100
「では、本当に一緒に眠っても問題はないんだな? うなされている時などに無理やり起こさなければ」
「はい。大丈夫です」
「そうか……」
ジェスアルドとの約束の昼食で、二人きりになった途端に問われたのは、やはりリリスの安全に関することだった。
リリスは温かい気持ちになりながらも、はっきりと頷いた。
すると、ほっとジェスアルドが息を吐く。
それからは、たくさんの質問をリリスは受けた。
秘密を知る者たちについて、夢を見た後の今までの対処法、そしてこの秘密を皇帝とアレッジオ長官にも教えていいかと。
リリスは一つ一つ丁寧に答え、もちろん最後の質問にも同意した。
そして、近々リリスとフレドリックも同席した場が設けられることになった。
「――ですから、サウルについても噂で聞いたのではなく、本当は夢で見たんです。きちんと伝えなかったばかりに、大事になってしまい申し訳ございませんでした」
「いや、謝る必要はない。確かに前もって夢のことを知っていれば、もっと対策を取れただろうが、こればかりは仕方ない。そもそも私がリリスの信頼に足る態度を取らなかったのも原因なのだから。リリスは無事だった。これでよしとしよう」
フォンタエ王国の政務官サウルとコート男爵の企みを夢で見たのだと打ち明けると、ジェスアルドはかすかな後悔を声に滲ませて答えた。
だがすぐに真剣な表情になる。
「ただこれからは、リリスが危険だと感じたら些細なことでもいいから教えてほしい」
「――はい」
今度はリリスがかすかにためらい頷いた。
結局、コリーナ妃についてはお互い何も口にしていない。
(わたしが夢で見たって言えば、教えてくれるのかな……)
リリスはふと考え、目の前のデザートを見下ろして諦めた。
今から話すには時間がなさすぎる。
逃げなのかもしれないが、やはりコリーナ妃についてはしっかりと話したい。話してほしい。
デザートを食べ終わった後は、あまりゆっくりすることなく、ジェスアルドは次の仕事のために立ち上がった。
「では、陛下とアレッジオに対面する日時については、また連絡する」
「はい、わかりました。私はいつでもかまいませんので、連絡をお待ちしております」
「……」
「殿下?」
「いや、きっと陛下はリリスと会うとなると、全ての予定を放り出してでも今すぐと言い出すだろうから、陛下の側近から予定を確認した上で、リリスに連絡する。それからリリスの予定の関係で、その日時になったのだと陛下には伝えることになるから、そのつもりでいてくれ」
「はい……?」
見送りのために立ち上がったリリスに、ジェスアルドは陛下との対面について口にした。
リリスが了承すると、ジェスアルドはなぜか黙り、そしてさらに詳しい予定を教えてくれるのだが、よくわからない。
要するに、リリスの予定に皇帝が合わせる形になるということなのだろうか。
「結婚当初から、陛下はリリスと個人的に会わせろとうるさかったんだが、最近はとみにうるさい。だが、私は会わせたくないんだ」
「……なぜですか?」
「調子に乗る」
「はい?」
「一度許すと、絶対に調子に乗って仕事をさぼり、リリスに会うに決まっている。そうなると、私に余計な仕事が回ってきて、私がリリスと会う時間が減る。というわけで、リリスは忙しいんだ。とても。いいな?」
「は、はい」
ジェスアルドの父である皇帝に個人的には会わせたくないと言われ、ちょっとだけ傷ついたリリスだったが、その後に続いた言葉に呆気に取られた。
エアーラス帝国の皇帝の噂は、紅の死神と呼ばれる皇太子――ジェスアルドと同じように、よく耳にした。
常に冷静沈着で計算高く、戦の将としても秀でており、幾多の屍の上に帝国を築いたと。
だが、さらに血生臭い噂を持つジェスアルドも普通の人間――よりも、優しい人なのだから、本当に噂とは当てにならない。
それにしても、公務をサボるとは予想外である。
(えっと……嫁舅問題はないということでいいのかな……?)
ひとまずリリスはいつものように前向きに考えることにして、今度はフレドリックに会うための準備に取りかかった。
とはいっても、フレドリック相手にはそれほど畏まる必要はないので気楽である。
「――ほうほう。では、無事に伝えることができたのですな。それは、めでたい。……少々つまらんが」
「フウ先生……今、一言多くなかった?」
「はて、何のことやら……。私も年を取って、すっかり頭も弱くなりましてなあ」
「それでも、お口はお元気なのね」
二人で憎まれ口を叩き合っていると、ジェスアルドの使者がさっそく訪れ、皇帝と面会するいくつかの日時を上げた。
二人とも他に優先することもなかったので、一番早い日時――明後日の午後に決め、その後は皇帝へどのように伝えるかを話し合った。
ジェスアルドに対しては、個人的な秘密として打ち明けたリリスだったが、皇帝とアレッジオ長官へはフロイト王国から嫁してきた王女としての駆け引きが必要になるからだ。
そして、トイセンの焼き物――マリスについてもリリスの案を告げると、フレドリックは高らかに笑った。
「確かに、なかなか名案ではありますが、果たして陛下や殿下がご納得されますかなあ」
「あら、フウ先生は知らないの? このエアーラス帝国の皇族方の資産って、フロイト王国全体の年間収益の何百倍もあるのよ? 今回のコート男爵領地の没収によってさらに増えることになるわ。……まあ、しばらくは悪辣な環境にいた領民たちへ還元しなければならないでしょうから、負債だけど。とにかく、これ以上お金儲けしてどうするの? って話でしょう? 今までの帝国の政策方針からみても、反対されることはないと思うわ」
「ふむ。では、私はのんびりリリス様のお手並み拝見といきましょうかの」
「ちょっと! 今、打ち明けたのは援護してほしいからよ? 確かに今回の面談ではそこまでの時間はないかもしれないけれど、近々提案しなければいけないんだから。フウ先生、頭は使わなきゃ、ますます弱るわよ?」
「おお、リリス様はなんとむごい。この老体に鞭打って働けと申されるのですか……」
「必要ならば飴だって使うわよ?」
「その作戦には乗りませんぞ」
「そう。なら、先日夢で見た水中を何日も潜って航行する船の話は言わなくていいわね」
「卑怯ですぞ!」
結局、いつものやり取りになった二人を、テーナとレセは苦笑しながら見ている。
それから二人は憎まれ口を時々叩きながらも、夕食前まで話し合いを続け、明後日の面会に備えたのだった。




