第19話 セルフィス救出作戦 ~レイゼム・エデルワイト視点~
僕は罪人の塔に到着した。天気はあいにくの曇りだ。
父上から預かった書状はきちんと持っている。
これを塔にいる兵士に見せれば、セルフィスの仮釈放は認められるはずだ。
もうすぐセルフィスに会えると思うと、心臓がドキドキする。
しかし、浮かれている場合じゃない。彼女は一ヶ月の間、幽閉されているんだから。
なぜもっと早く来られなかったのか、自分の不甲斐なさに腹が立つ。
一秒でも早く彼女を解放してあげたい。
ところが、先客がいた。
(誰だ……?)
一人の女の子が塔に向かって歩いている。
銀髪で、僕より少し年下だろうか。
そういえばセルフィスには妹がいると聞いていた。確か名前はミルフィーネ、だったかな。
おそらく姉に会いにきたのだろう。
しかし、この塔は囚人との面会は不可だったはず。間違いなく門前払いにされる。
仕方ない、彼女を誘って、一緒にセルフィスを釈放しよう。などと思っていると――
(え、兵士二人を瞬時に沈めた……!?)
ミルフィーネは扉を守る兵士二人を拳で倒してしまった。
華奢で可愛いらしい外見でかなり鍛えられている。
石化する姉にして、拳で語る妹ありか……なんて不謹慎ながらちょっと思ってしまった。
しかし、すぐに大勢の兵士に囲まれてしまう。さすがにこの人数は厳しいだろう。
彼女を助けない理由はない。僕は魔法を唱えた。
「眠りの霧よ……。猛る者たちにささやかな安らぎを与えたまえ……」
睡眠を誘う霧を発生させる。
兵士たちはバタバタと眠っていく。ミルフィーネ以外を全員眠らせることに成功する。
僕はミルフィーネに近づいていく。
「だ、誰……!?」
かなり警戒されているな。
名乗った方がいいんだろうけど、できれば最初に名乗るのはセルフィスにしたい。というかセルフィスじゃなきゃ嫌だ。すまない、ミルフィーネ。
「ここに捕らわれている人を助けにきた者、と言っておこうか」
我ながらかなり回りくどい名乗りになってしまった。
当然、ミルフィーネはますます警戒する。今にも攻撃してきそうだ。それはそうだ。今の僕はどう見ても怪しすぎる。
ちょっと待て、まずいぞ。こんな距離でさっきの拳を繰り出されたら、魔法を出すより早く僕はやられてしまうのでは……。
「僕と戦うのはよした方がいい。不幸な結果を生むことになる」
そう不幸な結果――僕がやられる。
頼む、今は拳を退いてくれ。セルフィスを助けに来たのに、助けたい相手の妹にノックアウトされるなんてカッコ悪すぎる。
すると、ミルフィーネは警戒を解いてくれた。助かった……。
「あなたも姉を助けたいんですよね? 一緒に行きましょう!」
「よろしく頼むよ」
こうなったら、書面での仮釈放は無理だ。力ずくで救い出すしかない。
だけどこのミルフィーネがいれば百人力だ。拳と魔法でセルフィスを救い出してみせる。
ところが、塔の扉を開くと、そこには明らかにセルフィスとおぼしき女性がいた。
どうやったか分からないけど、自力で脱出していたらしい。
「あら、ミルフィじゃない」
綺麗だ……!
僕の予想通り、いや予想以上に美しく成長している。
やつれてはいるけど、一ヶ月もの間、幽閉されていたとは思えない。
気品と誇りを併せ持つ、立派な貴族令嬢の姿がそこにはあった。
心臓がものすごい速さでリズムを刻む。あまりの興奮と緊張に息が止まりそうだ。
今こそ言おう。
あの時助けてもらった男の子です、と。
ずっと昔から好きでした、と。
ところが――
「この件で分かったの。私はこの世にいてはいけない存在だって」
「なに言ってるのよ!」
「家にいれば迷惑をかけるだけだし、私はこのままウォーゲンたちのところに向かう。行って、せめてもの仕返しに彼らを石像にでもして……私は永遠に姿を消すわ」
セルフィスは疲れ切っていた。
なによりも大事であろう妹の言葉にすら耳を貸さない。
それはそうだ。彼女は婚約者に裏切られ、今までずっと幽閉されてきたんだ。見たところ、石化能力が幸いして兵士たちになにかされたということなさそうだけど、心身ともに消耗するには十分すぎる境遇だ。
こんな時に「ずっと前から好きでした」なんて言えるわけがない。言っても余計彼女を困惑させるわけだし、なにより空気を読めていない。
絶望している彼女をなんとか励まさないと……。生きる力を与えないと……。
おそらく彼女はこの石化能力のせいで、長く苦しめられてきたはず。
同時に、今は打ちひしがれていようと、きっと強い心の持ち主のはず。僕はそれに賭けた。
「ガッカリだな」
あえて挑発してみせた。
「ディロイアル公を石化した令嬢、魔法使いとして実に興味があって、ここまで来たんだが、これほど情けない令嬢だとは思わなかった」
セルフィスが顔をしかめる。期待通りの反応だ。
心苦しいが、このまま続ける。
「私のどこが情けないというのです?」
セルフィスは怒った。
当然だ。僕は彼女を怒らせようとしている。怒らせたいのだから。
怒らせることで、彼女に活力を取り戻させたい。
僕はセルフィスに石化を使いこなせるようになれば、浮かび上がるチャンスはあると説明した。
「僕の提案に乗るかい?」
「はい、乗ります」
セルフィスがよろめく。
「おっと」
危ない! ――僕はすかさず彼女を両手で支えた。なんて軽さだ。セルフィスの消耗が分かり、心が痛む。
「す、すみません」
「一ヶ月も幽閉されていたんだ。無理もないさ」
セルフィスを倒れさせずに済んでホッとする。
冷静になると、こんなことも考えてしまう。
ずっと好きだった女性に思いがけず触れてしまった。今、彼女は僕の胸の中にいる。
そのことに気づき、とたんに心拍数が跳ね上がる。最悪だ。
こんなのもう、下心があります、あなたのことが好きですって言ってるようなものじゃないか。
「あなたの心拍数速すぎません?」なんて聞かれたら、どう答えればいいんだ。
だけど、セルフィスは無反応だった。
よかった……助かった。けど、僕に無関心なのかな、とちょっとガッカリもした。
その後、僕は魔法で昼食を出し、兵士たちに心づけを渡して、セルフィスらを領に連れて帰ることにした。
穏便に連れ帰ることはできなかったけど、正式に仮釈放手続きをしてしまうと、その知らせはウォーゲンにまで届けられることになるだろう。むしろこの方がよかったのかもしれない。だとしたら、一人で塔に殴り込もうとしたミルフィーネに感謝だな……。
それにまだなにも終わってはいない。
セルフィスの復帰、ルトゥーラ家の復興、ウォーゲンとの対決、エデルワイト家の利益、考えねばならないことは山ほどある。
好きな人と一緒にいられるのは嬉しいけど、浮かれていちゃダメだ。
セルフィスのお家復興のために、それまでは冷徹な魔法使いでいないと。
想いを伝えるのは、それからでいい。
僕はそう決心を固めた。




