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『コンラード様、どうして何もおっしゃってくださらないのです! このままでは殿下と本当に結婚することになってしまいます!』

『ごめんね、コリーナ。僕だってどうにかジェスに伝えようとはしているんだよ。だけど、ジェスはとても残酷だからね。いざとなると足がすくんでしまって……。情けないよね……』

『い、いいえ、殿下をお相手になさるなど……仕方ありませんわ』

『コリーナ、ありがとう。やはり君は優しいよ。僕はね、ジェスの怒りを買ったとしてもかまわないんだ。たとえ殺されることになっても、僕はそれだけのことをしたのだから。ただ、君を巻き込んでしまったことが悔やまれる。ずっと、この想いを胸に秘めておけば、苦しむのは僕一人ですんだのに……』

『何をおっしゃるのです! コンラード様は私を救ってくださったのです! 私はすでにコンラード様のもの。私も全てを覚悟の上であなた様に身を任せたのです。ですから、私は……』

『ああ、泣かないで、コリーナ。きっと、どうにかしてみせるよ。だから大丈夫。全てが上手くいくから……ね?』


 リリスは目の前で繰り広げられる光景を唖然として見ていた。

 二人の姿からも、会話からも、これがジェスアルドとの結婚前の出来事だとわかる。

 コリーナ妃はジェスアルドと結婚する前から、すでにコンラードと結ばれていたのだ。


 それならば、初夜のときにコリーナ妃が泣いて怯えたのも理解できる。

 もしコンラードとのことが露見してしまったら――。

 その恐怖からコリーナ妃は心を病んでいったのだろう。

 最初からジェスアルドに打ち明けていれば解放されたはずなのに、コンラードにさらに不安を煽られたのだ。


 リリスはコリーナ妃を抱いて慰めるコンラードの愉悦に満ちた顔を見ていられず、固く目を閉じた。

 瞬間、はっと目が覚める。

 ジェスアルドたちとコンラードについて話していたため、お昼寝で現実夢を見てしまったらしい。


「……リリス様?」


 両手で顔を覆ったまま身じろぎもしないリリスを心配して、テーナがそっと声をかけた。

 リリスはゆっくり手を下ろして微笑む。


「あまりいい夢じゃなかったの」

「……さようでございますか。それでは、もうしばらくお休みになられますか?」

「ううん。もう起きるわ」


 現実夢を見たと察したテーナは下手な慰めを口にはせず、リリスの体を気遣ってくれる。

 確かに疲れてはいたがもう眠れそうになかったリリスは、気分を変えるためにも起きることにした。

 お腹に負担をかけないように横向きになって、起き上がると同時にベッドから足を下ろす。

 小柄なリリスの身長に合わせたベッドなので踏み台はいらないのだが、立ち上がるときはテーナが手を貸してくれた。


「ありがとう、テーナ。今はまだそれほどでもないけど、そのうち起き上がるのにも苦労しそうだわ」

「そのときにはいくらでも支えさせていただきます」


 テーナが笑いながら答え、レセも着替えを手伝うために入ってきて会話に加わる。

 それからリリスは笑って過ごしたが、やはり先ほど見た現実夢を忘れることはできなかった。

 しかし、ジェスアルドにはもちろんのこと、誰か他の人に話せる内容ではない。


(コンラードとコリーナ妃のことは、やっぱり証拠がないものね……)


 夜になり、再び寝室で一人になったリリスはごろりと寝返りを打ってため息を吐いた。

 コンラードはポリーの事件の日も皇宮から一度も出ていないとの証言がある。

 もちろん証拠もなく罰することもできるが、それはこれから先に禍根を残すだろう。

 リリスが妊娠したことで、コンラードの扱いはますます難しくなったのだ。


(ジェドはコンラードではなく、コンラードの子に後を継がせるつもりだったのよね……)


 コリーナ妃が亡くなってから、ただ軽薄なだけの振る舞いをするようになったコンラードに対して、ジェスアルドは罪悪感ばかりが大きく、違和感には目をつぶっていたらしい。

 それがリリスと結婚したことによって――正確にはリリスの言い分を聞いて、コンラードの言動の矛盾に目を向けさせられたのだ。

 そうなると、次々と疑念が浮かび上がってくる。

 コンラードにとって、リリスの性格は誤算だっただろう。


(病弱設定のまま、最近ようやく皇太子夫妻は仲良しって定着してきたものね……)


 ポリーの事件以来、皇太子妃はずっと部屋に籠って面会も全て断っているが、夫である皇太子とだけは三日に一度ほど、皇宮内にある庭の散策のために外に出るのだ。

 それは、閉じ籠りがちなのはよくないと妻を心配した皇太子の気遣いであり、皇太子妃も夫の優しさに心打たれ、二人の時間を幸せそうに過ごしている。――と、世間では噂されるようになっていた。

 お陰で〝呪い〟の噂はすっかり影を潜め、ジェスアルドの好感度は少しずつだが上がってきているらしい。


(うーん。でも〝暁の星辰〟がいまいちなのよね……)


 これは由々しき問題である。――リリスにとって。

 トイセンから帰ってきたばかりの頃はちらほらと聞こえた〝暁の星辰〟という二つ名も、今はすっかり〝紅の死神〟に押されて消えてしまっていた。


(やっぱり根強いわね……)


 どうすればいいのか、枕を抱えて考えていたリリスはいつの間にか眠ってしまったらしい。

 目が覚めたときにはすっかり陽が昇っていた。

 おそらくお昼が近いだろう。

 ジェスアルドが寝た形跡はあるのだが、まったく気付かなかった。

 最近は少し貧血ぎみなのでゆっくり体を起こすと、ノックの音が響き、応じればレセが入ってくる。

 すぐにテーナも加わり、いつもと変わらない日が始まった。


 しかし、その夜。

 夕食を終えてそろそろ寝支度をしようかというときになって、ジェスアルドが厳しい面もちでリリスの部屋へとやってきた。

 明らかによくない知らせだとわかる。

 立ち上がろうとしたリリスを制して隣に座ったジェスアルドは、不安げな表情のリリスの頬をそっと撫でた。


「体調はどうだ?」

「何も問題はありません。ですから教えてください。何があったのですか?」


 リリスからジェスアルドの手を握り、大丈夫だと伝える。

 すると、ジェスアルドはじっとリリスを見つめ、軽く頷いた。


「おそらくリリスもすぐに耳にすることになるだろうから、先に伝えておきたい」

「はい」

「――四日前、トイセンで暴動が起きた」




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