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死に損ないの慨嘆

作者: 大葉
掲載日:2026/10/22

希死念慮、自傷癖に苛まれている女の子のお話です。自傷等の直接的な表現が含まれます。苦手な方はご遠慮ください。

 こんな日に、人は死ぬのだなと思った。その日は、十月にしては暑い日だった。空は晴れていて日差しも強いが、びゅうびゅうと騒々しい風の音が部屋の中にいても聞こえていた。いつも通り六時に起きたわたしは、学校を休んだ。体調が悪かったわけでも、何か用事があったわけでもない。ただ、逃げたいという漠然とした己の弱音に打ち勝てなかっただけである。仮病を使って休むのは、今学期はこれで二回目だった。大学の友人に一言休みを伝える連絡を入れ、引き出しに隠した薬の小瓶から数十錠の薬を取り出し、学校を休んだ罪悪感から逃げるために急いで飲み込んだ。錠剤が喉につっかえるような感覚がして、ひとくち余計に水を飲んだ。

 わたしには、以前から自傷癖があった。特にリストカットがお気に入りで、両腕だけでは飽き足らず、左肩、両足首、お腹、ふとももと、自分自身の身体の至るところを切りつけていた。もやもやと余計なことを考える脳みそを、痛みでいっぱいにすることで叱りつける。わたしの自傷の感覚は、そんな感じだった。痛みだけが、わたしを嫌なことから救ってくれる。しかし、その痛みが優しいのは、わたしが一人でいるときだけだった。誰かといるときには、鮮やかな赤色を厭らしく見せつけ、頼んでもいないのに雄弁にわたしの苦しみを語る。それはいつだって誤解を含んでいた。苦しみを可視化してしまうと、相手の裁量で推し量られる。それを知ったわたしは、いつしかリストカットをしなくなった。代わりに誰にも気が付かれないよう、薬を飲み込んだり、酒を流し込んだりしてわたしの内側を傷つけた。そうするようになっても尚、身体に刻んだ傷跡が完全に消えることはなかった。

 これから数時間眠りこけることを考え、もうひとくち水を飲んでから寝転がって適当な動画を見る。動画自身には、なんの興味もなかった。ただ、延々とネガティブな物事を考え続けるこの脳みそを、どうにかしてほしいだけだった。動画を見ることで視覚と聴覚を宥めながら、段々と姿をあらわにする睡魔に導かれるがままに眠りにつく。ウトウトと悠長に夢と現実の境目をうろついている時間が、わたしは好きだった。眠たいことしか分からなくなった脳みそと、完全に脱力しきった身体は、優しい。やがて完全に意識を手放したわたしは、夢の中でハンバーガーを食べた。

 目覚めたのは、夕方の五時ごろだった。少しの吐き気と脱力感に襲われながら、眠ったときに手放してしまったスマホを探す。刺していたはずの充電器は抜け、どういう経緯でそうなったのか、スマホは背中の下にあった。気が付いた途端に、背中が痛いような気がしてくる。スマホを手に取り、未だに空腹を感じない身体と希死念慮で埋め尽くされた頭に呆れ、大きなため息をついた。この身体は、頭は、わたしは、一体どうしてしまったのだろうか。生まれたときからこうだったような気もするし、中学生くらいからであった気もする。いつも通り適当に希死念慮をいなそうとして、今日はだめな日であることを悟った。一年のうちに、何度かあるのだ。こういう日が。わたしは、こういった日に何度も敗北してきた。二十一年という短い人生の中で、わたしは三度首を吊っている。一度目は小学五年生のとき、二、三度目は高校二年生のとき。その度に初期化してきたスマホには、高校三年生以降の日々の記録しか残っていない。現代人にとってスマホは命というが、その理論だとわたしは三度転生しているということになる。三度目に死に損なったあの日、死んだつもりで生きようと決めたはずなのに、無様にも人生に情が湧いたわたしはいつの間にか再び立派な生を授かっていたらしい。わたしは、自分のこういうところが大嫌いだった。

 ふとスマホを見ると、三個下の妹からもうすぐ帰るという旨のメッセージがきていた。姉妹揃って精神を病んでいたわたしたちは、お互いの存在が理解者として大いに救いとなっていた。居ても立っても居られない気持ちになったとき、最も頼りやすい存在はお互いに姉妹であった。ときには親が聞いたら泣くような、酷い会話もした。妹に早く帰ってきてほしいというメッセージを送ると、すぐに既読がついた。何度かメッセージのやりとりをする中で、妹が一か月前に受けていた検定試験に合格したことを教えてくれた。これに落ちていたら死ぬ、という言葉を何度も聞いていたため、その知らせに胸を撫で下ろした。わたしたち姉妹は、お互いに死にたがっているのに、一丁前に相手が死ぬことを恐れていた。自分は親不孝者として堂々と家族を遺して逝く気なのに、なんと自分勝手なことか、遺される側になるのは嫌だった。それは、ただ単に悲しいからという理由だけではない。同じような痛みを抱えた同士が、自分が何よりも崇拝している死という概念に、自分よりも先に加わることを妬んでいたからだ。自室で横になりながら妹の帰りを待っていると、先に母親が帰ってくる音が聞こえた。今日はいつもよりも十分ほど帰宅が早い。母親とあまり会話をしないわたしはおかえりの一言も言わず、もう一度玄関のドアが開く音が聞こえることを待つ。七分後、開いたドアの音とともに妹のはきはきとした声が聞こえる。靴を脱ぎ捨てて階段をのぼりながら、二階にいる母親に検定試験の合格を褒めてもらおうと話しかけている。帰宅後すぐに姉の様子を心配してくれると思っていたわたしは、そっちのけで母親と話す妹の声を部屋越しに聞きながら軽く落胆する。聞き耳を立てながら会話が終わるのを待っていたが、日常的な会話は段々とお金の話と妹の将来の話に変わっていき、ついには泣きながら母親を罵倒する妹の声まで聞こえてきた。

 いつでもかできなかった。この家では、わたしは常に家族の機嫌を把握している必要があった。誰にそうしろと言われたわけではなく、ただ、昔からそうしなければならないという強迫観念に襲われてきた。それがわたしの、この家での役割だと思っていた。いるだけで息が詰まるこの家に嫌気が差しながらも、頃合いを見計らって母親の元へ向かう冷静なわたしの母親は、最初こそ妹の不満に対して真剣に応対していたものの、ほどなくしてすすり泣く妹をひとり置いて、夕飯の支度をしにリビングへと向かってしまった。わたしはというものの、一貫して部屋の中から聞き耳を立てて二人の様子を伺うことし。こんなときでも母親は、いつも通りに夕飯の支度をする。洗い物をしている母親に話しかけると、いつも通り「子供たちの育て方を間違えた」と悲しい顔をしながら言われた。なぜ今姉妹を一括りにされなければならないのかと憤ったが、こちらもこちらで勝手に精神を消耗していたために、何も言わずにその場を去った。階段をのぼる直前で、母親から妹と一緒に夕飯を食べるよう頼まれた。妹の様子が気になっていたわたしは二つ返事で了承し、妹の部屋のドアをノックする。案の定、部屋の中から返答はない。妹の名前を呼びながら無断でドアを開けると、力なくベッドに横たわった妹がいた。その姿は、日中のわたしの姿によく似ていたと思う。できるだけ優しい声で夕飯に誘ったが、妹は首を横に振った。お風呂に入った母親に、誘いを断られたことをメッセージで伝え、リビングに戻って一人で夕飯を食べる。簡素ながらも野菜たっぷりのメニューから、日常的にわたしたち娘の身体を気遣う母の優しさを感じ、不甲斐ない気持ちになる。ただ単に野菜好きな母親の好みである可能性も否めないが、そのときはなぜか嫌いな野菜が少し愛おしく見えた。

 空腹を感じない身体に無理やり野菜を詰め込みながら、今朝のように脳みそを忙しなく働かせていると、父親が帰ってきた。こちらの鬱々とした気持ちを悟られないように精一杯明るく振舞うと、仕事で疲れた父親はすぐに寝ると言った。わたしはその言葉に安堵し、食べ終わった食器を洗いながら父親の軽い仕事の愚痴を聞く。幼い頃、わたしは母親から父親は悪い人だと教わった。仕事を転々とし、ときにはギャンブルのために借金までし、家事のすべてを母親に押し付ける割に一家を支える経済力を持たない短気な父親は、正真正銘いい父親とは言えない人だった。大嫌いだと思っていた父親も人間であると知ったのは、大学生になってからのことだ。それからというものの、母親からは父親の、父親からは母親の生々しい愚痴を聞く立場になってしまい、ただでさえ自分の機嫌も取れないわたしは困り果てていた。

 父親に今日起こった出来事のひとつも言えぬまま、洗い物を終えたわたしはとっとと自室に戻った。高校三年生の十月にもなって進路すら決め切れていない妹と、人の気持ちが考えられない母親と、ろくでもない父親と、親不孝者のわたし。なんて家族だ、と自嘲しながら、気まぐれにカッターを手に取る。未だ消えない無数の傷跡が残る両腕を見て、その気も失せた。何年も続けていた癖だ。今でもたまに、無性に痛みに縋りたくなる衝動に襲われることがある。身体に残る傷跡はその度に、行為の虚しさを教えてくれた。

 なにもやる気が出ないまま、天井を見つめる。ぼんやりとする頭で、そういえばこの落ち込みは好きな人に映画の誘いを断られたことが原因だったなと思い返す。それ自体は些細な事なのだが、色々な出来事が積み重なりすぎた。嫌なことは、どうしてこんなにも続いてしまうんだろう。自分が抱えている問題の全てが突然目の前に突き付けられたような感覚がして、眩暈がした。強烈な希死念慮に襲われ、おもむろにスマホに手を伸ばした。設定の画面を開いてから数秒後、なんだか全てが面倒になってスマホから手を離した。この日、死ぬには丁度いいような日にわたしが生きることを選んだ理由は、ただの怠惰だった。どこまでも浅ましくて愚かな自分の片腕を、憂さ晴らしに数発殴りつけてからその痛みに浸った。結局、痛みだけがわたしの苦しみに寄り添ってくれる。痣になって、数日わたしを苦しめてくれることを期待しながら、手元のスマホで通販サイトを開く。慣れた手つきで商品をカートに追加し、端末に保存してあるクレジットカードで手早く決済を済ませる。注文が完了した旨を伝えるメールが来たことを確認すると、妙な達成感を感じ、目を瞑った。

 数日後、わたし宛てに届く段ボールの中には、立派な縄が入っている。四度目を迎えるための、さながら蜘蛛の糸のような、一本の縄。具体的な日にちは、まだ決まっていない。ただ、二度と怠惰に任せて生きながらえるような真似をしないように、あるいは、浅ましくも四度目の生を授かることができるように、そのための準備を済ませておきたかった。まだ若干薬の効果が残る身体に意識を向け、血の巡りを感じる。どうか独りでに止まってくれと願いながら、わたしは再び眠りについた。

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