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醜い女

   第一章・醜い女




 馬車に乗り込むと、アミナは自分で扉を閉めた。

「だから、これからもよろしくお願いしますね。わたし、アミナって言います。レイ・アリンガムさま」

 笑ってみせるが、レイは笑わなかった。それはそうか、名前も知っているし、平気で馬車にも乗り込んでくる。頭がおかしいとしか思われていないだろう。それでも、アミナはこうするしかなかった。言葉がちゃんと伝わっているかも不安だった。

 レイは額に手をあて、頭の痛そうなそぶりを見せる。灰色の上着が、見た目の年齢をより大人に見せていた。胸元には、身分を示す赤い宝飾品がついていた。細幅の赤い絹の布結んで、華やかに飾っている。

「ちょっと待て。別に、俺でなくともいいだろう」

「いえ、ダメです。最初に言った人でないと、意味はないと」

「誰が言った」

 不機嫌さを隠さずに言われ、さすがにアミナも怖じる。顔が引きつらないよう、必死で微笑みを浮かべる。

「わたしに、こんな呪いをかけた人が」

「だから、誰だ」

「知りません。すぐにどこかへ行ってしまいました」

 雑な情報に、レイはついに頭を抱えてしまう。

「どうすれば、その呪いは解けるというのだ」

 しばらくアミナは虚空を見つめて考えた。人さし指を当て、形の良い唇を尖らせる。

「聞いていません」

 さすがに、レイは苛立ったように立ち上がろうとする。しかし馬車の中なのでそれは叶わず、居心地が悪そうに座りなおす。

「なんだそれは。いい加減すぎるぞ。誰が信じるか。出て行け」

 ぐい、とアミナの肩を押し、もう一方の手で馬車の扉を開こうとする。しかし、華奢な体からは想像もつかない力で抵抗する。

「信じでぇぇー。本当に困って……。助げでぇぇーーーー」

 力のこめすぎで、何を言っているかよくわからないくらいだが、それでもレイは力を緩めてくれた。

 しばらくは、何も言わなかった。アミナが不安に思い顔を見ると、レイは眉間にシワを寄せ、大きくため息をついた。

「いいだろう、しばらくはウチに置いてやる」

 それを聞き、アミナは笑顔で、両手を顔の前で合わせた。

「本当ですか? ありがとうございます」

 馬車の中で、ガタガタ音を立てながら飛び跳ねんばかりに喜んでいると、その肩をレイに押さえつけられる。そして、アミナの瞳をじっと覗き込んできた。

「勘違いするな。これは仕事。俺の領主内で起きた事件だからだ」

 白い肌は普通だが、茶色の髪と瞳はコルニール国では珍しい方だ。アミナは、緊張でつい息を止めてしまっていた。

 あまりに真剣な顔で、見つめてくるから。

 そして、親指で唇をなぞってくるから。

 柔らかく温かい感触に、アミナは鼻で呼吸することも出来なかった。

「俺を騙したら、ただじゃ置かないからな」

 低い声で、脅しつけるように言って、唇をぐいってつまむ。先ほどの会場で語られていた、優しい、穏やかな統主(とうしゅ)のご子息。そんな言葉を見事に裏切る顔だ。

 指が離れたと同時に、アミナは勢いよく首を縦に振った。拍子に、ぶほっと息を吐き、勢いよく吸い込んだ。目をきょろきょろさせながら鼓動を落ち着ける。

「わたしが、人を騙せるようなすばらしい、じゃなくて、器用な人間に見えますか」

 震えそうな唇で言うと、レイはまたじっとアミナを見て、そしてうなずいた。

「無理そうだな」

 肩にこめられていた力は抜け、レイは正面を見据える。

「出していいぞ」

 従者に身振りを添えて伝える。本当にいいのか、という顔をしたが、レイが表情を険しくしたので慌てて馬を動かした。

「お前……アミナが、舞音隊のところに戻れるまでだ。街で余計なことをしでかされたら困る。一時保護ということだ」

 言い訳めいた言葉だったが、それでもアミナは満足だった。

「はいっ」

「暇だったら、呪いとやらを解く方法も考えてやる。面白そうだ」

「助かります」

 レイの隣で、アミナはにこにこと笑ったままだった。頬の緩みはとれないまま。


 舞音隊(ぶおんたい)とは、踊り子と呼ばれる人と、楽団で形成されている旅芸人だ。アミナは踊り子。ジェジクトから、色々な国を点々としながら興行している。

 レイも参加した、このあたりの土地の権力者宅での会食の場にも呼ばれていた。

 名前を『砂漠の百合』としている。

 一方のレイは『統主』という地位がある。とはいっても政治に口を出せるわけでもなく、昔からの名残でついているただの肩書きだ。

 街中を車が走り始めているような世の中、統主など時代遅れと揶揄される対象ですらあった。意地のように馬車に乗り続け、流行にはなびかないという、誇りすらあるが、それもむなしい。

 それでも統主というのは、やはり特別であった。昔からの名家、ということで土地や人脈というものが生まれながらにしてある。欲しくても、簡単には手に入らないものだ。それらは代々受け継がれる伝統だ。今となってはそれ目当てでしか、権力者は寄ってこないのだが。

 今日も擦り寄ってくる大人たちを、作られた爽やか笑顔でいなし、帰るところだった。

そこに、踊り子のアミナが現れた。


 馬車の中、アミナは詰問にあった。

「呪いはなぜお前に?」「どこで?」「本当に、呪いをかけた相手を知らないのか」

 矢継ぎ早の質問にアミナは、うーん、と考え込む。

「いいから、ゆっくり説明してみろ。この馬車が我が家に着く前に終わらなかったら放り出すぞ」

 脅すような言葉に、アミナは体を震わせる。

「どのくらいですか? わたし、話すの上手じゃないからあまり……」

「無駄口叩いている間に着いてしまうくらいだ」

 にやりと笑う。

 石畳の上、揺れてお尻が痛くなりそうな馬車の中、アミナは頭を働かせる。どこからどう説明しようか。

 うまくこの国の言葉で説明できるか。頭の中で話を組み立ててから、ゆっくり発言する。

「えーと、そのですね……。わたしが所属している『砂漠の百合』の公演の後、ひとりで屋敷の外に出たんです。えーと、そこに、噴水があったので、贅沢に水を使っていなーって覗き込みました。そうしたら、世にも恐ろしい顔がそこに映って。それが、勝手に話し始めたのです。『異性に「愛している」と言ってもらわないと、またこの姿になる。それは、同一人物でなくてはいけない。うーんと、顔がむずむずしたら、危ないと思え』とかなんとか。男か女かもわからないような声でした。話が終わったら、顔は元に戻ったんです。慌てて砂漠の百合の人間を探したら、もう帰ったと言われてしまって。人数も多いので、よくあることなんですけれど。途方にくれていたところ、レイ様をお見かけしまして、失礼とは分かりつつ声をかけたわけです」

 聞き取りにくくならないよう、落ち着いて、しかし要点をまとめて話した。

 頭使った、とアミナは深く息をはく。なんだかくらくらする。

 舞音隊にいる以上、語学はそれなりに話せるよう勉強するが、それなりはそれなり。饒舌には話せない。

 これで満足してもらえただろうか、とレイを見たところで、馬車は減速した。

 レイは、アミナを見ると柔らかな笑顔で見つめた。

「どうやら、放り出されずに済んだようだな」

 レイは、窓の外に目を向けた。

 壁の色が白く、屋根は赤い。広い庭には池があり、その向こうには白い花が植えられた花畑、そして茂る森があった。頂上付近が雪化粧となっている山々が遠く見える。自然豊かなところだった。先ほどまでいた街は騒々しかった。けれど、ちょっと馬車で走ればこんなにも閑静な場所となった。

「降りろ」

 レイが言うと同時に、従者が馬車の扉を開けた。アミナはこわごわと降りる。地面につけた足が、玉砂利を踏みしめる。おどおどしているアミナの背中を軽く押し、レイも降りた。身長は、特別高いというわけではなかったが、小柄なアミナからは、見上げる対象だった。

 背後から、レイが声をかけてくる。

「俺に、そんな役割を任せたこと――」

 振り返ると、険しいわけでも、優しいわけでもない顔がそこにはあった。どこか面白がっているような、人でなしな笑顔を見せる。

「後悔するなよ?」

 笑顔のまま、屋敷へと歩いて行ってしまう。

 後悔などするものか、と思ったアミナは、その後を追いかけていった。


 屋敷は、さすが統主、というような豪華な作りだった。広さもそうだが、装飾品に調度品、何から何まで一級品であると、アミナの目でもわかるくらいだった。

「両親は、仕事で家を空けている。俺は留守中のしょうもない付き合いをさせられているというわけだ」

 首の装飾品を取りながら、出迎えた初老の従者に預ける。上着も脱いで、白い中着とズボンだけという姿になりながらも歩き続けていた。玄関から少し奥まったところにある、豪華な彫り細工が施されている部屋。その扉を開けようとして振り返る。

「ここは俺の部屋。ついてくるな」

 あくびまじりにそう言うと、面倒くさそうな顔でアミナを見やる。

「あのぉ、わたしはどこにいれば……」

 屋敷に入れてもらったのに、ほったらかしでは困ってしまう。アミナは慌ててあたりをきょろきょろ見回すが、勝手の知らない人の家、しかも広い。どうすべきかなど自分でわかるはずもない。

 その様子に気付いてか、レイは「あー」と小さく呟く。

「ジェフに任せよう。確か、砂漠の百合はジェジクトから来たんだったな」

「はい」

「ジェフも、ジェジクトからここに来た男だ。まだ下っ端で年も若いが、まぁお前のような女にはちょうどいい」

 お前のような女、と言われたことに、傷つきそうになるが、そこは堪えた。アミナなどその程度だということはわかる。レイは側にいた初老の男に声をかける。

「おい、ここにジェフを呼べ。それから、今日俺の付き人をしたアイツ……名前はなんだったか。アイツは、掃除係にでもしておけ」

 側にいた従者に、早口で言付けをする。慣れているのか、驚く様子もなくうなずいていた。当然だが、先ほどの従者とは違い、こちらは落ち着いた雰囲気だ。

「じゃ、しばらく休む。ジジイたちの話し相手は疲れる」

 今日の宴、全員がレイよりもだいぶ年上だった。だけど、立場があるのはレイ。それを、笑顔でこなしていたのだから、疲れるのは当然だろう。

 ここでしばらくお別れか、と思うと寂しかったけれど、レイの邪魔はしたくなかった。

「ありがとうございます。ゆっくり、休んでくださいね」

 アミナの心遣いに、レイは今日一番といっていいほど優しい顔を見せた。

「顔がむずむずしたら、危ないのだったか? そうなったら、遠慮なく来いよ」

 ありがたい言葉に、アミナは涙を浮かべそうになる。やっぱり、レイを頼ってよかったと心底思った。

「醜い女など、この屋敷に入れておきたくないからな。もっとも、今が特別美しいというわけでもないということは、よーく理解しておけ」

 捨て台詞を言うと、部屋に入り、勢いよく扉を閉めてしまった。

 心の整理がつかないまま、アミナはその閉じられた扉を見つめるしか出来なかった。ふり幅の大きい人だ。

「よかったんだよね、これで」

 母国ジェジクトの言葉で、独り言を呟く。暗い影を落としそうになったが、アミナは笑顔に戻り、ジェフという男を待つことにした。

 これからが、本番なのだから。


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