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『コリーナ? ――コリーナ!』


 ためらいがちな問いかけは、悲痛な叫びに変わる。

 洗面室に座り込んでいた黒髪の女性の肩にジェスアルドがそっと手をかけた瞬間、真っ赤に染まった女性の体が力なく転がったのだ。

 近くには血に濡れたナイフが落ちている。

 リリスから見ても、女性がもうすでに息絶えているのがわかるのに、ジェスアルドは必死に救命処置をしようしていた。

 そこに異変を感じたらしい侍女と護衛が駆けつけ、大騒ぎになった。

 侍女の甲高い悲鳴が耳に障る。


 そこではっと目を覚ましたリリスは、汗をびっしょりかいていた。

 ひょっとしたら、今の悲鳴は私が上げたものかもしれない。

 そう思ったが、控室からテーナたちの気配は感じられず、どうやら実際に声を出すことはなかったようだった。


 エアーラスの皇太子妃が悲劇的な死を迎えたとは噂に聞いたことはあったが、実際に過去を目にして、リリスは動揺していた。

 何度深呼吸しても動悸が収まらない。

 今までにもつらい場面を目にしたことはあったし、どこかの国の兵たちが戦い、殺し合う場面――戦争を見たこともあった。

 だけどそれはいつもどこかの誰かで、実際にはリリスに関わりのないことだったのだ。


 結局、自分は何もわかってなどいない。

 リリスはベッドから起き上がると、大きくため息を吐きながら、窓を開けた。

 夜風が気持ちよく、わざわざテーナを起こして着替えるのも申し訳ないので、そのままリリスは窓から見える星々の瞬きを見つめて体の熱が冷めるのを待った。

 遠くには城壁が見え、夜警のためにかがり火が焚かれている。


 見たくないものを見てしまうのは力の代償なのだ。

 幼い頃は寝ながら泣き叫んで、乳母たちを困らせたこともよくあった。

 だけどこの力のお陰で、フロイトは何度も危機を乗り越えることができたのだから、これくらいは我慢できる。

 また明日になったら、何事もなかったように明るく元気になろう。

 そう前向きに考えて、ふとリリスは気付いた。


(そういえば……夫婦って一緒に寝るのよね?)


 両親も兄のスピリス王太子夫婦もそれぞれ自室はあるが、確か一緒に寝起きしていたはずである。

 兄については確信はないが、両親については間違いない。


(それって……やばくない?)


 ジェスアルドに力のことは秘密である。

 いつ打ち明けるかはリリスに任せると父王からは言われているが、当分は様子を見るべきだというのが家族全員の意見であった。

 それはリリスも同意している。

 この数日間のジェスアルドの様子を見るに、とても秘密を打ち明けられるような状態ではない。


(一緒に眠ることはできませんって言うべきなのかな……? でもそれって、事がすんだらさっさと帰れって言ってるみたいだし……。そもそも、事って何? 朝まで事が続くことはないわよね?)


 フロイトの城を出発する前日、王妃である母から花嫁の心得は聞かされた。

 色々とある中で――大方は小さい頃から教わってきたことだから大丈夫そうなのだが、特に大切な花嫁の務めがあるというのだ。

 なんでも夜に夫が妻の寝所に訪れるのだが、その際、妻は夫に逆らってはいけないらしい。

 全て夫のなすがまま、夫に任せていれば事は終わるので大丈夫だと。

 素直に従っていれば、初めは驚くべきことであっても、きっと幸せになれるそうなのだ。

 確かに母も義姉も幸せそうなので間違いはないのだろう。


(でも、それって夫婦仲が良好だからじゃないのかしら……。お母様が催されるお茶会などにいらっしゃる夫人の中には、不幸そうな人も何人かいたわ。噂では夫婦喧嘩が絶えないとか、夫が他にも恋人を作っているとかって……)


 あの夫人たちのことを思い出すと、だんだん不安になってきた。

 今さらながら自分の決断は衝動的だったと、また後悔してしまう。

 失恋のショックというか、ダリアとアルノーの仲の良い姿を見たくなかったというのが真実かもしれない。

 そう自己分析すると、落ち着いてきて不安も和らいだ。


(訪れるってことは、やっぱり寝所は別々なのよね? ジェスアルド殿下の様子だと、お父様たちのように朝まで一緒に眠ったりすることはなさそうだし、きっと大丈夫)


 結論が出ると、すっかり汗が引いた体が今度は冷えてきたことに気付いて、急いで窓を閉めた。

 そしてベッドに戻り、温かい寝具に包まる。

 基本的に能天気なリリスは、この後すぐに眠りに落ち、見たかった家族団らんの懐かしい夢を見て癒されたのだった。




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