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【――人は自分と似ていると親近感を覚えるものです。(鏡のように、相手と同じ行動をしてみましょう)】
とのことで、次の日。
リリスは出発前の準備に周囲が慌ただしくしている中、ジェスアルドのなるべく近くにいた。
(相手と同じ行動を真似る……)
リリスは腕を組んで指示を出しているジェスアルドのように腕を組んで乗り込む馬車を待った。
そこに慌ててテーナが近づいてくる。
「リリス様、そのように腕を組まれるのはおやめください」
「え? どうして?」
「まるで怒っていらっしゃるようですから。あと、足は閉じてお立ちください。幸いスカートで目立ちませんが、やはり……堂々として見えてしまいます。結婚前の女性はもう少し控えめになさらないと……」
「あら……」
テーナに注意されてがっかりしながらジェスアルドにちらりと視線を向けると、彼は訝しげに眉を寄せていたが、すぐに無表情に戻り、目を逸らしてしまった。
どうやらモノマネ作戦も失敗らしい。
「小悪魔っていうのも、難しいものね……」
はあっと深くため息を吐いたリリスに、やっとわかってくれたかと、テーナは安堵の息を吐いた。
が、もちろんそれは甘い。
「じゃあ、次はさり気なく触れる作戦でいくわ」
「リリス様! それは絶対になりません!」
「あら、どうして? 男性は女性との接触機会が多いと、『俺に気があるのかな?』って思って意識するようになるらしいのよ?」
「夫以外の男性に、むやみやたらと触れるものではありません。それでは、はしたないと思われてしまいます!」
「ああ、淑女の心得ってやつね。めんどうだわー」
面倒なのはリリスの言動であるが、テーナはそれに関しては慣れているので何も思わず、ただあの指南本を燃やしてしまおうと心に誓っていた。
「でも、いったいどうしたら、ジェスアルド殿下ともう少しお近づきになれるのかしら……。結婚式まであと六日なのよ? その間に会話したのなんて、片手で足りるわ。夕食をご一緒させて頂いても、いつも殿下は他の方とお話しされているんだもの」
少し落ち込んだ様子でぼやくリリスには、さすがのテーナも同情した。
向こうからこの縁談を望んでおいて、皇太子の態度は酷すぎる。
どうしたものかと考え、そしてここはやはり一番無難で古典的な戦法でいくべきだろうと、テーナは提案することにした。
「リリス様、それでは皇太子殿下にお手紙を書かれてはいかがですか?」
「お手紙?」
「さようでございます。いきなり好きだとかそういう白々しい内容はいけませんが、殿下に興味を持っている、もっと殿下のことを知りたいというお気持ちを手紙に書かれてお伝えするのです」
「なるほど! それはいい考えね! どうして今まで気づかなかったのかしら」
「……さようでございますね。ただ、一つだけお願いがございます」
「何?」
「皇太子殿下に書かれたお手紙を渡される前に、私にも拝見させてくださいませんか?」
「テーナに?」
「はい。あの……ほら、手紙というものは、夜などに書くと思いのほか恥ずかしい内容になっていたりするものでございますから。そういうことを避けるためにも、一度他人の目を通したほうが無難かと……」
「そうね! その通りだわ!」
素直に頷いたリリスを見て、これで大丈夫だろうと今度こそテーナは安堵した。
そもそももっと早くに提案するべきだったと後悔もしたが、その後何度もダメ出しをすることになった手紙に、やはりテーナの気苦労は絶えないのであった。
そして、手紙を受け取ったジェスアルドはというと――。
ありふれた無難なことしか書かれていない内容に、鼻で笑った。
いかにも誰かに〝書かされた〟感が伝わってくる。
大方、兄のエアムあたりなのだろうが、先日の夕食の席で睨んできた態度といい、次の日の馬車に乗り込む前の横柄な態度といい、王女がこの結婚をよく思っていないのはあきらかだった。
式が近づいてきているために、彼女の苛立ちもあらわになってきているのだろう。
ジェスアルド自身、破談にできずに苛立っているのだから。
「気の毒なことだな……」
「はい? 何かおっしゃいましたか?」
「いや、何でもない」
ぽつりと呟いたジェスアルドの声に反応して、側近であるフリオが読んでいた書類から顔を上げた。
フリオはジェスアルドの幼馴染であり、心を許している数少ない友人でもある。
だがこのたびの縁組を喜んでくれているフリオをがっかりさせたくなくて、ジェスアルドは自分の心情を打ち明けてはいなかった。
そのため、何事もなかったようにリリスからの手紙を処理済みの箱へと移し、忘れることにした。




