第6話 私の妹に手を出したからには覚悟はできてるわよね?
校舎を出て、花壇を飛び越え、中庭を駆け抜け、校舎裏へ一直線。
ミルフィ、どうか無事でいて――
私がたどり着くと――
「や、やめてください……!」
ミルフィの声がした。
建物を背にしたミルフィを、数人の男が囲んでいる。
一人はゲイル。残りはおそらく男爵家か子爵家の子息で、ゲイルの手下だろう。
ゲイルは怯えているミルフィに迫る。
「別に乱暴しようってんじゃない。ただ、キスしてくれるだけでいいのさ」
「キスも……嫌です」
ミルフィは両手を胸の前で組んで震えている。
「だいたいさ、アプローチしてきたのはそっちだよ? 仲良くしてくださいって」
「そ、それは、お友達として……」
ミルフィの言葉を、ゲイルは鼻で笑う。
「そんなの通じるわけないだろ。まあいいや、君のファーストキス、いただくよ」
「いやぁぁぁぁぁ!!!」
ミルフィの悲鳴に反応し、私は叫んだ。
「やめなさい!!!」
全員の視線がこちらに移る。
ゲイルもこちらを見る。女好きなだけあって容姿は整っている。中身はとことん腐っているようだけど。
「君は?」
「セルフィス・ルトゥーラ。そのミルフィーネの姉よ」
取り巻きたちが下卑た笑みを浮かべる。
「妹もいいけど、姉も美人だな!」
「妹は可愛い系で姉はクール系ってか?」
「抱き締めて体の芯まで温めてやりた~い」
とても貴族学校の生徒とは思えない台詞が乱舞する。
まあ、成り上がり貴族の子息というのはこういうものだ。一皮むけば、街のゴロツキと大差なかったりする。
私はかまわずミルフィーネの近くに行き、その腕を引く。
「私の後ろへ」
「う、うん」
少しホッとした。
これで少なくともミルフィが私より先に被害に遭うことはない。
「に、逃げよう!」
ミルフィが私のスカートの裾を引っぱる。
「相手は男子が五人以上よ。とても逃げられないわ」
ゲイルが片頬を歪めるような笑みになる。この状況をとことん楽しんでいる。
「その通り。ここは教師も来ないし、女の子連れ込むには絶好のスポットなんだ」
他の取り巻きもじりじりと間合いを詰めてくる。
「まあ、安心しろよ。キスぐらいで済ませてやるからさ。僕のキスは極上なんだぜ」
ゲイルがべろりと真っ赤な舌を出す。まるで蛇みたいだ。
おそらくこれまでにも、何人もの女生徒が、この男の毒牙にかかってきたのだろう。
だけど、「無理矢理キスをされた」なんて言ったら、自分がキズモノだとバラすことになってしまう。泣き寝入りした子は多いのだろう。
考えるだけで反吐が出る。
でも、これから起こることを想像すると、思わず笑みがこぼれてしまう。
「ん? なにがおかしい?」
私は笑いつつ答える。
「いえね、ここには人が来ないんでしょ?」
「ああ。それがどうした?」
「私にとって都合がいいなぁ、と思ってね」
「なに……!?」
私はゆっくり目を覆うヴェールを外す。
「それにね、妹をこんな目にあわされて、私が黙っているわけないでしょ? 覚悟はできているわよね?」
本能的に危険を察したのか、ゲイルが命じる。
「やれっ! あの女を捕まえろ!」
取り巻き連中が襲い掛かってきた。
だけど――
「あれ……?」
「ひいい……!」
「体が……」
全員、石像にしてやった。残るのはゲイルのみ。
目の前で起こった光景に、怯えを見せている。
「な、な、な……!? お前、なにを……!?」
「説明する義務はないわ。次はあなたの番……」
私が一歩ずつ歩み寄ると、ゲイルは腰を抜かした。
あまりの情けなさに、内心でため息が出る。本当に上っ面だけの男なのね。
「ひっ! ひっ! ひいいい……!」
尻餅をついたまま、後ずさりする。
「妹に手を出すからこうなるのよ」
「ゆっ、ゆっ、ゆるして……ゆるしてくだしゃい……」
歯をガチガチ鳴らし、顔面は死人のように青ざめている。
「会話ができるうちに言っておくわ。あなた、二度と私たちの前に姿を見せないでね」
直後、私は目に力を込める。ゲイルもまた腰を抜かした無様な状態で石化した。
その情けない姿には怒りよりも哀れさがこみ上げる。
私が振り返ると、そこには涙ぐんだミルフィがいた。
「お、お姉様……」
また“お姉様”と呼んでくれた。
「どうして……? どうして助けてくれたの……? 私はお姉様をいびった、最低の妹なのに!」
私は首を横に振る。
「あなたは……私を助けようとしてくれたんでしょう?」
「……!」
「石化の力が判明した時、お父様とお母様は私を家から出さないようにしようとした。でも、あなたのおかげでそうならずに済んだ」
ミルフィは黙って聞いている。
「それに、あなたがずっといびってくれたおかげで、お父様もお母様も私に同情的になっていった。あれがなければ、私はずっと厄介者扱いだったかもしれない」
「そんなことない……! 私は意地悪したかっただけで……!」
「それと今回のこと。あなたが男子にアプローチをかけたのも、なるべくいい男性と出会って、私を助けられるようになりたかったんでしょう?」
ミルフィの目の動きが、私の推測が当たっていることを物語っている。
「ありがとうね、ミルフィ……」
ミルフィが涙を流す。
「また……私を“ミルフィ”って呼んでくれるの? 妹として見てくれるの……?」
私はうなずく。
「もちろんよ。私は今までにあなたを妹として見なかったことなんて、一瞬たりともないわ」
ここ何年も険しかったミルフィの顔に幼さが戻る。まるで、かつてのように――
「お姉様ぁぁぁっ!!!」
勢いよく抱きついてきたミルフィを、私は優しく受け止めた。
胸に濡れる感触が生じ、ミルフィが泣いていることが分かる。
私が頭を撫でると、その量は増えた。
今は泣かせてあげよう。この温かな涙が心地いいしね。
いい子ね、ミルフィ。今までよく頑張ったね。
「ミルフィ、またよろしくね」
「うん……お姉様……!」
にっこり笑い、私を見上げるミルフィはとても可愛らしかった。
やっぱりこの子には無理して私をいびったり男子に媚びたりする姿より、天真爛漫な方がよく似合う。
「今までごめんね、お姉様」
「いいのよ。それにあなたのいびり方、優しすぎて噴きそうになったこともあるし」
「え~、私なりに頑張ったのに」
「お菓子を私に少なめに渡してくれる時もあったけど、どうせやるなら独り占めすればいいのにっていつも思ってたわ」
「た、確かに……」
こうして無事、姉妹仲は回復した。
ゲイルと取り巻きたちは、石化から戻してあげたけど、その後すぐに全員学校を自主退学した。
私のことがトラウマになったのだろう。
貴族社会は一度ドロップアウトした者に厳しい。ゲイルはもう女性に見向きもされないような一生を送ることになるでしょうね。
私が学校生活で石化の力を使ったのは、魔法使いの少年を助けた時と、妹を助けた時の二回だけだった。
だけど、このたった二回の石化が私の人生を大きく変えることになる――




