第8話 婚約者の罠
十七歳の誕生日を迎えて程なくして、私とウォーゲンは正式に婚約を結んだ。
婚約式は両家の親族の立ち会いのもと、教会で行われた。
父と母は特異な能力を持つ私が無事貰われてさぞホッとしただろうし、ミルフィは涙を流して喜んでくれた。家族の中で、私のことを特に心配してくれていたのはこの子だろうから。
「よかったね、お姉様!」
「ありがとうね、ミルフィ」
「私もお姉様みたいに素敵な殿方を見つけないと!」
ミルフィは武僧の先生に弟子入りした甲斐があってか、心身ともにだいぶ逞しくなった。
以前の可愛らしさはそのままに、体が健康的に引き締まって、とても美しい女の子に成長している。
このままいけば、ミルフィもいい縁談に恵まれることは間違いない。
「ではお二方、誓いのキスを」
私はウォーゲンと誓いのキスを交わした。
誓いとは、神の前で約束を必ず守ると宣言することだけど、片方はすでにこの誓いが偽りだと知っており、もう片方はもう少し後に知ることになる。
***
婚約からひと月ほど経ったある日、私はディロイアル家の晩餐に招かれることになった。
ウォーゲンからは「色々準備があるから、夜の七時きっかりに来て欲しい」と少し厳しめに言われた。
元々時間は守るタイプだし、私にその通りにしない理由はない。私は馬車で邸宅を訪れる。
邸宅の近くは不気味なほど静まり返っていた。なにかあったのだろうか。
すると――
「うわぁぁぁぁぁっ……!」
悲鳴が聞こえた。
間違いない、ウォーゲンの声だった。
婚約者の危機に、私の心臓も動きを速める。
屋敷の中でなにがあったのだろう。玄関のドアは開いていたし、すぐさま入る。
エントランスを抜け、リビングに向かう。
足を踏み入れると、私は衝撃的な光景を見た。
(これは……!?)
公爵様が、ウォーゲンに今まさに剣で斬りかかろうとしている瞬間だった。
「セルフィス、助けてくれっ! 父が乱心して……!」
「何を言うか、ウォーゲン!」
どんな状況かはさっぱり分からない。ただ、公爵様が本当にウォーゲンに斬りかかろうとしているのなら、どんな理由があっても放っておくわけにはいかない。
一刻の猶予も、迷う暇もなかった。
私は両目に力を込める。
(申し訳ありません、公爵様――)
まもなく公爵様の体が灰色に包まれていく。
「な、なんだこれは!? 私の体が……!」
石化は戻すことができる。これは一時的なこと。そう思っていた。
公爵様の石化を完了すると、私は事情を聞こうとウォーゲンに向き直る。
「ウォーゲン様、いったい何があったのですか?」
しかし、そこには今までのウォーゲンはいなかった。
端正な顔立ちはそのままでありながら、まるで別人。なにか、長い間夢見たことがやっと成就した、そんな目つきをしていた。
「捕えろ」
ウォーゲンがぼそりとつぶやく。
突然、私は顔に袋のようなものを被せられた。
その動きにはまるで無駄がなかった。
「えっ!? これは!? ――ウォーゲン様!?」
ウォーゲンの声が続く。
「気をつけろよ。この女には見た者を石にする能力があるからな。とはいえ、目を何かで覆えばその力は発揮できないようだ。あのヴェールはそういうことだろう。間違えて誰かを石化しないように……涙ぐましい努力というやつだ」
「はい」
どうやら、数人の部下が潜んでいたらしい。
力は強く、もがいてもどうしようもない。私は床に組み伏せられてしまう。
「前々からこの親父がうっとうしかったんだが、お前のおかげで穏便に排除できそうだ。“婚約者に石化された”ということでな」
話が分かってきた。
ウォーゲンは改革思想の持ち主だった。野心もある。だからこそ、昔気質の公爵様とはなにかと反りが合わなかったに違いない。
『父上、もっとモダンな街づくりを目指そう! 王都みたいな煌びやかな街にするんだ!』
『下らん! 王都の真似事などしようとせず、地に足をつけた領地経営を考えろ!』
鋭い目を持つ者同士、こんなやり取りをしている姿が想像できてしまう。
なんなら、次期当主の座も危うかったかもしれない。
あれこれ推察していると、私は聞き覚えのある声を耳にすることとなる。
「はぁい、セルフィスさん」
「……!? あなたは!」
忘れもしない。学校時代、私と幾度も対立した伯爵令嬢マリンダの声だ。
袋を被せられていても、あの赤髪と真紅の瞳がすぐさま目に浮かぶ。
なぜ、彼女がここに……。
「私がこの人に教えたのよ。あなたの能力のことをね」
「あなたが……!?」
「私、あの時見てたのよ。あなたがゲイルたちを石にしちゃうところを」
マリンダがくすくすと笑う。
「あれには驚いたわ。ホントはゲイルたちに姉妹仲良く唇を奪われて、キズモノにされるところを見たかったんだけど、まさか返り討ちにしちゃうんだから」
マリンダがミルフィにゲイルを紹介したのも、それを私に教えたのも、そのためだったんだ。
私がミルフィを助けに向かった後、まんまと罠にかかったとほくそ笑んだに違いない。
だけど、ゲイルたちは私に石化され、恐れをなして退学した。
これは彼女にとって計算外であり、同時に大きな材料を手に入れたと思ったに違いない。
「さすがにあの力を見ちゃうとね。あなたを恐れざるをえなくなったわ」
そう、あれから卒業まで、マリンダからのいびりはピタリとやんだ。
私が最優秀生徒になっても突っかかってこなかった。
「そんな時、知り合ったのがこのウォーゲン様だったわ。ウォーゲン様は、お父上との確執をずいぶん悩んでいらっしゃった。それこそお命を奪いたいくらいに。だけど、そんなことをすれば当然ウォーゲン様にも疑いがかかるし、簡単なことではない。ウォーゲン様は自分に疑いがかからないように、お父上を無力化する方法を欲していたわ。そこで教えてあげたの、あなたの存在をね」
もう話は見えているけど、私は黙って聞く。
「あなたがメドゥーサとしての血を暴走させて、ウォーゲン様のお父上を石化したことにすれば、なにもかもあなたに押し付けて、ウォーゲン様はお父上を排除できる」
「そういうことさ」
ウォーゲンの声も弾んでいる。
「セルフィス、君はとんでもないことをしてくれた。まさか、我が父を石像にしてしまうとは……こんなことは断じて許すわけにはいかない。すぐに王国中にこのことを知らしめ、君は公爵を実質殺害した罪人として厳正に裁かせてもらうよ」
私は袋を被せられた状態で問う。
「その後、あなたはどうするの?」
「ふふっ、そうだな……。大手柄を上げたマリンダ・アミーラと婚約させてもらおうかな」
「素敵!」
キスをする音がした。ねっとりと、舌を入れているのも分かる。全く反吐が出る。
しかし、私にはどうしようもない。
石化の力を封じられ、腕力で押さえ込まれたら、私になすすべはない。
「セルフィス、今日であんたの貴族令嬢としての人生は終わりよ。残る人生、せいぜい罪人として自分のしてきたことを悔いて生きていきなさいな」
マリンダの声に私は歯噛みする。
ええ、せいぜい悔いていくわ。
ウォーゲンとマリンダ、こんな浅はかな二人にまんまと嵌められてしまったことを。
「まあ、セルフィス、君はなかなか優秀な女ではあった。いつだったかの私との問答、見事だったよ」
ウォーゲンの改革思想を肯定も否定もしなかった時のことを言っているのだろう。
「もしマリンダがいなければ、君を妻にしてやってもよかったかもな」
何様のつもりだ、この男は。
「さてと……さっそく事件を世間に知らしめねばな。我が父上が化け物によって石にされてしまった、と。きっと大騒ぎになることだろう」
「ええ、ウォーゲン様が石にされる前に捕えることができてよかったわ!」
あまりにも耳障りな二人の高笑いが響き渡る。
誰かを石化したい――心の底から思ったのは初めてだった。
だけど残念ながら、彼らが石化することはなかった。
こんな時ぐらい役に立ってよ……。ほとんど八つ当たりだけど、私は自分の能力を呪った。




