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N-G  作者: 武井 義久
1/1

MOON

「マーズワン聞こえるか、こちらコロレフ月面基地、マーズワン応答しろ!繰り返す、マーズワン応答しろ!」


―ザ、ザザ―


「駄目です!応答がありません!」


「当基地上空通過します!軌道変更なし、船体減速なし!」


警報が鳴り響く薄暗い管制室の中、前面の壁一面に広がる大型モニターを睨みながら、管制員たちの切迫した声が飛び交う。


モニターの中に表示された小さな三角形のマーカーは、他の移動体とは明らかに次元の違う速度で動いていた。


「コース0078、タンゴ、3221」


「ブルーファイブを確認!」


「レーダー正常、誤差修正なし」


レーダーを睨む三人のオペレーターは目を血走らせて、目まぐるしく変わる状況を交互に読み上げた。


「マーズワンに間違いないのか?」


白い口髭を蓄え、軍帽を目深に被った司令官のグレゴリアス・イワノフの低い声は僅かに震えて言った。


「船体型式、識別コードから照合、共に間違いありません」


「今になってなぜ・・一体、火星で何が起こったというのだ」


「限界速度を突破、船体に歪みが入るはずですが確認できません!このまま航行し続けると十数分後、地球重力圏に突入します!」


「やむを得ん、撃ち落とせ」


「駄目です。ターゲットの速度に追いつけるミサイルが此処にはありません!」


「クッ、落下地点とタイミングを割り出せ」


「このままだと・・137分後にユーラシア大陸中央、モンゴルとロシアの国境付近に落下します」


「現地に通達、大気圏内で撃墜、もしくは墜落に備えさせろ」


イワノフ司令官はそう言うと席を立ち、モニターの上に広がるドーム天井のガラス窓を見上げた。


真っ黒な空の遥か上空を、旧式の酸素エンジンの赤い光がものすごい勢いで横切って行く。


「あぁ・・」


誰からともなく絶望のため息が漏れる。


「マーズワン応答しろ、こちら・・」


管制員はなおも呼びかけ続けるが、その声は雑音の中に虚しく消えた。


大型モニターに、ターゲットが辿る地球までの予測軌道が点線で表示され、同時に画面の右上に四角く囲まれた数字が表示される。


墜落までのカウントダウンが始まった。


火星への人類最初の有人宇宙船「MARS1」


再び地球へ帰って来るはずのないその船が、音速を遥かに超えるスピードで地球圏に迫っていく。


暗い宇宙の中、青々と美しく輝く地球は何も知らず淡い光を放っている。


「地表激突の衝撃は?」


「衝撃波は半径1000キロメートルに及び、圏内は消失。爆発の粉塵による雲は今後五十年間、地上への太陽光を遮ります」


オペレーターは読み上げる声を震わせ首を振った。


「人口が半分以下になります」


イワノフは大きく息を吐き出すと、崩れる様に指令官席に腰を落とした。


「何てことだ・・」


「第三ゲート開きます。スクランブルカタパルトからF190攻撃機アレックス、発進シークエンスに入りました!射出までカウント3,2,1、ラーンチ!」


クレーターの中、管制塔の右側にある格納庫から小型の飛行体が弾丸のように射出された。


先端の尖ったコックピットユニットの両脇に大きなエンジンブースターが備えられたその機体は、地球の飛行機とはイメージがずいぶん違う。


腹に大型のミサイルを2基抱えて流星のような猛烈なスピードで暗い宇宙空間に飛び出した。


「パイロトは誰だ!」


思わす立ち上がったイワノフは眼を見開いた。


「は!呼び出します!・・F190アレックス、こちらコロレフコントロール。パイロット応答しろ!」


「・・・」


「アレックス!」


「聞こえてるよ、そんな事よりNXミサイルの発射コードを送れ、時間が無い」


無線機越しの声は少年のように若い声だ。


「何を?貴様誰だ!」


「構わん、コードを送れ!」


慌てる管制官をイワノフの低い声が制す。


無線機越しのパイロットの声には聞き覚えがあった。


イワノフは薄っすらと笑みを浮かべた。


「りょ、了解。アレックス、コードを送る7秒後に発射可能だ」


「了解!7秒後NXミサイル発射する」


その音声通信を最後に、戦闘機からの通信は無くなった。


大型モニターの中ではマーズワンを追いかける小さな点滅が急加速していく。


管制官はその速度を見ながら、喉を鳴らした。


通常の人間が耐えうる速度ではない。


戦闘機の性能を最大限発揮して飛ぶ戦闘機のコックピットの加速圧力は想像を絶する。


通常の人間なら気を失ってしまうだろう。


「でも、この速さを維持できれば、もしかして」


誰かが呟いた。


「発射5秒前、4,3,2,1、NXミサイル発射!」


2基のミサイルが射出され、オペレーターが叫んだ。


「アレックス、聞こえるか?直ちに帰投せよ!アレックス!」


「・・・」


「アレックス!聞こえてるか!」


「やってるよ、けど流石にキツいぜ」


無線機から少し掠れた声が聞こえると、オペレーターは口元を緩めた。


モニターの中、小さな点滅が進路を変えている。


「F190進路変更、帰還航路に入ります」


「なんて奴だ、あの速度の中で・・」


モニターの中でマーズワンの航路から外れる戦闘機の点滅に代わり、二つのミサイルマークが後を追った。


見る間に差を縮めて50万トンの大型宇宙船に着弾した。


「二番ミサイル直撃!」


「やったか!」


皆が息を呑んでオペレーターの次の言葉を待った。


「ダメです!完全破壊には至りません!」


巨大な船体はミサイルにより船体中央から二つに分解し、その後幾つか爆発を繰り返しさらに細かくなって飛び散った。


しかし全体の5分の1程に小さくなった船首がドリルのように回転しながら大気圏への軌道を変えずに飛び続けていく。


「被害想定変わります。マーズワン、爆発による質量の変化で減速。墜落は203分後、落下予想ポイントは中東グルジス付近、半径百キロ圏内は壊滅的打撃を受けます!」


「それでも・・か」


半分以下の大きさになったマーズワンは速度を速め、炎を噴きながら光り輝く蒼の中に突入して行く。


湾曲していた青い輪郭が徐々に平らにり、漆黒だった周りの空間は青白くなっていく。


船体下部が赤く染まったかと思うと同時に、押しつぶされた大気がオレンジの紐状に光り踊り始めた。


船体は巨大な炎の塊となり、更に細かく分裂しながら轟音と共に音速をはるかに超えるスピードで地表を目指した。


そして202分後、米軍の周回軌道衛星はユーラシア大陸のほぼ中央で起きた爆発を捉えたが、それはとても小さく瞬間的なものだったので、現地で起きた人類最大規模の災害の記録としてはあまりにも小さく見えた。


時に2012年12月21日、現地時間18:02.


10分の1に抑えられた爆発はその後4年にわたり地球の気象に影響を与えた。



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