Mな彼と腐れ縁な私
場所はリビング。
対面式のキッチンの横には、ダイニングテーブルと4つのダイニングチェアがあり、その中の1つの椅子に私は座っている。
目の前にケーキの乗った皿が置かれるとすぐに食べ始めた。
それを持ってきてくれた相手がまだ座ってないとか、「いただきます」の挨拶をしていないとか、まったく気を使わずに食べ続ける。
相手もそんなことは大して気にしていないと思う。
そもそも、このケーキは私の為に買ってきたものだろうし、向こうも遠慮なく食べてくれた方が嬉しいはずだ。
現に、相手の顔を見ると、ニコニコと嬉しそうな顔で私が食べる姿を見ている。
「美味しい?」
そして私に問いかけてきた。
私の食すこのショートケーキ。十中八九「洋菓子店 クイーン」のケーキで間違いない。
駅の前にあるケーキ屋で、一番人気のショートケーキは午前中に売り切れてしまう。
マズイわけがない。
てか、まじでウマい。
きっとそれを分かった上でこの店のケーキを選んで買ってきてくれたのだろう。
ので、私は答えた。
「うん、美味しいよ。・・・・でも、チョコケーキが食べたかったのに。」
誤解しないでもらいたいが、私、わがままお嬢様とか、ましてや鬼や悪魔の生まれ変わりなんかじゃないですからね?
いつもだったら美味しいと有名なケーキをわざわざ買ってきてくれた相手には「美味しかった。ありがとう。」ってちゃんとお礼と感謝の言葉を言いますよ。
でも、コイツ。ハルアキはそんな普通の感謝の気持ちじゃ喜ばないことを私は知っている。
その証拠に、
「そっか・・・・、じゃあ次は別の買ってくるね。」
殊勝な事を言うハルアキの表情は喜びに染まっている。てか、幻覚でだろうが左右に激しく振る犬の尻尾が見える。
簡潔にまとめるとハルアキというこの男、Mなんです。
ハルアキは私の家のお隣さんで、幼稚園、小学校、中学校、そして高校も一緒の所謂、幼馴染です。
ハルアキのお母さんはフランス人で、しかも凄く美人。その血を受け継ぐハルアキも中性的な整った顔立ちをしていて、学校でも王子様とか呼ばれていて女子からの人気が半端ない。
性格も穏やかで人当たりも良い為、女子だけでなく、男子の友達も多い。
成績もトップ3に入る優秀な脳みそも持っている。
顔良し、性格良し、頭良し の3拍子が揃った学園のアイドル。
ただし、性癖が異常。Mの前に「ド」がつく。
私がケーキを食べ終わった頃を見計らってハルアキは口を開いた。
「トウカ、今日は両親とも夜まで出かけていて、帰りも遅いんだ。」
「ふーん、そうなんだ。」
「だからさ・・・」
あぁ、嫌な予感しかしない。
「お願があるんだけど。」
ハルアキが「ケーキがあるから家に寄って行かない?」と言ってきた時点で、何かあるとは思ってはいたのだけれども、やっぱりそういうことか。
「ダメ。」
「即答しなくても・・・。内容ぐらい聞いてよ。」
「どうせ、叩いて欲しいとか、踏まれたいとかでしょ。」
「うーん、ハズレ。」
「じゃあ・・・・・・・縛るとか?」
「それもすごく魅力的だけど、それはまた今度ね。」
縛られたいんだ・・・、いや、縛る気なんてないから。
また今度って言われてもやらないし。
「とにかく、何もしないからね。」
私に嗜虐趣味なんてものは皆無だ。
よって、叩いたり、蹴ったり、殴ったりするのはコッチの身体も痛いし、面倒だし、良い事なんて1つもない。
「大丈夫、トウカは何もしなくていいから。」
私が面倒くさがっているのが分かったようで、ハルアキが笑顔で言い切った。
さすが、幼馴染。
「そうなの?」
「うん、トウカはそこに座っているだけでいいからさ。」
私の向かいに座っていたハルアキは、テーブルを回り込んで私の隣に立った。
と、思ったら床に正座をした。
椅子に座る私と、床に座るハルアキ。
いつもとは逆で、私がハルアキを見下ろす形になる。
ハルアキアは背が高い、この前の身体測定で180cmあったらしい。しかも、まだ伸びているとか。
さすが、外国の血を受け継ぐ男。
・・・いや、ハルアキのお父さんもハルアキより背が高いから遺伝か。
「こっちに身体ごと向いてほしいんだけど。」
「いいけど・・・なに?」
お尻を横に回転させて、正座したハルアキと向き合う。
ハルアキは私と目が合うとニッコリ笑い、私の片足を両手で掴んだ。
「・・・・っ!!」
すごく、すごく嫌な気配が背中に這い上がる感じがしたので、私は私の片足を掴んだハルアキの両手を力いっぱい掴んだ。
「トウカ?」
「・・・何をするつもりか聞いてもイイデスカ?」
「何って・・・舐めるだけだよ?」
何かおかしい?という感じで小首を傾げて聞いてくる。
男子高校生がこの仕草をすると気持ち悪いだけなのに、ハルアキがすると可愛く見える。顔が良いってすごいわ。
「舐める!?あんた頭大丈夫!?」
「うん、正常。ということで、舐めたいから足貸して。」
「何がということでなの!?ぜぇぇぇぇたい嫌!!」
「えぇ!?ダメなの!?」
なんだその『アンビリーバボー』みたいな顔は。
えっ?当然のように足を貸すと思ってたの?普通に?当り前のごとく?
「・・・・・お願いしてもダメ?」
子犬の様な瞳で甘えた声を出して懇願されても私は騙されないし!!
この男は自分の外見の良さを分かっており、それをどう使えば効果的なのも熟知している。
だが、私は腐れ縁の幼馴染。
ハルアキの演技は通用しない。
「嫌なものは嫌!そんなに舐めたけりゃ、あんたのファンにでも頼めばいいじゃない。」
そうよ!そうだよ。ナイスアイディアだ私!
通っている学校だけにとどまらず他の学校や隣町など、ハルアキには数多くのファンが居る。主に女子で構成されるが、極僅かに男子もいたりする(loveなのかlikeなのかは深く追求いたしません)。
彼女・彼らならこの要求を受け入れてくれる。
「嫌。」
ハルアキは即答した。
「どうして?きっと喜んで足を差し出してくれるよ?」
「いらない。」
「意味分かんない。舐めたいんじゃなかったわけ?」
「舐めたい。けど、トウカ以外は嫌。汚い。」
「・・・・私の足も汚いと思うけど。」
「トウカの足は汚くない。」
また即答された。
どんなに美人でも可愛くても、1日靴を履き続けたら汗かいて蒸れて汚くなると思う。
それとも女子高生の足は綺麗だとか幻想でも抱いているのかコイツは。
「いや、いや、いや、普通に考えて汚いよ。」
「汚くない。たとえ、万が一、奇跡的に、稀に、汚れていたとしても、トウカだったら全然平気!」
そんな自信満々に言われても困るんですけど・・・。
「あんたが平気でも私は平気じゃないの!今日も1日中、靴履いているし。臭いだって100%する。」
何が悲しくて花の女子高生が、足の臭いをアピールせねばならんのだ。
私の乙女なハートが少しブレイクした。
「臭いか。・・・・良い、すごく良いよ!トウカの臭いならむしろ大歓迎――」
ドカッッ
はっ!うっかり、ハルアキを蹴ってしまった。
イイ所に入ったらしく、ハルアキは鳩尾辺りを抑えて蹲っている。
「さっ・・・すが、トウカ。強さ、角度、場所。ホント・・・最高ッ!!」
痛みに呻きつつ、歓喜の表情をするハルアキ。
どうやらドM様にお気に召して頂けたらしい。
「・・・気持ち悪っ。」
恍惚としている所、申し訳ないが正直私は引いている。
ハルアキのドM性癖を知っているし、偏見もないつもりだけど、それと嫌悪感は別物だ。
顔も引きつっているのが分かるし、身体と脳が全力で拒否している。
「あぁ!・・・その蔑んだ声、冷たい視線!幸せでオカシクなりそう・・・。」
今でも十分オカシイよと言ったが、幸福に酔いしれているハルアキには聞こえていないだろう。
今なら熨斗つけて、お礼に商品券もあげるから
この迷惑なドMの幼馴染ポジション変わってくれ、誰か!!
ハルアキの愛情表現に鈍感トウカは気づきません。そして若干引き気味です。