第一部壱話【俺は異世界召喚というものに巻き込まれてしまったらしい】
~プロローグ~
『七月七日、世間では七夕と呼ばれているこの日に皆さんは何かを願った事はありますか?そしてその願いがかなったことがありますか?』、という質問をされた時、ほとんどの人は『いいえ』と答えるだろう。もちろん、俺もその一人だった。
俺は天の川が煌めくその日、星に願った。
──仕事なんて概念の存在しない世界に連れて行ってくれ──
なぜこんな願いをしてしまったのか、という後悔も今となっては後の祭りだ。まあ、こう願ってしまった理由として考えられるのは『ニートをバカにされるのが嫌だったから』としか言いようがないだろう。
ニートになって一生親のすねをかじって生きていけばいい。そう思っていたが、現実はそこまで甘くはなかった。
中学時代の親友はもうあの頃のように親しく話してはくれなくなったし、街でも変な目で見られる。
だからこう願ったのだが、その時は思ってもいなかったのだ。こんな形で願いが叶ってしまうなんて。
叫ぶとしたらこう叫んでいただろう。
織姫様と彦星様はなぜこんなにも残酷な人生をお与えになるのですか!と。
まあ、その願いがかなったおかげでこんなひねくれた考え方は今では「馬鹿だろ(笑)」と笑い飛ばせる程にはなれたが。
そもそもどうせこんな願い叶うはずない、要するにダメもとで願ったのだ。かなったら誰だってびっくりしたりはするはずだ。
俺だってびっくりした。
まあ、ここまで言っていることは物語のプロローグというやつで、こんな形で叶ったというのは要するにあれだ。
俺は──
1
俺は大塚 シンジ。高校を中退し、特にすることもなく二年間、時間を湯水のように使ってゲームに没頭し、持っているゲームは三百種類以上、そのすべてが総プレイ時間百時間越えをするほど熱中していた。運動といった運動はほとんどせず、親のすねをかじって生活している世間一般的な普通のニートである。
そんな俺は今日も特に用もなくブラブラ近所を散歩している。
ニートって散歩するんだ、と、思っている人もいるだろうが、勘違いしないで欲しい。そんな迷信、こちらからすればいい迷惑だ。俺がみんなに理解して欲しいのは、皆がイメージしているニートというのは 実はこの世にはほとんど存在しない、ということだ。
丸メガネをかけて、リュックから丸めたポスターをはみ出しながらアキバをうろつく輩(それはオタクか?)など俺は見たことがないし、クソデブのニートなんてものは知り合いには存在しない。それどころか、すらっとした体型のイケメンが、俺のサークル(もちろんネット)にいる。
まあ、要するに俺が言いたいのは、価値観に囚われすぎて真実を見誤るな、ということだ。
普通の友達だってほとんどの人にはいるし、痩せてるやつも少なくない。
……いまニートもいいと思ったそこの君!ニートに憧れるのだけは止めたほうがいい!
社会的地位が下がるのはもちろんのこと、いくらイケメンでも、女子高生にニートということが知られると途端に距離を置かれる。極端なほどあからさまに。私は距離を置いてますよー、とアピールするかのように。
……とまぁ、いろいろ自己語りをしたのだが、取り敢えず今日は暗くなってきたので、一旦家に帰るとする。
途中で急にポップコーンが食べたくなったので、コンビニによってお菓子の商品棚に向かうとレジでは何故かイベントのようなものをやっていて、まず今日は何の日かを思い出す。
しばらく微動打にせず、一分たったところでやっと今日が七夕であることを思い出す。
だが、今の自分には七夕など縁もゆかりもないので、思い出すのにかかった時間はもったいないが、目的のお菓子と漫画を買って店を出る。
家に着くと急いで二階にある自分の部屋に行き、買った商品を袋から出した。全部袋から出し終えると袋の底になにやら長方形の紙が出てきた。その紙が七夕の短冊であると認識すると、捨てようとした。だが、そこで貧乏性が出てしまい、捨てたらもったいないとペンを取り出し、願い事を書いてしまう。大した願い事ではなかったが、ニートをやめたいと思う気持ちはあったので、『仕事のない世界に行きたい』と願った。
短冊を机の上の誕生日にもらった枯れかけの植木にかけると、急に眠気が襲ってきた。
ベッドに横たわると、すぐに夢の世界へと引きずり込まれていった。
2
この日の朝は普段の母の声ではなく、少し高めの大人っぽい、けれども普通にしていたらそんな声出るのか、といういわゆるアニメ声に起こされた。
目を開けるとこの声はもう一生聞こえなくなってしまうのではないか、と思ったので、薄目で周囲を見渡す。目の前の空は黒から橙に変わっている。明け方だろうか。
そして目のまえには問題の声のヌシがいた。
胸元の大きく空いた、誘惑するためとしか思えないゆるいセーターに富士山を思わせるおおきな胸、ゆるいはずのセーターがくっきりと映し出すモデルのように引き締まったウエスト。口に目をやると、タイミングよく口を開ける。
「早く起きなさい?起きないと……」
そこで言葉を区切り、大きく空いた首元に指を入れ、さらに大きく伸ばす。
「悪戯、しちゃうわよ?」
一瞬理性が崩壊しかけて、襲いかかりたくなる衝動に刈られたが、なんとか欲を抑える。
彼女を考えないようにするため、耳に意識を集中させる。
数人の足音が聞こえる。音の大きさの変化からこちらへ向かってきているのだろう。
目の前の女性はそちらに目をやると、チッと舌打ちして再びこちらに向き直る。
「人が来てるわよ?いいの?悪戯、しないの?」
言葉の抑揚から焦りが感じ取れる。しかも少し早口になっている。
そんなに彼女の動揺で、理性のHPがゼロになることはまぬがれることができたが、ふと動揺という点に違和感というか疑問のような物が生まれる。人が来ることに何か不利益があるのか。
確かにこのいい歳した人間が女性に膝枕されているのは恥じらいがあるだろう。だがそれはセクハラとか痴漢とか言えば変な誤解はまぬがれることが出来るだろう。とすると、なにか別に理由があるのだろう。
目の前の彼女はそんなに心情を知ってか知らずか、おもむろに立ち上がるとなにやら呪文のようなものを唱える。
俺が思わず目を見開くと、やはり起きていたのか、という冷たげな眼差しを向ける。
そして光が彼女の体を包み始めると、声を荒げて
「この欲に正直じゃない豚め!」
と言い放つ。言い終わると同時に彼女がひときわ明るく光に包まれ、数秒後、そこには既に彼女の姿はなかった。
そして間髪入れず俺の脳は情報を処理しきれず草の上に倒れてしまった。
次に目を覚ましたのはあたりが完全に明るくなってからだった。
肩を優しく、心地よく揺さぶられ、再び夢の世界へ吸い込まれていく。
一度目を開けたが、再び目を閉じてしまった。そのため、目を開くためだと思うが、肩を揺さぶる力がどんどん強くなる。
あまりにも眠るのには強すぎる振動だったので目を覚ます。
一分間だ。一分間目を閉じていたら肩を脱臼していただろう。いや、確実に。
「やっと目を覚ましましたか」
口を開いたのはおそらく肩を力強くゆすっていた人物だろう。
その人物は俺の左横に足を揃えて立っていた。
声は少し低いが、それは女性としてであって、充分声で女性と捉えることが出来る。……女性にあるべき胸のアレが無い事は置いておけば。
髪は茶色がかっていて、少しくせっ毛が混じっている。長さは腰のあたりまで届いている。くせっ毛だからか、先端から二十センチのあたりでシュシュに止められている。目は澄んだブルーで、すっとしている。
容姿は完璧である。とは言いきれないが、充分美少女であった。
「目が覚めていきなりで悪いのですが、私が現在あなたの前に立っているのはあなたに頼みたいことが二つほどあるからです」
全く悪いと思っていないような無表情でたんたんと自分の主張を告げる。
「まず、あなたには『魔女の闇堕とし』を受けた者として、今日、この後一時間、男性カウンセラーがあなたにカウンセリングを行います」
彼女の言っていることが理解できなかったので、疑問に思った単語を口に出す。
「魔女の……闇堕とし?ってなんだ?」
彼女に口に出した疑問が聞こえていたらしく、その疑問に対する答えが返ってきた。
「理解出来なくても構いません。魔女はこの国では伝説の産物として伝承や童話でしか聞いたことがないですからね。まあ、それはどうでもいいのです」
どうでもいいと流されてしまった。まあ、その返事に納得いかないものは残るが、次の言葉を聞くために一旦頭から離した。
「二つ目は国民に魔女と接触させないように隠密で行動しなければならないのにもかかわらず、接触させてしまったことに対しての謝罪がしたいのです」
謝罪に関しては理解出来たので了承の意として無言で頷く。
それにホッとしたのか彼女の口元が少しほころぶが、すぐにしゅっと引き締まる。
「では病院まで案内するので付いてきてください」
3
あの後、彼女について行くと巨大な病院があり、『検査が終わったら、この罪滅ぼしになるかはわかりませんが』と検査終了から一時間後にこの街を案内してくれることになった。
検査が終わって指定された病室に入ると、俺が寝るはずのベッドに彼女が無防備に寝ていた。彼女の肩を揺すって起こすと、『ふにぁ?』と猫のようなかわいい声を上げて俺の顔を確認すると、頬を徐々に赤く染めて顔全体が真っ赤になると、病室からそそくさと早足で退出していった。途中清掃会社の人のバケツに足を引っ掛けて水を撒き散らしながら盛大に転ぶが、すぐに立ち上がるとすぐに病室から出ていってしまった。
ベットに横たわってそのあいだの一時間に何をするか考えるためにベッドに横たわると、ベッドから彼女の残り香が鼻孔をついた。それが興奮材料となったのか、どんな香水を使っているのか嗅いで確認しなければ!という衝動に刈られてしまい、ベッドに鼻を押し付けて匂いを嗅ぐ。これはお日様の匂いだろうか。
と、ずっと匂いを嗅いでいると、俺の中にいる天使がささやきかけてくる。
『見つかると洒落にならないんじゃね?』
幻聴だろうがそのひとことで正気に戻る。あたりを見渡してこちらを見ている人が一人もいないことを確認すると、セーフと心の中でつぶやく。何がセーフかは分からないが。
違う。今俺はこの一時間で何をすればいいのか考えなければならないはずだ。
彼女の好きそうな香水を聞きこもうか。
確か匂いはお日様の匂いだったはずだ。
違う。そうじゃない。彼女のことは考えてはいけない。考えるな、考えるな、考えるな。よし。いい子だ。
昔から良く言えば対応力のある、悪く言えば口車に乗せられやすい性格がこんなところで役に立つとは思わなかった。
なぜかって、そんなこと決まっているだろう。女の子とは関わりがそんなにないからだ。
普段なら彼女のことをずっと考えていただろうから、すぐに考えなくなったのは奇跡と言ってもいいだろう。
とにかく、この一時間を何に使おうかということを考えるのだ。
彼女について知らないことは他になにかないか。
あるじゃないか。彼女の名前だよ。名前。
そう思い立った俺は、彼女の名前について聞き込みをすることにした。
そう言って病室を後にしたが、受付まで行って面会した人のリストを見せてもらおうとしたら人権がどうとか個人情報がどうとか言われてしまって、見ることはできなかった。俺の病室を担当しているナースの人も、彼女の名前は知らず、下流騎士であることしかしらないと言っていた。この言葉の中に『下流騎士』という言葉が含まれていたり、あの艶い女の人が消えたり、彼女の言っていた『魔女の闇堕とし』などから得られる情報はこういうことなのだろうと推測する。
──俺は異世界召喚というものに巻き込まれてしまったらしい。
-To be continued!!-