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「リリス様……。その〝お笑い〟を習得なさってどうなさるおつもりなのですか?」

「あら、決まっているじゃない。皇太子殿下にお見せするのよ」

「はいっ!?」


 思いもよらないリリスの発言に、珍しくテーナは声を上げた。

 リリスの発想は常に変わっているが、今回は頓狂にもほどがある。

 テーナは何度か深呼吸を繰り返し、いつもの落ち着きを取り戻して微笑んだ。


「リリス様、当初の小悪魔作戦はどうなさったのですか?」

「もちろんそれも実行するわよ。ただその前に、お笑い作戦を――」

「やめてください」

「……どうして?」

「それは……その……非常に申し上げにくいのですが……」

「何?」

「リリス様のお見せくださる〝お笑い〟なのですが、……おもしろくありません」

「嘘! あんなに練習したのに!?」


 テーナから打ち明けられた言葉に、リリスは衝撃を受けていた。

 何度も練習してはテーナに見てもらっていたのに、それが全て無駄になってしまったなんてとよろめく。

 お笑いの〝ネタ〟に鮮度があることをリリスは知らない。

 テーナはそんなリリスを心配そうに見つめながらも慣れてはいるので、もう一度大きく深呼吸をして問いかけた。


「そもそもなぜ〝お笑い作戦〟などを考えられたのですか?」

「だって、ジェスアルド殿下はちっとも笑ってくださらないんだもの。にこりとも、にやりとも」

「確かに……」


 テーナが見かけただけでも、精巧な人形かと思うほどいつも無表情だった。

 ただ口を動かして話しているので、生きているのだとわかる。

 さらにごくまれに不機嫌そうに顔をしかめているのも見かけたが、少しでも口角が上がったところは見たことがない。


 帝都までのこの旅の間に、リリスは少しでもジェスアルドとの距離を縮めようとするのだが、その機会は今のところまったくなかった。

 ジェスアルドの周りにはいつも誰かがいるし、リリスも一国の王女として軽々しく行動するわけにはいかないからだ。


(あーもう、めんどくさいなー)


 しきたりとは面倒なもので、結婚前の男女はあまり親しくするべきではないとされている。

 二人きりで過ごすなどもってのほかなのだ。

 だからこそ、恋人たちは隠れて会わなければならないし、それがまた恋心を刺激するのだろう。

 今ではすっかり公認の中になってしまったダリアとアルノーは、かえって一緒に過ごせなくなってしまったと、ダリアは手紙の中で嘆いていた。

 そういうところが、ダリアは素直で可愛い。


 ダリアがみんなに――アルノーに愛されているのも、その美しさだけではない。

 基本的にはおとなしく、純真で優しいのだが、時にはわがままを言うこともある。

 そのギャップがまた可愛らしく、みんなほいほいと言うことを聞いてあげているのだ。


(うーん、やっぱり小悪魔作戦でいくべきか……)


 旅の途中で読んだ指南本に書かれていことは、かなりダリアに当てはまっていた。

 ダリアは特に意識しているわけではないのだろうが、リリスにはなるほどと納得せずにはいられなかったのだ。


(よし! 明日から実践してみよう!)


 帝都まであと三日。

 結婚式まではあと七日。

 馬車での移動中は会うことさえできないが、夕食だけはエアムも交えて必ず一緒にとるのだからまだチャンスはあるはずだ。

 一度でもジェスアルドの笑顔を見たくて方向性の違うことに時間を無駄にしてしまったが、それはそれでいつか役に立つだろう。

 と、おそらくそんな日はこないことを考えながら、リリスは指南本をまた手に取った。



   * * *



【――いつもより長く、じっと見つめましょう(できれば上目遣いが好ましい)】


 との、指南本の指示に従って、隣に座るジェスアルドをじっと見つめていた。

 そして、その視線にジェスアルドが気付いて振り向くと、ちょっとだけ見つめ合ってから何も言わず目を逸らす。


(よし! これで完璧!)


 これを数度繰り返して、この日の夕食は終わった。

 そしてリリスは、指南書通りにできたと得意げな気分で割り当てられた部屋に戻ったのだが、寝支度をしているところに、兄のエアムがやってきた。


「リリス、やはりこの縁談が嫌なのかい?」

「もちろんそんなことないわ、お兄様。……どうして?」

「いや、今日は何度もジェスアルド殿下のことを睨んでいただろう? だからてっきり……」

「ええ!? 睨んでなんていないわよ! あれは、見つめていたの! 私の気持ちを込めて!」

「……あれが? ……嘘だろ……」


 リリスの言葉にエアムはかなり衝撃を受けていた。

 普通なら、いったいお前の気持ちとはどんなものなのだと問うところだろうが、きっと「好意を持っている」という信じられない答えが返ってくることは予想できた。

 それがリリスクオリティだ。

 だてに十九年もリリスの兄をやっていない。

 というわけで、先ほどの奇行もリリスなりの考えがあってのことなのだろうと、諦めた。


「あのな、リリス……。お前の兄として、一言だけアドバイスしていいか?」

「ええ、ぜひ」

「ジェスアルド殿下は――エアーラスの人たちは、お前に慣れていない。だから……誤解されないように……頑張れ」

「大丈夫よ、お兄様。今、色々と本を読んで勉強しているところだから。ありがとう!」


 リリスは感謝の気持ちを込めてエアムに抱きついた。

 その肩越しに、エアムは控えるテーナにあとは任せたと無言で伝えた。

 テーナはそんな無茶振りをと、目で訴えたが、頼むとエアムからの切実な視線を受けて、仕方なく頷く。

 お笑い作戦よりはましだと思ったが、やはり小悪魔作戦も止めるべきだったようだ。

 さて、どうやって説得しようかと、テーナはこの日から頭を悩ませることになるのだった。




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