試練へ向けてー3ー
その夜、クロウズにあるラグナの屋敷へ帰って来たアレクは、自室でラグナたちが運び出した自身のパソコンの設置・設定を行っていた。
「どうだ、いけそうか?」
「はい、大丈夫そうです」
アレクが言ったと同時に、パソコンの画面が立ち止まった。アレクのパソコンは、啓の伝で最高性能のものだ。画面はホログラムで、三枚並んでいる。
「クーリオ、俺がやる必要のない設定は任せる」
『了解です、マスター』
パソコンに繋いだ携帯端末から声だけが聞こえ、アレクが操作していないのに画面に幾つかのウィンドウが表示されては消えることを繰り返す。
それを見ていたラグナが、苦笑気味に言った。
「相変わらず、仕組みはよく理解出来ないな」
「仕方ありませんよ。人間と魔族だは、機械の発展度が違います。勿論、その重要性も」
魔族の半数以上が、人間の使用している機械が使えない。アレクが連絡用にサイトに端末を渡した当初、一から全て使え方を教えなければいけなかったのが良い例だ。それを考えると、人間の中に紛れて暮らしていたラグナは凄いと言えるのだろう。
「まぁ、そうなんだがな。…そういえば、アレク、一つ聞いてもいいか?」
何処か真剣さを帯びた声に、アレクはパソコンから視線を外してラグナの方へ向き直った。
「何ですか?」
問いかけると、ラグナはその氷蒼色の瞳で真っ直ぐにアレクを見据えて口を開いた。
「俺は、お前に信頼されているか?」
予想外の言葉に、アレクが目を丸くする。
「すまないな、突然。ただ、俺は思ったよりもお前のことを知らないな、と思ったんだ」
あぁ、そうか、とアレクは気付く。
アレクは、ラグナの知らないところで色々としている。それをラグナは何となく感じ取っていて、アレクが話さないのは自分を信頼していないせいかと思ったのかもしれない。
「…勿論、俺はあなたを信じています。でも、だから、話したくないこともあるんです」
すみません、とアレクは困ったように笑う。
大切な家族だからこそ、知られたくない過去がある。知ってほしくない力がある。
そんなアレクの心情を察してかは知らないが、ラグナは穏やかに笑った。
「そうか。なら、いいんだ」
「すみません。でも、あなたは俺にとって大切な家族です」
「あぁ、勿論俺もそう思っているよ。…さて、俺は陛下に呼ばれているから少し出て来る。サイトは屋敷に置いていくから、何かあればあいつに言うといい」
「一人で大丈夫なんですか?」
「城までは転移して行くから大丈夫だ」
じゃあ、行って来る、とラグナは軽くアレクの頭を撫でて、部屋を出て行った。残されたアレクは撫でられた箇所に触れて目を細めると、嬉しそうに微笑んだ。
『マスター、お邪魔して申し訳ありませんが、パスワードの設定を』
「あぁ、分かった」
クーリオに言われ、アレクは上機嫌にパソコンへ向かう。
丁度アレクが全ての設定を終えた頃、再びクーリオの声がした。
『アロイス殿からモニターコールです』
「アロイスさんから?…分かった、繋いでくれ」
『はい』
意外な人物からの電話に、アレクは何の用件だろうと考える。彼はアレクの状況を知っているのか、いや、立場上知らないはずがない。
アレクが思案していると、端末上にホログラム画面が浮かんだ。そこに映るのは、一人の美丈夫。
うなじで無造作に結ばれた濃紺の長い髪に、切れ長のトパーズ色の瞳。身に纏っているのは、狩人連合の制服だ。
彼の名は、アロイス・フローゼン。狩人連合の代表、つまり連合の狩人たちのトップを務める男だ。アレクにとっては、今はなき同じ孤児院の出で兄のような存在、そして名付け親でもある。
『よぉ、アレク、久し振りだな。いつ振りだ?』
「二年振りぐらいですかね。どうしたんです?」
『んー、可愛い弟が五大公爵の一人に付いて行った、なんて聞いたらかけずにいられんだろ』
「…馬鹿ですか、あなたは」
ふざけたようなアロイスの言葉に、アレクは呆れたような声で容赦ない言葉を返した。しかしアロイスは、別段気にした風もなく笑う。
『相変わらず容赦ねぇな。まっ、そんなとこも嫌いじゃねぇけどさ。俺にそんなこと言うの、お前ぐらいだぜ?』
「そりゃあ、あなたは狩人連合の代表ですからね。まぁ、俺にとっては気が置けない兄ですけど」
『そう言ってもらえると、嬉しいな。んで、本題だが。お前、このまま魔族側に付くつもりか?』
それまでの笑みがなりを潜め、代わりに鋭い光を宿した瞳がアレクを射抜く。それに対し、アレクは飄々とした様子で答えた。
「まぁ、ラグナさんがこっちにいる限りはそうなりますね」
『俺はお前と戦いたくねぇぞ』
「それは俺もですよ。“永遠の炎”(インフィニティ・フレイム)を相手に戦いたいなんて思いません」
アロイスの通り名を口にして、アレクは笑う。対照的に、アロイスは眉を顰めた。
『身内だから言ってんだぞ?』
「冗談ですよ。俺だって、あなたと戦うようなことは出来れば避けたい。でも」
不意に言葉を切り、アレクの瞳に冷たい光が宿る。
「ラグナさんに手を出すというなら、俺はあなたにでも銃口を向けますよ」
アレクが言い放ち、二人の間に沈黙が落ちる。睨み合いのような視線の交差。微妙な緊張感を破ったのは、アロイスの方だった。
『怖ぇなぁ…。お前が本気になったら、勝てねぇぜ』
ニヤリと笑うアロイスに、アレクは苦笑気味に言葉を返す。
「何言ってるんですか。アウトレンジならまだしも、射程圏内に入った瞬間にこっちの負けは確定でしょう」
『んなことねぇだろ?天才技術者さん。お前なら、それに対処出来るだけのもんを作り出せるはずだぜ?モノ次第でお前は幾らでも強くなるじゃねぇか。それに、お前には“目”もあるしな』
「天才って…。そう言われるの嫌いだって知ってるでしょう。それに、“目”に頼りすぎるな、と言ったのはあなたですよ。第一、慧眼持ちでもないのにその使い方を俺に教えたあなたには、それだけの知識があるということだ。“目”についての対処法だって知ってるはずです。なら、あなたに対して“目”は無意味だ」
何処か不機嫌そうな表情で、アレクはアロイスに言葉を返す。わざわざ分かりきったことを言わせるな、とでも言いたげだ。そんなアレクの様子に、アロイスは満足げに笑った。
『うんうん、ちゃんと分かってるみてぇだな。これで俺の言葉を鵜呑みにしようもんなら、ちょっと失望してたぜ』
「試すようなことをするのは昔から変わりませんね」
『楽しいじゃねぇか』
ニヤリと笑うアロイスに、アレクは呆れたように溜め息を吐いた。
そのとき、画面の向こうで電子音が鳴った。アロイスが画面外に手を伸ばして、何かを操作する。
『何だ?』
『緊急の報告です』
どうやら、通信のようだ。アロイスはアレクの方を一瞥し、言った。
『あー…、今は取り込み中だ。すぐにかけ直す』
『了解しました』
『つー訳で、アレク、もう切るな。悪い』
アロイスはアレクの方へ向き直り、申し訳なさそうに笑った。
「いえ、構いませんよ。仕事、頑張ってください」
『おう、じゃあ、またな』
通信が途切れ、アレクは軽く息を吐く。気の置けない相手なのは確かだが、今の立場上迂闊なことも言えない。少しばかり緊張してしまうのも仕方がないと思いたいものだ。
「クーリオ、今日の試作品の試験データ、パソコンに回してくれ。後、例のシステムのも」
『了解しました』
答えるクーリオの声を聞きながら、よし、と気合いを入れてアレクはパソコンへ向き直った。