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 リリスがチェストの上にリーノの絵画らしきものを飾り、何度か位置の調整をしていると、もう一方の扉がノックされた。

 リリスが急いで扉を開けると、その場に立っていたジェスアルドは顔をしかめる。


「リリス、相手を確かめてから扉は開けるべきだろう?」

「ですが、ジェドのノックの仕方でしたよ?」

「それは誰でも真似できる。とにかく、もっとリリスは慎重にならなければ――」


 ジェスアルドはいきなり説教を始めたものの、リリスが何も言わずに扉を閉めたことで呆気に取られた。

 しかも、鍵をかける音までする。

 そこで我に返ったジェスアルドは再びノックをした。


「――リリス?」

「誰ですか?」

「……ジェスアルドだ」

「本当に?」

「本当に」

「では、私の好きな花は?」

「……ウスユキソウ」


 リリスにとってはちょっとした意趣返しのつもりだったのだが、ずばりと当てられてしまった。

 驚きながらも、鍵を外して扉を開ける。


「よくわかりましたね?」

「リリスのことだからな」


 ジェスアルドは以前リリスから届けられた絵葉書の中でも、ウスユキソウの花が描かれたものが特に多かったことを思い出したのだ。

 それが正解だったと知り、ジェスアルドは堂々と答えながらも密かに胸をなで下ろしていた。

 そんなジェスアルドに、リリスがぎゅっと抱きつく。


「意地悪してごめんなさい。ジェドの言う通りでした。これからは気をつけます」

「いや、まあ……普段からリリスは鍵をかけていないし、刺客は丁寧にノックなどしない。それに私たちの部屋は今、できる限り侵入者を排除するように改装している。警備もしっかり固めているのだから、余計な不安を与える必要はなかったな。すまない」


 反省の言葉を口にするリリスに、なぜかジェスアルドが慌てて慰め謝罪した。

 魔王は勇者に完全に屈服している。――ではなく、ジェスアルドはすっかりリリスに甘くなっている。

 リリスの身の安全はジェスアルドの最重要優先事項ではあるが、そのためにリリスを縛り付けるくらいなら、しっかり守り抜けばいいのだ。

 そう結論付けたジェスアルドは、腕の中のリリスを抱き上げた。

 そのまま長椅子に座ると、ジェスアルドはリリスを膝に乗せて抱きしめる。


「ジェド?」

「しばらくこのままでいいか?」

「もちろんです」


 ほっと息を吐くジェスアルドはかなり疲れているようで、リリスはその大きな背中をぽんぽんと軽く叩き続けた。

 体勢は逆だが、リーノが疲れすぎてぐずった時などは、この動作でよく寝てくれたのだ。

 ジェスアルドは抵抗することなく素直に受け入れてくれているので、意外と効果があるのかもしれない。

 しかし、ジェスアルドと二歳のリーノが似ていると考えていることがおかしくて、リリスはくすりと笑った。


「どうした?」

「その……ちょっと、ジェドとリーノが似ているなと思ったらおかしくて」

「……確かリリスの弟君だったな。……一歳の」

「もう二歳になったんですよ。あの絵はリーノが描いたそうなんです」

「……絵?」


 リリスの指さす先にある額縁――チェストの上に新たに飾られているものを見て、ジェスアルドは思わず疑問系で答えてしまった。

 絵と言うには、あまりにも斬新すぎる。

 感想を述べるべきかジェスアルドがためらっていると、再びリリスが笑った。


「大丈夫ですよ。絵と言うには前衛的すぎるって、私もちゃんとわかっていますから。ただの姉馬鹿です」

「そうか……」


 リリスの言葉に安堵して答えたものの、ジェスアルドもおかしくなってきて笑った。

 本当にリリスといれば退屈をしない。

 それどころか母である皇妃が亡くなってから今まで、笑い方を忘れてしまっていたのではないかと思うほどだったが、この数ヶ月で驚くほど笑っている。


「私はリリスにこうして力をもらっている」

「力をですか?」

「ああ。リリスと過ごせばそれだけで、疲れも癒されるんだ」

「……では、やっぱりジェドは魔王ではありませんね」

「は?」

「最近の噂です。あ、いえ、噂というか、二つ名? 私のことを〝勇者アマリリス姫〟なんて呼ぶ人がいるそうなんですよ。でも、私は姫でも勇者でもありませんし、物語のように魔王を倒してもいませんもの」

「……やはり魔王とは私のことなのだろうな」

「あ、それは勝手に私が物語に当てはめて考えただけです。誰もジェドのことを魔王なんて呼んでいませんよ? ジェドが魔王でないことは確かですから」

「……」


 いつものように突然話題が変わったことに戸惑いつつ、どうにかジェスアルドは応じた。

 今現在、リリスの迷路のような思考にきちんと対応できるのは、テーナとジェスアルドくらいだろう。

 次いでレセとフレドリックくらいだ。

 ちなみにリリスの家族は元来の性格から色々と適当である。


「でも、そうですね……私がジェドの力を回復することができるなら、物語では私は神官でジェドが勇者ですね。うん、ぴったりです!」

「勇者? 私が?」

「そうですよ。考えてみれば勇者そのものじゃないですか。いつもこの国のために遅くまで働いて、以前は苦しむ人たちのために剣を持って戦いもしていたんでしょう? それなのに、みんな何もわかっていませんよね。どうして二つ名って、いつも的外れなのでしょうか? 私なんて以前は〝美しきフロイトの眠り姫〟だったんですよ? ちょっとばかり人よりよく寝るからって」

「私にとってはぴったりだと思うがな。ただし、今は〝美しきエアーラスの眠り姫〟だ」

「ええ? もう姫でも美しくもないですけど……。では、ジェドの新しい二つ名は〝勇者ジェスアルド〟ですね!」

「いや、ちょっと待ってくれ。それは……」


 リリスの素のままの思考回路は、考えれば繋がっていることがわかるようになったジェスアルドだったが、最終的に出てくる答えにだけは慣れない。

 これは最近新たに流れ始めた二つ名との究極の選択を迫られているのだろうかと、ジェスアルドは返答にためらった。

 しかし、リリスはおかまいなしに、悩むジェスアルドからぴょんと飛び降りる。


「さあ、いつまでも薄着で座っていたら、風邪をひいてしまいます。ですから、ベッドに入りましょう?」

「……そうだな」


 にっこり笑って甘い誘惑をするリリスを見て、ジェスアルドは考えることをやめた。

 ジェスアルドが死神だろうが魔王だろうが、リリスに陥落させられたことは間違いない。

 だとすれば、リリスが勇者であることは確かである。

 それでもジェスアルドにとってのリリスは、勇者でも神官でも聖女でもなく、愛する妻なのだ。


 ほんの数ヶ月前までは、この状況を誰かに予言されていても鼻で笑っただろう。

 自分に愛する者が現れることなどありはしないのだと。

 それが今、目の前にいる。

 いそいそとベッドに上る微妙な姿さえ可愛らしく愛しいと思える存在が。

 ジェスアルドは微笑みながらリリスの後を追い、華奢な体を抱きしめて、幸せに満たされたのだった。




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