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石化する眼を持つ令嬢は婚約者に嵌められる ~私を罪人にした報いは石像にしてお返しします~  作者: エタメタノール


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第7話 婚約者との出会い

 私は学校を卒業した。

 “最優秀生徒”というオマケつきで。

 こうした“箔”は社交界にデビューした時、結構な武器になる。石化の眼というハンデを背負った私にとっては、ありがたいことだった。


 最優秀生徒に選ばれたことを、またマリンダになにか言われるかもと思ったけど、彼女はすっかり大人しくなったので、それも杞憂だった。


 さて、妹のミルフィはというと――


「せいっ! せやっ! えいっ!」


 学校の運動場で、運動着姿で、拳を振るっている。

 ミルフィはゲイルとの事件の後、なんと高名な武僧(モンク)の先生に弟子入りした。


『あの事件で分かったの。自分の身は自分で守れるようにならないとって! お姉様のように!』


 お父様とお母様は反対したけど、私も口添えしたことで、弟子入りを許された。

 元々ダンスは私以上に得意だったし、武術の型を演じるミルフィの姿はとても凛々しく、なにより生き生きしていた。

 もしかしたら、素養があるのかもしれない。

 いつか強くなったミルフィを見るのが楽しみになってくる。


 一方の私はいよいよ社交界デビューとなる。

 とはいえ、石化能力の暴発を防ぐために、ヘッドドレスとヴェールは欠かせないし、私が好きな白いドレスもあいまって、占い師のような風体になる。変わり者扱いは避けられないだろう。

 だから、あまり期待はしていなかった。

 結婚相手を見つけるのは――難しいだろう。

 幸い、貴族学校を首席卒業という箔がある。今のうちになにか仕事のスキルでも身につけて、どこかに奉公に出るとか、現実的な身の振り方を考えていた。


 しかし、手こずるかと思った私の社交は思わぬ方向に事が運ぶこととなる。

 デビュタントを迎えてから程なくして、私はある公爵家主催の夜会にやってきていた。


 白のロングドレスを着て、両目をヴェールで覆い、会場を歩く。

 食事をし、ほどほどに会話をし、社交を嗜む。

 それなりに楽しくはあるけど、具体的な実りはなく。そんな時間が淡々と過ぎていく。


 一時間ほど経った頃だろうか。声をかけられる。


「失礼」


 紺色のスーツに身を包んだ男性だった。

 磨き上げた黒曜石のように艶のある黒髪を整髪油で整え、目つきは鋭利な刃物を思わせる。顔立ちは美術館の彫刻を思わせるように凛々しい。なにより風格が今までに会った男性とは桁違いだった。


「ウォーゲン・ディロイアルと申します」


 丁寧に一礼され、私もカーテシーを披露する。


「初めまして……」


 ディロイアル家は、この夜会を主催する公爵の家系。最上位の貴族から話しかけてもらえるなんて、この時の私はまさに夢心地だったといえる。

 そしてこれが、私を一度地獄に叩き落とすこととなるウォーゲンとの出会いだった。


 ――ウォーゲンの話術は巧みだった。

 あらゆる分野に精通し、成績トップだったとはいえ学校を出たばかりの私にとって、その知識の豊富さは輝かしさすら感じるほどだった。


「セルフィスさんほど教養のある令嬢は、きょうびなかなかお目にかかれませんよ」


「まあ、お上手だこと」


 褒められて悪い気はしない。浮足立つ私にトドメの一言。


「セルフィスさん。ぜひ、今度個人的に会いませんか?」


「私でよろしければ、ぜひ」


 デビューしたての令嬢が、格上の貴族男子から誘われて、拒絶する意味も権利もない。

 私とウォーゲンは個人的な交際を始めた。


 王都でお茶をし、オーケストラを聴いて、演劇鑑賞をし……。

 ウォーゲンのエスコートは完璧だった。私には分からないことも分かりやすく解説してくれ、デートは楽しかった。

 しかし、どこか違和感も覚えていた。

 なぜ公爵家の令息ともあろう人が、なぜこんなヴェールをつけている私なんかに、なぜこんなにもアプローチを仕掛けてくるのか。

 “なぜ”は尽きない。

 私が好みだから、あるいはルトゥーラ家の事業に魅力を感じるから、両親に急かされており早いところ結婚を済ませたいから。理由をつけるのも簡単だ。だけどどの理由もしっくりこない。

 とはいえ、貴族の結婚なんて、しっくりこない方が普通だ。

 もっと古い時代は男女の社交なんて名ばかりで、個人の意思など一切無視された、ただ家と家を結びつけるためだけの政略結婚がまかり通っていたと聞く。それに比べれば、今の時代はずいぶん恵まれていると思う。

 だから私は疑問を抱きつつも、ウォーゲンとの交際を続けること自体に異論はなかった。

 このまま彼と婚約し、結婚し、ディロイアル家に嫁ぐことができれば私は幸せになれるだろうし、生家の助けになると思っていた。


 ある日、ディロイアル家の領地に連れていってもらった。

 初めて訪れたけど、第一印象としては、昔からの歴史を感じる土地だった。古風な街並みが広がっている。

 たとえば王都は三階建て以上の大きな建物も珍しくないけど、この領地はそういった大型の建物はほとんど見られない。

 大きな都市は整然と住居が並んでいることが多いけど、この領では密集しているところは密集しているし、まばらなところはまばらだ。あまり計画的な感じではない。

 こんな街並みにどこか懐かしさを覚え、心が落ち着くのも事実だった。


 歩きながらウォーゲンは言う。


「古びた街並みだろう? だけど私はここに改革をもたらしたいんだ」


「改革……」


「ああ、街並みをがらりと一新させ、王都のようなモダンなまちづくりを目指したいんだ」


「なるほど……」


 今の古風な街並みも嫌いではない私は曖昧な返事をするに留めた。

 これがなんのしがらみもない男女のデートであれば「モダンな街なんて素敵!」「私は古い街並みも好きだけどな」などと自分の意見を素直に返せばいいのだが、こういう時の返事は本当に難しい。


「私は領内を活性化させ、他に数家ある公爵家から抜きん出て、ディロイアル家を王家にも影響力をもたらすような家にしたい。そんな改革をしたいんだ」


 ウォーゲンはずいぶんな野心家だった。

 これまた返事が難しい。

 調和と平穏を愛する今の王国において、謀反とまではいかないけど、野心をむき出しにするのはあまりよいことではない。

 ここで下手に肯定すると、言質を取ったということで後々困ることになりかねない。かといって、格上の貴族相手に水をさすような言動をするわけにもいかない。外科手術のような繊細さが求められる。


「ウォーゲン様であれば、きっとこの領地に豊かさをもたらすことができるでしょう」


 ……こんなところか。

 改革を支持するわけでも、否定するわけでもない、玉虫色の言葉。

 私の真意を知ってか知らずか、ウォーゲンは私を見てわずかに笑んだ。


 ディロイアル家の邸宅は立派なものだった。

 街並みと同じくやはり古風だけど、威厳があり、公爵家としての風格を存分に醸し出している。

 ここで私はウォーゲンのお父上である公爵様にご挨拶することになった。

 奥様には先立たれてしまい、今は独り身とのこと。


「初めまして、セルフィス・ルトゥーラと申します」


 公爵様は立派な口髭を生やした紳士だった。目つきは鋭く、それはウォーゲンにも受け継がれている。


「君は……なぜヴェールをつけているのだね?」


 当然の質問だった。


「生まれつき、目が日の光に弱いもので……」


 これまでに幾度となくついてきた嘘をつく。


「なるほど。それは苦労されただろうね」


 しかし、優しく受け入れてくれる。眼差しも柔らかなものとなる。

 このやり取りだけで、古風な領地の領主に相応しい人物だと認識できた。


 いくらかの会話を交わし、私も気に入られたようだ。とりあえずはホッとする。

 公爵家との縁、やはり逃したくはない。


「息子との仲、少なくとも私がなにかを言うつもりはない。よろしく頼むよ」


「ありがとうございます」


 ウォーゲンとの交際はひとまず認められた。

 これは大きい。どんなに本人同士が仲睦まじくても、当主に認められなければ、さすがに婚約や結婚は難しいからだ。


 公爵様が退室され、ウォーゲンと二人きりになる。

 すると、ウォーゲンは私をまっすぐ見据え、おもむろに切り出した。


「セルフィス……私は君の秘密を知っている」


「え……?」


 ドキリとした。

 私を試すための一種のカマかけとも思ったけど、すぐにそうではないことを知ることになる。


「君の家系は“石化する魔物”メドゥーサの血を引いていると言われている。もちろん、それは家名に箔をつけるためのただの謳い文句だとされているが、君はその力を宿してしまった」


「……!」


 どうして知っているのだろう。

 考えられるのはゲイルたちか。彼らのうちの誰かが、どこかで漏らしたのだろうか。

 やはりしっかり口止めすべきだった――と後悔する。石化の力を人に知られていいことなど、一つもないからだ。心の中で顔をしかめる。

 私のそんな心境を見透かすように、ウォーゲンは言った。


「だけどね、そんなことはどうでもいいんだ」


「え……」


「私はその力を含めて君を愛したい。そう言いたかったんだ」


「ウォーゲン様……」


 この時の私は、ウォーゲンを完全に信じてしまっていた。

 私の異質な能力を知りながら、なんて器の大きな人だろう、と。

 これについても、そうではないと思い知ることになるのだけど、それはもう少し後のこととなる。

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