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「おかしい……」

「何がですか?」

「手紙の返事がこないわ」

「……皇太子殿下からですか?」

「ええ。手紙を出してからもう二日も経つのよ。普通、嘘でも何でも儀礼的な返事くらいはくれるものじゃない?」

「そうですね……」


 馬車の中で呟いたリリスに、テーナも確かにと眉を寄せて答えた。

 これはもう間違いなく、皇太子はリリスを蔑ろにしている。

 はっきり言葉にしなくても明確な事実に、テーナとレセはちらりと目線を合わせた。


「で、ですが、皇太子殿下はお忙しい方のようですから、意外とうっかりなさっていらっしゃるのかもしれませんよ? 今日、ようやく帝都に到着しますが、今までもずうっとお仕事をなさっておられましたもの」

「そ、そうね。その可能性は大きいわよね。何しろずうっとお一人でいらっしゃったんですもの。女性との噂も聞きませんし」


 どうにかリリスを慰めようとレセが口を開くと、テーナも同意して頷いた。

 苦し紛れのせいかテーナの口調はレセにつられている。

 そんな二人をちらりと見て、リリスは大きくため息を吐いた。


「いいのよ、別に慰めてくれなくても。わかっているから。これは政略結婚だし、殿下が私にまったく興味を持たれていないことも、この道中で十分に思い知らされたもの」


 リリスは変わっているが、馬鹿ではない。

 どこか悟りを開いたようなリリスの言葉に、二人は困ったようにまた目を合わせた。


「だけど問題はないわ。これは想定内よ!」

「リリス様……?」

「その気のない男性をその気にさせる。これぞいい女の醍醐味!」

「リ、リリス様?」

「殿下が望もうと望むまいと、あと四日で二人は夫婦になるんだもの! チャンスはいくらでもあるわ! 今に、私にメロメロにさせてみせるんだから! ジェスアルド・エアーラス、首を洗って待ってなさい!」

「また変な本をお読みになりましたね……」


 狭い馬車の中でぐっと拳を掲げて宣言したリリスに、テーナは呆れて呟いた。

 レセの笑顔も引きつっている。

 そして残念ながら、たまたま騎乗したジェスアルドが馬車の側を走り抜けるところであり、リリスの言葉を断片的に聞いていた。


 どうやらフロイトの王女は寝所で自分を落とすつもりらしい。

 そのうち寝首を掻かれないように気をつけなければならないなと、ジェスアルドは考え、リリスがずっと見たがっていた笑みを浮かべた。――とても皮肉げなものだったが。



   * * *



「おお……、ようこそ遠いところをいらっしゃった。お疲れであろうから、ひとまずは用意した部屋にてゆっくりしてくれたまえ」


 その日の夕方、ようやくエアーラスの帝都クリアナに到着し、皇宮へと向かった一行は、わざわざ出迎えに現れたラゼフ皇帝の姿に驚いていた。

 皇帝もまたリリスの姿に驚いてはいたようだが、それは一瞬で注意深くしていなければ見逃すほどであった。


(さすが、エアーラスの皇帝陛下ともなると、感情を隠すのも上手いわね)


 自分の容姿が肖像画とかなり違うことにショックを受けたのだろうと思いつつ、リリスは今までに受けた王女としての教育の成果を存分に発揮して挨拶をした。

 また、この後は盛大な歓迎式典が用意されているのかとちょっとうんざりしていたが、それもないようで、皇帝の心遣いに兄共々婉曲に感謝の言葉を述べる。

 それからすぐに豪華な客間へと案内され、リリスはやっと体から力を抜くことができたのだった。


 今回はさすがに近衛たちが部屋の安全を検分するなどという失礼なことはしなかったが、テーナとレセがさり気なく室内をチェックはしている。

 飾ってある美しい景色が描かれた額縁をひっくり返したり、大きな家具が動いた跡がないかなど。

 そこまでしなくてもと思いつつ、それが彼女たちの仕事でもあるのだからと、リリスは用意されたお茶を飲みながらこれからのことをぼんやり考えた。


 式まであと四日。

 本当にこのまま結婚してしまってもいいのだろうかと。

 いや、やはりしなければいけない。

 たとえ夫となる皇太子に拒まれていても、速やかに同盟をなすためには必要なことなのだから。


(そもそも殿下はちょっと子供っぽいんじゃないかしら。いくら結婚したくないからって、立場的に政略結婚を受け入れなければいけないことぐらい私だって小さい頃から理解しているんだから)


 どうしてあそこまで頑なに拒まれるのかはわからないが、仕方ない。

 リリスは王女としてそれさえも受け入れなければいけないのだ。


(ひょっとして、よっぽど前の奥様のことを愛していらしたのかも……。それで奥様に誓ったとか? 『二度と君以外に妃を娶らないよ』とかって。……やだ、ロマンチックだわ。って、悲劇的な死をそんなふうに考えてはダメね)


 乙女としての妄想を反省して、リリスは不安も押し込めた。

 あまり考えると夢に見てしまう。

 できれば悲劇を知りたくはない。――本当は知りたいけれど。

 眠る前には楽しいことを考えないとと、リリスはフロイトにいる家族のことを思い出しながらベッドへ入った。




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