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 父であるフロイト国王と長兄のスピリス王太子からは、生真面目ながらも愛情のこもった文面が綴られていた。

 国内の情勢のことが半分ほど占められてはいたが、どれも漏れてもいいような内容である。


 そして何より、夫であるジェスアルド皇太子に〝打ち解けることができたようで、本当に安心した〟と書かれているのは〝秘密を打ち明けた〟ことを喜んでくれているのだ。

 どうやらリリスとジェスアルドの仲の良さは、フロイトまで流れているらしく、それが今回のことで家族みんなが信じたらしい。


 次兄のエアム王子からはもっと驚きと喜びの言葉が綴られていた。

 エアムは実際にジェスアルドに会っており、その時の態度もよく知っているからだろう。

 ただし、手紙には『ジェスアルド殿下の女性の趣味が変わっていてよかった』とまで書かれていた。

 エアムはいつも一言多い。

 そのせいでよくケンカになったものだ。


 最後のその一言にむっとしながらも、リリスは丁寧にエアムからの手紙を仕舞い、次に母からの手紙を開いた。

 その内容は最初から最後までリリスの体を案じており、母らしい気遣いに溢れていた。

 さらには夫であるジェスアルドと信頼関係が築けて本当によかったとあり、リリスが幸せになれるようにとの祈りの言葉も添えられている。


 リリスは涙ぐみながら、一枚だけ別に折り畳まれて封書に入れられていた用紙を開き、思わず微笑んだ。

 それはどうやらリーノが書いたものらしく、ぐしゃぐしゃの線が一面にのたうっていた。

 リーノが嬉々としてペンを握り、用紙に書き殴っている姿が目に浮かぶ。


(リーノは絵の才能があるわね)


 何が書かれているかわからない用紙を広げ、リリスは姉馬鹿らしく、誇らしげに絵のようなものを見つめた。

 しかも、後で額を用意してもらって飾るつもりである。

 そのため、母からの手紙は封書に戻したが、リーノからのものはよけておいた。


 そして最後にダリアからの手紙である。

 さぞかしアルノーが国から離れることについての愚痴が書かれているのかと思っていたが、リリスの予想は外れた。

 リリスが秘密を打ち明けられるほどにジェスアルドと仲良くなれて本当によかったと、心から喜んでいる文章が綴られていたのだ。


 リリスが嫁いでから今までの手紙には、アルノー関連の愚痴を除けば明るい話題ばかりだった。

 ただ最後に必ず、結婚生活がつらかったらいつでも帰ってくればいいのだと冗談めかして書かれてはいた。

 それがダリアの一番の本心だったのだろう。

 自分ではなく、リリスが帝国に――紅の死神との異名を持つジェスアルドの許に嫁ぐことになってしまって、ずっと気にしていたに違いない。


 リリスはほんわりと胸が温かくなり、笑みを浮かべながら続きを読んだ。

 しかし、徐々にその表情が険しくなってくる。


「もう! 何を考えているのよ、ダリアは!」


 思わず叫んだリリスは、ペシンと手紙を置いて立ち上がり、寝室内をウロウロ歩いて、また椅子に座って一度深く息を吐いた。

 それからもう一度手紙に目を通したが、やはり眉間にしわが寄る。

 リリスへの喜びと祝福の後に書かれていたのは、アルノーに関することだった。


 正確には、このまま自分はアルノーと結婚してもいいのだろうかということ。

 リリスが王女として帝国に嫁ぎ、両国の架け橋となっているのに、自分は王女として何もできないと悩んでいるらしい。


『エアーラスの皇太子殿下はとても冷酷で恐ろしい方との噂がフロイトまで流れてきておりました。そのような方と信頼関係を築くために、お姉様は大変な努力をなさったはずです。

 お姉様のお陰で、フォンタエ王国からの脅威も去り、フロイトの民は平穏な生活を再び送ることができるようになりました。

 また、これまでにはお姉様だけでなく、お父様やお母様、お兄様も臣下たちと一丸になってフロイト王国を守るために尽力なさっておられたのに、私は何もできておりません。

 さらにアルノーはこの度、使節団の代表という大役を任され張り切っております。おかしな話ではありますが、私はアルノーと離れるのが寂しいというよりも、何もできない自分が取り残されているようで悔しく恥ずかしいのです。

 私はこのままアルノーが戻るのをただ待つだけでいいのかと疑問に思い、アルノーとの婚約を一度白紙に戻すべきではないかと考えております。

 お父様たちは私に甘いので、何も心配ないとおっしゃってくださるでしょう。ですから、ボット宰相に相談しようと思っております。

 宰相は初めから私とアルノーの婚約には反対しておりましたから、きっと賛成してくれるはずです』


 何度読んでも同じことが書かれている。

 ダリアはとても素直で優しい子なのだが、少々思い込みが激しいところがあるのだ。

 それを以前、テーナにぼやいた時には「リリス様の妹君ですからねえ」と返されてしまった。

 さらには思い込んだら突っ走るところもある。


 確かにボット宰相はダリアとアルノーの婚約を最後まで反対していたが、別にそれはダリアが嫌いだからというわけでも、絶対にリリスを息子の妻にと考えていたからでもない。

 力を持ったリリスを他国へ嫁がせないため――国益を優先させた結果である。

 そのため、ダリアと恋仲になった息子――アルノーに対して、酷く怒っていたと聞いた。


(まあ、アルノーは以前、私のことをちゃんと妻にするって誓ってたものねえ。まさか私が――王女が他国へ嫁ぐことになるとは思ってもいなかっただろうし……)


 今まで、フロイト王家の中で他国へ嫁いだ者はいなかった。

 なぜならフロイトの者たちは常に友好的であり、しかも辺境地にある王国を狙う者もいなかったために、わざわざ結婚によって関係を強化する必要もなかったからだ。

 よって、今回のことは想定外と言わざるを得ない。


(でも元はと言えば、それも私が原因なんだもの)


 だからこれでいいのだ。

 そもそも、リリスにとってはこれでなければならなかった。

 ジェスアルドと出会えたことは、幸運以外の何ものでもないのだから。


(結局、頑固な宰相を説得してくれたのは、オラスだったのよね……)


 ボット宰相は、心優しい国王のことを敬ってはいるが、自分の意見をはっきり口にする。

 国王やリリスが何度説得を試みても納得しなかったのだが、オラスが加勢してくれた途端に認めてくれたのだ。

 宰相は元上司でもあったオラスのことを尊敬しており、未だに頭が上がらないらしい。


(それにしても、オラスはいったい何を言って宰相を納得させたのかしら……)


 今さら疑問に思ったリリスは、今度オラスに会ったら訊こうと決意して、ダリアへの返事を書き始めた。

 ちゃんとした返事は明日改めて書くつもりであるが、ひとまずはダリアが何もわかっていないことを書き綴ったのだ。


 なぜアルノーがリリスの婚約者候補でありながら、ダリアに惹かれたのか。

 ダリアは何もできないのではない。

 その存在でもって、家族だけでなく、王城の、国民の癒やしになっているのだ。

 非常時にこそ、ダリアの優しく温かな笑みがみんなを勇気づけてくれる。

 それがどれだけ大切なことなのかしっかり理解するようにと、リリスは長々と書いた。 


 そしてもう一点、これに関しては悩んだが、ダリアが王女としての自覚を持とうとしているのなら、心を鬼にして伝えなければならないことがある。

 おそらく宰相に相談するのなら同様に指摘されるだろう。

 だからその前に――ダリアがまだまだ甘やかされた王女だと宰相に思われる前にと、リリスは厳しい言葉を連ねた。


 婚約発表を急いだのはリリスが帝国へ嫁ぐ理由にするためであるが、一度国外に向けて発表したものは簡単に取り消せないこと。

 たとえリリスが帝国に――ジェスアルドに受け入れられた今でも、第二王女の婚約が破棄されれば、国際的に信用を失うと。

 また、その理由も憶測が流れ、どちらかに欠点があると思われかねないこと。

 さらには使節団の代表者としてアルノーが決まっている状況では、それがどれだけフロイト王国にとって不利に働くかということを挙げていく。


 今までフロイト王国の人たちは、王族も含めて狭い世界で生きてきた。

 だが、これからはもっと広い視野を持たねばならないのだ。

 ちょっと厳し過ぎたかなと思いつつ、リリスは筆を置いた。


 明日はもっと楽しいことを――ジェスアルドがどれだけ素敵な人か惚気の返事を書くつもりである。

 そしてリリスは吸い取り紙でインクを吸い取ると、ひとまず抽斗に手紙を仕舞い、夕食のために居間へと向かった。




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