第2話 ミルフィーネのいびり
穏やかな日差しが窓から差し込む午後の時間帯、私はリビングで本を読んでいた。
そこへミルフィがやってきた。両手で皿を持っており、その上には色とりどりのマカロンが載っている。
甘い匂いが漂ってきて、とても美味しそうだ。
「セルフィス、叔母様がマカロンを届けてくれたわ。一緒に食べましょう」
いびる宣言をしてから、ミルフィは私を「お姉様」とは呼ばなくなった。「セルフィス」と呼び捨てにする。
「十個あるんだけど……私が六個、あなたは四個でいいわね」
さっそくミルフィのいびりが始まる。
私はうなずく。
「ええ、それでいいわ」
ミルフィが私の顔を覗き込んでくる。
「年下の妹の方が多くマカロンを食べることができて、悔しいでしょう?」
私はこみ上げる感情をどうにか押し殺しながら、なるべく静かに答える。
「悔しくないわ」
「そうよね。セルフィス、あなたは感情を操縦できるようにならなきゃならないんだから。せいぜい頑張ってちょうだいね」
ミルフィは私に見せつけるようにマカロンを食べる。あからさまに咀嚼音まで聞かせてくる。
私はそんな彼女を見て、ただ黙々と自分の分のマカロンを食べた。
ある時、こんなこともあった。
ミルフィが紅茶を淹れてくれた。
「セルフィス、よかったらどう?」
「いただくわ」
ミルフィが赤褐色の茶が入ったティーカップを差し出す。その顔には緊張が見える。
私は一口飲んだ。
温度は人肌ほどだった。味そのものはまろやかでコクがあり、滑らかな舌触りのお茶だった。
「どうセルフィス、ぬるいでしょ?」
言われてみれば、少しぬるいかもしれない。私は軽くうなずく。
「ふふっ、あなたにはそのぬるい茶がお似合いよ」
「そうね……」
私が静かに返すと、ミルフィは痛みをこらえるように目を細めた。
「じゃあ私はあつ~い紅茶をいただこうかしら!」
ミルフィも紅茶を飲むが、
「あつっ!」
自分のは熱くしすぎてしまったらしい。
私はすぐにハンカチを差し出す。
「大丈夫?」
「へ、平気よ! おねえ……セルフィス、私の心配なんかしてる場合じゃないでしょ? あなたは早く自分の心をコントロールできるようになりなさいよ!」
私はハンカチを引っ込める。
「そうね……ごめんなさい」
「ふんっ!」
立ち去るミルフィの背中は、とても辛そうだった。
私とミルフィ、二人で新しい服を買ってもらったことがあった。
私は白のしっとりしたワンピース。ミルフィは空色のワンピースだ。
明るい色合いのワンピースを着て、年相応に飛び跳ねるミルフィは、とても可愛らしい。
すると、ミルフィはこちらを睨みつけるように見てきた。
「あらセルフィス、あなた、そんな白いのを着てるのね」
「ええ、私は白いのが好きだから」
ミルフィは腕を組む。
「ふん。あなたが白い服を着てると、その長い銀髪も相まって、まるで雪の妖精みたいね」
「あら、ありがとう」
私が微笑み返すと、ミルフィは顔を赤らめる。
「……? ――ち、違うわ! 私は褒めたんじゃない! あなたは冷たい人だって言いたかったの!」
ミルフィは私の肩を触る。
「きゃっ、冷たい!」
さらに凍えるようなジェスチャーをする。
「セルフィスといると、この部屋の気温が……ええと、下がっちゃうわ!」
「そうね。ごめんなさい」
ミルフィはちらりと私を見る。
「分かればいいのよ! あまり気温を下げないようにしてね!」
――こんなこともあった。
ミルフィは運動神経がよく、家族みんなの前でダンスをすることが多かった。
ある夜もリビングで、父と母、私の前でダンスを披露する。
全身を使った躍動感のある動きは、私も目を見張ってしまう。将来的には本当にダンサーにでもなった方がいいんじゃと思えるほど。
「うふふ、どう?」
「すごいじゃないか」
「あなたぐらいの歳でこれほど踊れる人はいないわよ」
父も母も拍手をする。
ミルフィは私をちらりと見て、踊りを中断する。
「じゃあ今度は、セルフィスに新しいダンスを披露してあげる」
「私に?」
ミルフィはダンスを踊り始めた。
滑らかに手足を動かすかと思うと、突然カチーンと止まる。
こんな動きを繰り返す。
「見て見て、石化ダンスよ! 固まっちゃうの!」
そうか……これは私をからかっているんだ。いびっているんだ。
これには父も母も顔をしかめる。
「やめなさいミルフィーネ、姉をからかうのは!」
「そうよ。セルフィスも自分の力に思い悩んでるんだから……」
ミルフィは私を睨みつける。
「だからこうして、いびってあげて、セルフィスを訓練してあげてるんじゃない! 感情を高ぶらせたらいけないんでしょ?」
「セルフィスと呼ぶんじゃない。お姉様と呼びなさい」と父も語気を強める。
「嫌よ! こんな人、姉だなんて呼びたくない!」
「ミルフィーネ!」
父に怒られたミルフィは部屋を出ていってしまった。
母が私に優しい眼差しを向ける。
「セルフィス……気にしちゃダメよ」
「ええ、分かってるわ」
私は努めて冷たい言葉で答えた。
最初は石化の力を持った私を厄介者扱いしていた両親も、いつの間にか同情的な視線で見るようになっていた。
それほど、ミルフィのいびりは徹底していた。
だけど、私には最初から分かっていた――
ミルフィは私をかばうためにやっている。私を守るためにいびってくれている。
ある夜更け、邸内の一角に、ミルフィがいた。
この日もミルフィに「石化女!」と罵られ、ひと悶着あった日だった。
ミルフィは一人、肩を震わせて泣いていた。
「ごめんなさい……お姉様、ごめんなさい……」
泣いている妹を見ると、胸が締めつけられる。
だけど、ここで駆け寄るわけにはいかない。
そんなことをしたら、彼女の努力が全部無駄になってしまうから。
私にできることはなにか。それはミルフィのためにも、感情を完璧に制御できるようになること。
感情さえ高ぶらせなければ、私の石化の力が発動することはない。
徹底的に感情を制御してみせる。より冷たく、より固く。それこそ、氷のように、石のように……。
私はさまざまな本を読んだ。
『動じない心を作る方法』『感情を制する』『精神統一』『鉄の公爵と言われた男』
自室で我流の瞑想のようなことも行う。
とにかく、自分にできることはなんだってやってみた。
そうしていくうちに、私は自分の心が固くなっていくのを感じる。
心で悲鳴を上げながら私をいびってくるミルフィに対しても、さほど動じなくなってきた。
ミルフィ、私は大丈夫よ。強い心を手に入れてみせるから。
それに、石化能力について少し前進もあった。
私はある時、うっかり能力を発動してしまったのだけど、その時、薄いカーテン越しにいた使用人が石になることはなかった。
これにより、なにかしらの布を隔てれば、石化を防げるのではないかということが分かった。
このことを報告すると、両親も喜んだ。
「ならば、目にヴェールをかければ、外に出ても誰かを石化することはないのではないか?」
「そうね。それなら……」
私は外に出る時は、ヘッドドレスをつけ、目元を薄手のヴェールで覆うことになった。
感情の高ぶりで生じる目が赤くなる現象を隠すこともできるし、一石二鳥だ。
ファッションとしては目立つし、多少視界が遮られて不便だけど、これぐらいは仕方ない。一生家の中よりはずっといい。
石化能力に目覚めてから、一年、二年と経つ頃には、私はだいぶ感情をコントロールできるようになっていた。
ある日、父からこう言われた。
「セルフィス、お前すっかり笑顔がなくなってしまったな」
「ええ。だって私に笑顔なんて不要だもの」
「ヴェールをつければ大丈夫だとも分かったのだし、もう少し笑顔になっても……」
「私が人を石化したら困るのは、お父様でしょ? だから気にしないで」
「……すまん」
同時に家庭も冷え切っていた。
だけどそんな家庭を悲観する必要はない。
私が石化の力を持つ以上、感情を徹底的に抑えなければならない。
やがて、私は貴族学校に入学することとなった。




