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貫く道  作者: 雨崎湖香
第1章
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始まりー1ー

 人間と魔族。二つの種族が存在する世界、センシティア。その昔、両種族は互いに対立し合い、長きに渡る戦いを続けていた。やがて不可侵協定が結ばれたことで戦いは終わり、世界には平穏が訪れた。

 しかしそれは一時のことで、水面下では種族間の戦いが続いていた。その上、種族内での争いも広がりを見せ、人間側ではその対応と鎮圧が出来る軍。そして、特殊な力を持った狩人(ハンター)と呼ばれる能力者たちの組織である狩人連合が台頭することとなった。

 人間側の各国に軍の士官と狩人の養成学校が存在する現在、最大の領地と軍事力を誇る国アスティンの士官学校は毎年多くの優秀な士官を輩出していた。

 そんな士官学校の向かいにある喫茶店では、士官候補生である少年の前に狩人だという一人の男がいた。

名桐鞠弥(なとうまりや)だ、よろしく」

「へぇ…、東の人ですか」

 差し出された名刺を受け取り、少年ーアレク・リアファルドはそう呟いた。

 センシティアでは西と東で文化に違いがあり、その中でも顕著なのが名前の表記の仕方だ。西ではカタカナ、東では漢字を用いるのだ。

「親が、な。生まれも育ちも西だ。…それよりも、すまなかったな。突然訪ねて来たりして」

「いえ、こちらこそわざわざ場所を変えてしまってすみません。教官の中には、狩人嫌いの方もいるので」

 言って、アレクはコーヒーを一口飲んだ。それから彼は、鞠弥に問いかける。

「それで、どのようなご用件で俺を訪ねて来られたんですか?」

「君に、少し聞きたいことがあってな」

「聞きたいこと、ですか」

「…アスティン国内に、正体を偽って紛れ込んでいる魔族がいると言ったら、君は信じるかい?」

 唐突な問いに、アレクはその真意を探るような目で鞠弥を見る。鞠弥が何も言わずに急かすでもなく視線を返していると、やがてアレクは口を開いた。

「…まぁ、そういうこともあるでしょうね。不可侵協定なんてものは、結局表面上だけのものですし」

「厳しいことを言う」

「何か間違いでも?」

「いや」

 何も違っていない。小さいことではあっても魔族による事件が起これば、誰だってそう思うだろう。

「それで、そのことと俺に何の関係が?」

 アレクの声に、思考に耽っていた鞠弥は現実に引き戻される。

「もう少し話を聞いてもらえるかな」

「まぁ、構いませんが」

 アレクの返答に微笑んでから、視線を正した鞠弥は真面目な表情になって口を開いた。

「私は今、ある魔族を追っている。その魔族は五大公爵の一人であり、強い影響力のある者だ。そんな魔族が今アスティン国内にいるのだが、私はそいつの動向を調査するのが仕事だ」

 鞠弥はその漆黒の瞳に鋭い光を宿してアレクを見据え、言葉を続ける。

「さて、ここからが本題だ。…君は、君の同居人であるラグナ・エウレストがその魔族だとしたら、どうする?」



 喫茶店を出た鞠弥は、少し離れた路肩に停めてある黒塗りの車に歩み寄って乗り込んだ。

「よっ、お疲れさん」

 そう運転席から声をかけて来たのは、鞠弥の今の相棒である狩人コウヤ・グレイス。

 狩人連合の中には幾つかの部があり、その一つが魔族の動向調査などを行う諜報部。コウヤはそこの一員で、今回の調査協力を鞠弥にしてきたという訳だ。

「で、どうだったよ」

「手応えなし。むしろ、彼に余計な情報を与えてしまったのかもしれない」

「どういうことだよ?」

「それが…」

 鞠弥は先ほどのことを思い出しながら、重い口を開いた。

「別に、どうもしません」

 問いに対するアレクの返答に、鞠弥は呆気にとられた。まさかそんな返答が返って来るとは思っていなかったことに加え、アレクの表情が全く変わらなかったからだ。

 アレクはそんな彼を見て、口を開いた。

「人間であろうと魔族であろうと、俺があの人を信頼していることに変わりはありません。俺は、あの人のために生きているようなものです」

 だから、とアレクの言葉は続く。

「あの人のいる場所が、俺の居場所。俺がここにいて、士官学校に通っているのは、あの人がアスティンに留まっているから」

 そこまで言って、アレクは淡く笑って言った。

「俺にとってはあの人があの人であることが重要で、魔族であったとしても関係はありません。あの人が何故正体を偽ってここにいるかは知りませんが、あの人の邪魔になることはしたくありませんから。だから何もしない、それだけです」

 はっきり言い切られた鞠弥は暫し黙り込んで、それから言った。

「…二つほど聞いてもいいか?」

「どうぞ」

「まず一つ。何故そこまでラグナを大切にしている?」

「恩人ですから。あの人が助けてくれなかったら、俺は今ここにはいない」

「恩人、か…。では、次の質問だ。君は、ラグナが魔族だと知っていたのか?」

 ラグナが魔族だと鞠弥だと告げたとき、アレクは一欠片の動揺も驚きも見せなかった。元々知っていたとしか思えない。

 鞠弥の問いに思案げな表情になり、アレクはゆっくりと口を開いた。

「いえ、知りません。ですが、薄々感付いていました」

「それは、何故」

「俺は、“目”が良いんです」

 意味深な言葉を穏やかな笑みと共に、アレクは告げた。鞠弥は答えの意味が分からずに眉を顰める。

「それは、どういう…」

「すみません、もう時間なので行かなければ」

 鞠弥の言葉を遮り、アレクは立ち上がった。鞠弥もそれを追うように立ち上がり、アレクに言う。

「今日はここまでか。恐らく、また会うことになるだろう」

「そうでしょうね」

 そう言って頷いて、アレクは鞠弥に背を向けて歩き出す。が、途中で立ち止まり、振り返った。

「でも、俺としてはその“また”が来ないことを願いたいものですね」

 そう言い置いて、アレクは今度こそ店を出て行った。

「….という訳だ」

「はぁ…。そりゃまた、変わった奴だな」

 鞠弥の報告に、コウヤは感心したのか呆れたのかよく分からない息を吐いてそう言った。

「あぁ、そうだな。…ところで、彼のデータはちゃんと集まったのか?」

「おう、勿論。諜報部をなめるなよ?」

 ニッと笑ったコウヤから、資料の入ったファイルを渡される。鞠弥がそれに目を通し始めると、コウヤが口を開いた。

「座学、実技共に優秀。本人は狙撃手志望だが、まぁ、どの分野に関しても人並み以上の実力はあるな」

 コウヤの言う通りの内容が、資料には数字で示されていた。鞠弥が黙々と資料を読み続けている間も、コウヤの説明は続く。

「指揮官や補佐官にもそれなりの適性がある。将来有望な軍人って訳だ」

「なるほどな。…孤児だったところをラグナに引き取られたのか」

 アレクが恩人と言っていたのは、この辺りの経緯からだろうか。

「保護者は、ラグナではないんだな」

「その保護者は、ラグナの旧友だ。あいつは魔族の中では人間擁護派だから、恐らくその関係での知り合いだろうな」

 経歴の部分に目を通した鞠弥の呟きに、コウヤが説明を付け加えた。

 人間側の二大勢力とも言える狩人連合と軍は、その方針の違いから対立関係にある。同じように、魔族側でも人間掃討派と人間擁護派に分かれて対立しているのだ。鞠弥たちの追うラグナ・エウレストー本名ラグナ・ディアリッドは、人間擁護派の代表格の一人だった。

「とりあえず分かるのは、優秀な人間だ、ということだけか。気にかかるとすれば、目の話だな」

「あぁ…。意味、分かるか?」

 資料を返しながら鞠弥が言った言葉に、コウヤが返す。

「可能性としては、アレクが“慧眼”の持ち主であるということだ」

 コウヤの方は見ず、鞠弥は正面の窓へと視線を向けて言った。

 狩人の力の源である霊力、魔族の力の源である魔力。普通ならば目にすることの出来ないそれらを視ることが出来る力、それが慧眼だ。能力者の中で、それぞれが持つ固有能力とは別に発現することのある希少な能力だ。

 アレクが慧眼の持ち主ならば、ラグナの纏う魔力を見て彼が魔族だと気付くことが出来るだろう。

 しかし、そう仮定するには幾つかの問題点があった。

「ちょっと待てよ、あいつは能力者じゃねぇ。慧眼を持ってるはずがねぇだろ。それに、あいつの瞳の色は蒼。道具か何かで隠してるって言うのかよ?」

 そう、コウヤの言う通りだった。これまでの慧眼発現者は全員能力者であり、なおかつ色素の薄い瞳の色をしていた。

 アレクが能力者ならば霊力を有しているはずで、同じ能力者である鞠弥に感じ取れるはずだ。仮に気付かれないくらい巧妙に隠していたとしても、軍の厳しい検査で感知される。また、道具を使って瞳の色を変えることは軍の規律に違反する。

 どんな仮定も、アレクが士官学校に在籍している事実のため成り立たない。

「そうは言わない。アレクが能力者でないことも、道具で瞳の色を誤魔化していないことも確かだ」

「だったら…」

「だが、それは確実じゃない」

 自分の言葉を遮って鞠弥が言った言葉に、コウヤが訝しげな表情になる。

「…どういう意味だ?」

「慧眼発現者が能力者であり、色素の薄い瞳をしているという私たちの認識自体、本当は何の根拠もない仮定だ。それに、慧眼はコントロールさえ出来れば、通常状態と慧眼状態で瞳の色を切り替えることが可能だという」

「おい、じゃあ、まさか…」

 言葉を失うコウヤを一瞥し、鞠弥は頷いて言った。

「アレクが能力者でない新たなタイプの慧眼発現者であり、そして慧眼を完全にコントロールしているとすれば説は成り立つ」

「信じらんねぇな…。とは言え、そう考えるのが一番しっくりくるか」

「そうだな」

 所詮憶測には過ぎず、また現状では確認も取れない。ならば、先のことを考えるべきだろうと、鞠弥は話を変えた。

「それで、アレクの協力が得られないとなると、どうするつもりだ?」

 元々の計画では、同居人であるアレクの協力をもとにあわよくばラグナを捕らえることが出来たら、という方針だったのだ。それが不可能になった今、どうするのか。

 鞠弥の問いに、コウヤは難しい表情で考え込む。暫し考え、彼は口を開いた。

「ラグナ・ディアリッドにとって、アレク・リアファルドがどれほどの価値を持つかは分からない。ただ、保険として身柄は確保しておいた方が良さそうだ」

「出来れば、説得に応じて欲しいな」

「まぁ、そのためにもお前が行った方がいいだろ。諜報部から何人か出すから、好きに使ってくれ」

「あぁ」

(ただ…)

 鞠弥は、心の中で言葉を続ける。

(彼が、そう簡単に捕まってくれるとは思えないんだがな…)

 言いようのない不安を伴った予感が、鞠弥の心を過った。

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