第3話 セルフィス、貴族学校へ
十一歳になり、私は王都にある貴族学校に入学することになった。
貴族の子女が一つの校舎に集められ、社交のノウハウを学ぶ場。
社交界へのデビューは、卒業してからになるが、すでに社交は始まっているといっていい。
この学校での数年間で突出した令息令嬢は、卒業後に華々しい活躍をすることができるし、一方でこの学校で目立てなかった者はやはり大成できない。
とにかく目立たなければ話にならない。
そんな中、私はというとよく目立った。
なにしろ王国では珍しい銀髪、背も同年代の女の子に比べて高めで、しかも目元をヴェールで覆っている。なお、ヴェールをつけている理由は目が弱くて、直射日光を避けたいからということにしておいた。
学校で誰かを石化させたなんてことになったら、社交デビューどころじゃなくなるものね。
ヴェールのせいと言うべきか、おかげと言うべきか、私はみんなから注目された。
「セルフィスさん、綺麗だよな……」
「あのヴェールがまた、神秘的っていうか」
「ほとんど笑顔を見せないけど、それがまたいいんだよな」
こうした声を聞くたび、私は自分が詐欺師にでもなったような気分になる。
ヴェールや笑顔を見せないのは、ただ力を抑えるためにやっていることであり、私本来の魅力でもなんでもないんだもの。
ただし、勉強は楽しかった。
元々よく本を読むこともあって、私はクラスで一番の成績だった。
「王国暦285年に起こった戦いはなんだったでしょう?」
「グリーシスの戦いです」
「よくご存じですね。この戦いで王国は大きく領土を広げ……」
運動に関しても、ダンスはミルフィが得意とするところだけど、私も彼女ほどじゃないけどダンスには自信があった。
「セルフィスさんのフットワークは素晴らしいな」
「ああ、お綺麗だ」
「まるで雪の妖精だ……」
知らず知らずのうちに私は目立った存在になっていく。
しかし、こうなると、私の存在を面白く思わない人が現れるのも当然のことだった。
箱庭の中とはいえナンバーワン争いは激しい。
私が教室で本を読んでいると、一人の令嬢が話しかけてきた。
「あぁ~ら、人気者のセルフィスさん。また一人で本を読んでるの?」
顔を上げると、そこには波打つ赤髪と真紅の瞳を持つ令嬢がいた。
伯爵家の令嬢マリンダ・アミーラだ。
成績は私と同じぐらい。ダンスの腕前も達者で、なにかと私に対抗意識を向けてくる。
「それにしても、いつもこんなヴェールなんかつけて……私の顔は他の人に見せられないほど尊いです、とでも言ってるつもりぃ?」
私は首を横に振る。
「そんなつもりはないわ。私、目が弱いから、保護しないといけないの」
「ふーん、そのわりにあなたの目には妙に力が入ってて、目が弱いなんて言われても信じられないけどねえ」
この女も妙なところで鋭い。決して洞察力は低くないのね。つい感心してしまう。
「そう言われても、目の病気は事実だから」
私が本に目を戻すと、ヴェールを手で乱暴にはたかれた。
「気取ってるんじゃないわよ!」
私もマリンダを見る。
「うっ……」
多少たじろいだみたい。
我ながら、こういう時の目つきは鋭い方だと思うから。
すると――
「このっ!」
頬を叩かれた。
クラスにもどよめきが走る。
叩かれた箇所はヒリヒリするし、私も一瞬腹が立ったけど、“感情が高ぶる”とまではまるでいかない。
これはミルフィのおかげだと思う。彼女の身を切るような思いでのいびりに比べたら、この女のいびりのなんと幼稚であることか。
すぐに頭は冷え、怒りが沸くどころか、同情さえしてしまう。
「あなたの家では、クラスメイトと話す時は頬を叩くようにと教えているの?」
私がこう言ってクスリと笑うと、マリンダは下唇を噛んで立ち去っていった。
少しすっとしたわ。
学校の食堂ではこんなこともあった。
今日のメニューは豚肉を卵で包んだオムレツ。
私が席について食べようとすると、正面の席にマリンダが座る。
またなにか絡んでくるのかと警戒したけど、マリンダは右手にトマトケチャップの容器を持っていた。
「マリンダさん、なにか用?」
私が聞くと、マリンダは柔らかな笑顔でこう言ってきた。
「よかったら、ケチャップをかけてあげようかと思って」
嫌な予感がして、拒否しようとも思ったが、もしかしたら親切心で言っている可能性もある。
「じゃあ、お願い」
私は皿を前に出す。
すると、マリンダはケチャップで私のオムレツに文字を書いた。
それは王国で『気取ってる女』を揶揄する時に使うスラングだった。
やはり、この女が親切心なんか持ち合わせているわけもなかった。
「どう? 美味しくしてあげたわよ」
マリンダはニヤニヤしている。
まったく……こんなことしてなにが楽しいだろうか。程度の低いいびりが自分の価値を損ねていることを分かっていない。ため息が出そうになる。
だけど、やはり心が動かされるほどではない。
「ありがとう、いただくわ」
「……!」
私は気にせず、オムレツにスプーンを食い込ませる。
一口すくい、そのまま食べる。
うん、よく味のついたジューシィなオムレツだ。ケチャップも程よくかかっている。
マリンダを見ると、ケチャップを持った右手が震えている。
「あなたのおかげでオムレツを美味しく食べることができたわ。よかったら、今後もケチャップ係をお願いしてもいい?」
「くっ……!」
周囲からは「やるなぁ」「あれは屈辱でしょうね」といった声も聞こえる。
耐えられなくなったマリンダは、席を立った。
「あら、もう行っちゃうの? もっとお喋りしましょうよ」
私が言うと、こっちを睨みつけて、どこかに立ち去った。
このように、多少の敵はいたけど、貴族学校での生活は楽しかった。
だけど、私も石化する眼を持つ身、その能力を発動させてしまったら、とても学校にはいられなくなる。
だからある意味ではずっと綱渡りをしてたともいえる。




