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「まさか、そのような力があるとはな……」
「ええ、さすがに妃殿下が〝フロイトの謎〟だとは思いもしませんでしたよ」
リリスが理路整然とした説明を終えると、皇帝とアレッジオが驚嘆の声を上げた。
その反応は当然のことながら、どう思われているのか不安を感じながらも、リリスは笑みを浮かべたまま続けた。
「私の力については以上ですが、何かご質問はございませんか?」
その問いかけに、アレッジオが先を促すようにちらりと皇帝を窺う。
アレッジオの役職については当初に説明を受けていたが、実際の職務内容――各国への間諜たちを束ねる仕事だと、この面会で改めて教えられた時にはリリスも驚いた。
ある程度の予想はしていたが、まさかそのような国家機密をすんなり告げられるとは思ってもいなかったのだ。
リリスがいくら自国の皇太子妃だとしても、まだ他国から嫁いだばかりである。
しかし、冷静に考えれば、間諜の存在は今さら隠すことでもなく、実働部隊の者たちに紹介されたわけではないのだから実害はない。
おそらく昨日のやり取りで、アレッジオの正体を明かしても支障はないと判断したのだろう。
「では、答えられぬのなら無理には答えなくてよいが、質問させてほしい」
「はい」
リリスの問いかけには、やはり皇帝が先に口を開いた。
だが、前置きから推測するに答えにくい質問なのだろうと身構える。
「あなたのその力は一族に伝わるものなのだろうか? もしそうならば、他にも力を持った方がいらっしゃるのか?」
「い、いいえ、私だけです。過去にも私のような能力の者がいたとは一族の史録にも伝聞にもありませんので」
「では、ダリア王女に――妹君に何か力があるわけではないのだな?」
「ダリアですか? ――はい。妹に力はありませんが……なぜですか?」
リリスは皇帝からの質問に、ほっとしながら答えた。
このことはジェスアルドにも問われたことだ。
確かにリリスの力がわかった時には、父も母も一族の記録などを調べたらしい。
結局は何もわからなかったが。
皇帝も他のフロイト王族にこのような力があるのなら知っておきたいのだろう。
しかし、何よりの関心は、血族として受け継がれるのかどうかなのだ。
そのことについてはリリスも十分に理解できたが、なぜダリアに特定して念押しされるのかは不思議だった。
そのままの疑問を口にすれば、皇帝はあっさり答えてくれる。
「私なら、――いや、普通に考えて、このたびの同盟の条件であるなら、ダリア王女が嫁してくるべきだろう。それなのに特別な力を持ったあなたが選ばれたのには理由があるのではないのかと思ったのだ。もしダリア王女に何もなく、あなたを手放されたのだとすれば、フロイト王は愚かとしか思えない」
「陛下――」
「いえ、陛下のおっしゃる通りですので、かまいません。確かに父は為政者としては失格でしょう。父は私たち家族に対しては、国王ではなくただの父親になるのですから。そのため、当初は父も兄たちも、この同盟の条件を受け入れるつもりはなかったようです」
「ほう?」
皇帝の言葉を聞いて、ジェスアルドはかすかに反応したが何も言わなかった。
止めようとしたのはアレッジオだ。
力のことを知れば当然浮かぶだろう疑問――なぜダリアではなかったのかという考えに及ぶことを、すっかり失念していたリリスは苦笑した。
そこで今までジェスアルドに問われなかったことを不思議に思う。
だが今は、フロイト王女から皇太子妃になったアマリリスとして、皇帝に答えなければならない。
前回、庇ってくれていたフレドリックは、初めの挨拶以来ずっと沈黙を貫いているのだ。
「今回の同盟における条件として、この婚姻は正直に言えば必要ないものだと思えました。フォンタエ王国の脅威にさらされているフロイト王国がエアーラス帝国を裏切るとは考えられないでしょうから。また帝国にしても、フォンタエを阻む壁としてフロイトの存在は必要なはずです。ですから、父たちはこの条件を回避するための道を模索しておりました。しかし、私がフォンタエ王の夢を見たことで時間がないとわかったのです」
「どのような夢だったのか、訊いてもよいかな?」
「はい。夢は二度ありました。一度目はフォンタエ王が側近らしき人物に『ひと月後にフロイトへ侵攻する』と告げていたものです。それが数日前のことなのか、ひと月前のことなのか、私には時間の判断ができませんでしたので、一刻の猶予もないと私が家族を説得しました。婚姻による同盟ほどわかりやすく、迅速に伝わるものはありませんから。家族には、今後もし重要な〝現実夢〟を見ることがあれば、手紙で知らせると約束をしております。もちろん、ダリアは自分が嫁ぐと主張しましたが、あの子にはすでに恋人がいましたので、それを理由に私が押し切ったのです」
「なるほど。それで、あの急な婚約に至ったわけですな」
「はい。病弱だと有名な私が嫁ぐために、もっともな理由が必要だったのです。その後に殿下と私の婚約が発表された時、二度目の夢を見ました。フォンタエ王はそれはもう悔しがっていて、安心するとともにちょっと胸がすっとしました」
そこまで言って、リリスは話を終わらせた。
皇帝とアレッジオは最後の言葉にくすりと笑いながらも、リリスの話をじっくり呑み込み、考えている。
その間、ジェスアルドはただ静かに座っていた。
前もって伝えていたのだから当然なのかもしれないが、それでも気になってしまう。
リリスがちらりと窺うと、その視線に気付いたジェスアルドは伏せていた目を上げて微笑んだ。
その笑みにほっとしてもいいはずなのに、リリスはなぜか落ち着かなかった。
「それではフレドリック殿は――いや、グレゴリウス殿は、妃殿下から目を逸らすためにいらっしゃると考えてよろしいのでしょうな?」
「そのように考えていただいてかまいません。初めは〝フロイトの謎〟に関する知識が気になり、フロイトに訪れたのですが、今ではリリス様のお話しくださる様々な夢の内容が面白くて離れられぬですよ」
次に、アレッジオがそれまで黙っていたフレドリックに問いかけ、ジェスアルドに気を取られていたリリスは二人の話に集中した。
フレドリックはいつもの調子でのんびりと答えている。
すると、アレッジオがふむと一つ頷いて続けた。
「私も同席するようにと望まれたのは、妃殿下の身辺警護をもう一度練り直す必要があるからですな」
「――ああ。今後のことを考えると、いつか〝フロイトの謎〟も、フレドリック殿だけでは誤魔化せなくなるだろう。ただし、今以上に護衛をつけるのも逆に目を引く。リリスを守るためにどうすればいいのか、知恵を貸してほしい」
「そうだな。トイセンでは新しい器の焼成に成功したのだろう? それが世に知られるようになると、すぐに注目されるようになる。フレドリック殿もいつまでも名前を偽ってはおられぬぞ」
今まで黙っていたジェスアルドが、アレッジオの言葉に反応してようやく口を開いた。
そして皇帝が新しい焼き物――マリスのことを話題にしたのだ。
フレドリックが切り出すなら今だというように、リリスに視線を向ける。
わかっていた。
トイセンからの帰りの馬車の中であれこれと考え、どう皇帝たちを納得させるか、フレドリックと話を詰めた計画を提案するには絶好の機会だと。
実際、目の前のテーブルに並んだ茶器は皇帝たちを驚かせようと、リリスが密かに用意させたマリスであり、皇帝たちは気付いていない。
それなのに、リリスの口からは予定外のことが――ずっと怖くて口にできなかった言葉が飛び出していた。
「コリーナ妃はなぜ亡くなったのですか?」




