるエアムの言葉を思い出していた。

『あの子は少々……いえ、かなり変わっているところもありますが、得難き宝と言っても過言ではないでしょう』

 確かに、かなり変わっている。だが、得難き宝とは……。

 そこまで考え、ジェスアルドはふんっと鼻で笑って、枕元に剣を置き、ベッドに横になった。


 今までにこの寝室にやってきたのは、警備の網を潜り抜けた手練れの刺客ぐらいである。

 中には警備の者に賄賂を渡し、ジェスアルドを篭絡しようとベッドで待ち構えていた女もいたが、そんな者たちでさえ、ジェスアルドと目を合わせようとはしなかった。


 それが今朝――もはや昨日の朝だが――リリスは勢いよくこの寝室に入ってきて、ジェスアルドを睨みつけ、怒鳴りつけた。

 先ほども真っ直ぐにジェスアルドの目を見て話していたのだ。


「得難き宝か……」


 思わず声に出していたことに気付いて、ジェスアルドはまた鼻で笑った。

 ばかばかしい。

 だが、リリスがかなりの変わり者であることは間違いないようだ。

 そう思うと、明日は彼女の部屋に訪れてみようかという気になってきた。

 その時にいったいどういった態度に出るのか、ちょっとした興味がわいたからだった。




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