第5話 ミルフィーネの危機
ちょくちょくトラブルはありつつも、私の学校生活も残りわずかとなった。
卒業すれば、本格的に社交デビューすることになる。
そう考えると、この学校生活も少し名残惜しく思う。
なるべく毅然とした態度を取っていたこともあって、私は「石のような令嬢」とも呼ばれていた。
ホントに石化する力を持っているんだけどね。
マリンダの幼稚ないびりも陰をひそめ、このままいけば無事卒業できそう。
だけど、一つ気がかりなことがあった。
妹であるミルフィのことだ。
ミルフィは、ふわりとした銀髪で、運動神経がよく、活発な女の子だった。
コミュニケーション能力も抜群で、クラスの人気者になっているという。
そこまでは違和感はない。ミルフィの器量であれば、大勢の友達を作り、私以上に楽しい学校生活を送ることだろう。
だけど、それは女子仲間だけに留まらなかった。
男子生徒にも積極的に話しかけ、将来的には私といい仲になってくださいと言わんばかりのアプローチを繰り返しているという。
(ミルフィらしくない……)
私はこう思った。
ミルフィは女の子とつるむのが楽しいタイプで、むやみに男の子に色目を使うような子ではなかった。人のことは言えないけど、恋愛には奥手なタイプだと思っていた。
もちろん、学校に通い始めたことで色恋に目覚めたり、あるいは貴族令嬢として将来を見据えるようになったり、ということは十分考えられる。
だけど、どうしてもそういう子ではないという違和感を拭えなかった。
ある日、校内でミルフィを見かけた。
友達と一緒だったので、一人になった瞬間を見計らって声をかけてみた。
もちろん、“ミルフィ”と話しかけるわけにはいかない。
「ミルフィーネ」
「あらセルフィスじゃない」
ミルフィは目を細めて私を見る。
「なにか用?」
「聞いたわ。最近、男の子によく色目を使っているようね。学校のダンスパーティーでも、積極的に男の子と踊っていたようだし」
「それがなによ」
「……らしくないんじゃない?」
ミルフィの眉間にしわが寄る。
「何がらしくないっていうの!? あなたが私の何を知ってるのよ!」
「少なくとも、姉として十数年の付き合いがあるわ」
「……! 私だって……思春期よ! 男の子が気になることだってあるわ!」
「……そうね。だけど、変な男に騙されないようにしてね」
「分かってるわよ! おねえ……セルフィスこそ、少しは浮いた話ぐらいあってもいい年でしょ!」
これを言われると耳が痛い。
「分かってるわ。じゃあね……」
ヴェール越しに見るミルフィの顔は曇っていた。
やはりあの子は無理をしている……。
***
ある日の授業終わり、マリンダが話しかけてきた。
赤髪で、綺麗な顔立ちながら、相変わらず私を敵視している。
「ねえ、セルフィスさん」
「……なに?」
私ももはや「あなたを嫌っている」というオーラは隠さない。遠慮せず警戒心マックスの眼差しを向ける。
そこまで気弱でもお人好しでもないしね。
「そう邪険にしないでよ。あなたにとっても大事な情報を持ってきたのに」
「私に?」
「あなたの妹、ミルフィーネっているでしょ?」
私のこめかみのあたりが疼くのが分かった。
「ミルフィがどうしたの」
「妹が大切なの? 石みたいなあなたでも。あらあら、意外な一面ってやつね」
しくじった……。少し感情をあらわにしてしまった。
ここぞとばかりにマリンダは、私にチクリと刺すような一言を放ってくる。だけど今は早く情報が欲しい。
「一応、肉親だしね……」
「姉妹仲は悪いって聞いたけどね。あの子、家でずいぶんあなたをいびってるみたいじゃない」
「家庭の問題に首を突っ込まないでくれる?」
ミルフィのことをマリンダなんかにとやかく言われたくない。
「……まあいいわ。あの子ね、私に相談を持ちかけてきたのよ。私もこの学校じゃ顔が売れている方だからね」
マリンダは目立つ存在だ。容姿にも能力にも恵まれている。
一年か二年後には、社交界の中心的な女性になっていくだろう。これは犬猿の仲の私でさえそう思う。
だけど、今はそんなことはどうでもよかった。
「どんな相談を受けたの?」
「将来性のある男子を教えてくれ……って言われたわ」
「将来性のある男子?」
「ええ、だから教えてあげたの。ゲイル君のことを」
「ゲイル……ゲイル・ブレイムね。女と見ればすぐ口説く男だって有名じゃない。よりによってあんな奴を紹介したの?」
「あら、そうなの? 彼がそんな男だなんて知らなかったわぁ」
マリンダは肩をすくめる。実にわざとらしい。
ゲイル・ブレイムは伯爵家の出で、私やマリンダと同い年。ハンサムだが、女癖が悪いとすこぶる評判は悪い。
「まあ、将来性があるのは確かだしね。家柄はいいし、顔もいいし、あの手の男はたくさん子供を作るでしょ。お家の繁栄間違いなし」
マリンダがくすくす笑う。
「……ふざけないで!」
思う壺と分かっていても、つい声を荒げてしまう。
「まあ……ミルフィーネさんが心配なら急いだ方がいいかもね。彼、しょっちゅう校舎裏に女性を連れ込んでるそうだし。最近は物騒な取り巻きも連れてるそうだから」
「……!」
――ミルフィが危ない!
私は走って教室を飛び出した。
途中、年配の女性教師とすれ違う。
「廊下を走ってはいけませんよ!」
「あとで職員室に行きます!」
こう言われた教師は目を丸くしていた。
この時の私は、人生で最も速かったかもしれない。




