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「殿下は、なぜ私を見てくださらないのですか?」

「どういう意味だ?」

「言葉のままの意味です。殿下はお話をされる時も、ちっとも私と目を合わせてくださらない。そんなに私を見るのは嫌ですか?」

「別に……」


 リリスは立ち止まると、隣を歩いていたジェスアルドに真っ直ぐ視線を向けた。

 ジェスアルドも同じように足を止めたが、やはりリリスを見ることはない。

 今二人は、明日の結婚式を前に、皇宮の奥庭を散策していた。

 どうしても式を挙げる前に二人きりで話がしたいとのリリスの要望に、ジェスアルドが――というより、皇帝が受け入れ、この時間が設けられたのだった。


「やはり、肖像画があまりにも違うから怒っていらっしゃる?」

「肖像画?」

「はい。先にお送りいたしましたでしょう? あれは絵師がちょっとばかり……いえ、かなり修正をしてしまって……むしろ私を見ながら、私の幻想を見て描いたんだと思います。だからかなり美化されていて……実物をご覧になってがっかりなさったのでしょう?」

「……申し訳ないが、その肖像画は見ていない」

「そうですか……よかった……って、よくないです! 未来の花嫁の姿が気にならなかったのですか? そこは見ましょうよ。興味を持ちましょうよ」

「……アマリリス姫?」

「ああ! すみません! ショックのあまり失礼なことを申しました!」


 あの肖像画のことを思うと苦々しい思いがこみ上げてきて、つい地が出てしまった。

 訝しげに問いかけるジェスアルドの、やはり無表情な顔を見てすぐに冷静に戻ったが、彼の返答にはがっかりせずにはいられない。

 それほどに興味を持たれていないのかと。


 あの肖像画は少しでも印象を良くしようと――かえって逆効果だとは思うが、父王がいそいそと送ったものだった。

 おそらく、その肖像画と噂がエアーラスの人たちの期待を高めてしまっていたのだと、ここ数日、リリスは肌で感じていた。

 しかし、みんな礼儀正しく何も言わない。――がっかりはしているようだが。


「とにかく、私は殿下とお話をする時には、殿下のお顔を見て話したいのです。それなのにそのようにお顔を逸らされていては、殿下が本当は何をお考えなのかもわかりませんし、これから良好な夫婦関係を築いていくためにも良くないと思います」

「あなたは……良好な夫婦関係を築いていくつもりなのか? 私と?」

「ええ、当然です」


 皮肉めいた口調にもめげず、リリスはジェスアルドの目の前にさっと立ち、背伸びをしてその両頬を掴み無理やりに目線を合わせた。

 その行為に声が聞こえない程度に離れていたテーナや護衛騎士がぎょっとする。

 だがそれ以上に驚いたのはジェスアルドだ。

 リリスは珍しく不機嫌さを顔に表して訴えた。


「殿下には過去に色々なことがあって、今のお考えになったのだとは思います。ですが、それはそれ。これからそのお考えを少しくらい変えることに不都合はないでしょう? 私を愛してくださいとは申しません。ただせめて、仲良くする努力ぐらいはなさってくださってもいいのではないでしょうか? でないと私……」

「でないと?」

「皇宮の一番高い尖塔のてっぺんから叫びます」

「は?」

「殿下の悪口を皇宮中どころか、都中に聞こえるくらい大声で叫びますから!」


 飛び降りるとでも言うのかと思ったジェスアルドは、予想が外れたどころか、その様子を想像して思わずにやりと笑った。

 笑うと気味が悪いと幼い頃から陰で言われていたため、めったに見せることのない口角の上がった顔だ。

 すぐにそのことに思い至り、表情を戻したが、どうやらリリスにはしっかり見られたらしい。


「どうしてそんな、つまらなそうなお顔をいつもされているんですか?」

「つまらなそうか?」

「はい。今、殿下の笑顔を初めて見ました。もっとお笑いになればいいのに」

「……それがあなたの策略か?」

「はい?」

「見たくもない顔を無理に見て、無邪気を装い私に興味のあるふりをする」

「おっしゃる意味がわかりません」


 リリスには本気で意味がわからなかったのだが、ジェスアルドはそうは思わなかったらしい。

 未だに頬に触れるリリスの両手首を掴んで離し、睨みつける。


「私はあなたの――あなたたちの策謀にはまるつもりはない」

「策謀?」

「しらを切らなくてもいい。私を懐柔してどうするつもりかは知らないが――」

「はあ!?」


 リリスは厳しい口調で告げるジェスアルドの言葉を礼儀も忘れて遮った。

 わざとではない。

 ただ驚きのあまり声が出てしまったのだ。

 リリスはまじまじとジェスアルドを見つめ、それからふんっと鼻で笑った。

 その王女にあるまじき態度にジェスアルドは眉を寄せる。

 だがもう、リリスはこれ以上淑女らしくすることができなかった。


「ちょっと、殿下は自意識過剰じゃありません?」

「何を――」

「確かに、殿下はこの国にとって重要人物ですし、殿下を懐柔できるならしたいと思う方々は多いでしょう。で・す・が。私が殿下を懐柔してどうするのです? 我が故国に繁栄を? そんなものはもう十分です。むしろそのせいでフォンタエに目をつけられ、窮地に陥ってしまったのですから。この婚姻が成されれば、私たちはエアーラスと同盟を組むことによって、フォンタエから守られます。それで十分なのです。それ以上に何を望むというのです?」

「それは――」

「あ、ひょっとして、私がこの国で威張り散らしたいとか? そんなのは御免ですからね。できたらひっそり私は眠りたい。できれば皇太子妃という立場を放り出して、一日中ベッドでごろごろしていたいんです! ……ほ、ほら、私……病弱ですから」


 怒りのあまり本音を漏らしてしまい、慌てて病弱設定を付け加える。

 そんなリリスを、ジェスアルドは疑わしげに見ていたが、結局は何も言わなかった。


「そ、そん、要するに、私は殿下とこの先、少しでも良好な関係を築きたいと……そのために、今日のこのお時間を頂いたのです」

「……あなたの気持ちはわかった。では、私はそろそろ執務に戻らねばならないのでこれで失礼する」


 遠くに立つ側近の合図に軽く頷き、ジェスアルドはそれだけを告げて去っていった。

 結局、リリスの言いたいことは理解したらしいが、ジェスアルドの気持ちはどうなのかわからないまま。

 どうやら、少しでも仲良くなるためのこの散策は失敗に終わってしまった。


(何なの、あれ。あまりにも失礼じゃない?)


 リリスはジェスアルドの態度に腹を立て、どすどすと音が聞こえそうなほど足を踏みしめてテーナの許へ戻っていった。

 会話が聞こえたわけではないが、テーナは二人の様子から、この結婚が前途多難らしいことを察して漏れそうになるため息を飲み込んだ。




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