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「ああ、もう! つかれたー!」
叫んだリリスは、ぽふっと柔らかなベッドへと身を沈めた。
この部屋に初めて足を踏み入れたときと同じセリフであるが、今は寝支度も済んで、あとは寝るばかりである。
気詰まりな晩餐会が終わり、リリスはやっと息をついたところだった。
晩餐会でのリリスはあえなく撃沈していた。
何度も何度も笑顔を浮かべ、懸命に会話の糸口を探して話しかけたのに、ジェスアルドから返ってきたのは「そうですね」「そうですか?」の二語のみ。
いや、それは少々大げさかもしれないが、似たようなものだった。
(なかなか手強いわね……)
ジェスアルドに歓迎されていないことはわかっていたが、こうして受け入れたのだから、もう少し打ち解けようとしてくれるのではと期待したが甘かったらしい。
(むう……でもめげない。どうにかあの不愛想な顔に笑みを浮かべさせてみせるんだから!)
常に前向きなリリスは、ジェスアルドをどうやって笑わせようかと、少々方向違いのことを考えながら眠りについた。
そして見た現実夢は異世界の〝お笑い〟というものだった。
* * *
「出発できない?」
「はい。ご迷惑をおかけしますが、妹にはもうしばらく休息が必要ですので」
翌日、明日には帝都に向けて出発する予定だと告げたジェスアルドに、エアム王子は答えた。
ここのところ強行軍だったうえに、先ほどもまだリリスは眠っていると聞いて、エアムはもう少しゆっくりさせたいと思っての判断だった。
だが、ジェスアルドは不満そうに顔を曇らせる。
「……そのような脆弱な体で、私の妃が務まるのだろうか?」
「この縁談は貴国が望まれたことでしょう? あいにく、もう一人の王女であるダリアはすでに婚約者がおりますので、アマリリスに決まったのです。アマリリスの体調については皇帝陛下にお伝えいたしましたが、それでもかまわないと陛下はおっしゃってくださいました。ですが、殿下には別のお考えがおありのようですね?」
「これは……私の意向ではない」
「では、そのように皇帝陛下にお伝えくださればよいのです。私たちは、――城に仕える者たちも皆、アマリリスを愛しています。本来ならば手放したくなどなかったのです」
「それならなぜこの条件をこんなにも簡単に受けたのだ? もっと交渉のしようがあっただろう?」
「それは……アマリリス自身が貴国へ、あなたの許へ嫁ぐことを強く望んだからです。我がフロイト王国のために。あの子は少々……いえ、かなり変わっているところもありますが、得難き宝と言っても過言ではないでしょう。いずれ殿下もあの子のことをご理解くださるとは思いますが……。そのためにもどうか、もう少しあの子に優しく接してやってはくださいませんか?」
エアムの言葉に、ジェスアルドはしばし黙り込んだ。
しかし、次に口を開いたときには皮肉な笑みを浮かべていた。
「……努力はしよう。だが、約束はできない。むしろ彼女のほうが私を避けることだってあり得るのだから」
「いいえ、そのようなことは決してないでしょう」
「どうだかな……」
自嘲して立ち去るジェスアルドを、エアムはその場で見送り、大きくため息を吐いた。
どうやらジェスアルドはかなり頑固なようだ。
心を閉ざしていると言ったほうがいいかもしれない。
それは亡くなったコリーナ妃に関係があるのかもしれないと思うと、リリスの前途を思ってエアムは顔をしかめた。
(やはり、この縁談にもっと反対するべきだったな……)
リリスの見た現実夢の話に急かされるように、父王をはじめとした家族は同意してしまったが……。
いっそのこと今からでも連れ帰ろうかとも思ったが、約束を反故にするなどできるわけもなく、エアムはもう一度大きくため息を吐いた。
そしてその頃のリリスと言えば――。
夢で見た〝お笑い〟をテーナたちに披露してみせたのだが、気の毒そうな視線が返ってきただけ。
リリスは夢の中で大笑いしたのに、やはり〝芸人〟とリリスでは技が違うのだろう。
どうすればその技を習得できるのか悩み、この後も一人特訓をする日々が続くのであった。
……兄の心、妹知らず。である。




