第18話 ある魔法使いの少年の初恋 ~レイゼム・エデルワイト視点~
あの日、僕はあの人と結婚しようと決めた。
エデルワイト家の長男として生まれた僕は、幼い頃に魔法の才能を見出された。
とはいえ、魔法の修行の道は険しく、実りがあるとは限らない。才能があっても最初から魔法の道は選ばないか、選んでもせいぜい初級魔法しか使えないレベルで終わってしまうことが多い。その場合、なんの取り柄もない貴族が誕生してしまい、人生を棒に振ってしまうも同然になる。
だけど、僕はめきめき才能を開花させていった。
同時にめきめき増長していった。
「レイゼム様、もっと基礎をしっかりしませんと!」
「ふん、じゃあ聞くけど先生は魔法で僕に勝てるのかい?」
「それは……」
僕より倍以上年上の先生も、すでに追い抜いてしまった。
自分より劣る人間の指導を聞く生徒などいない。
少なくとも僕はそうだった。
才能を見出され、魔法を習い始めてからたった数年で、炎や風の魔法なんかは自在に操れるようになった。
だから、基礎を疎かにして、大魔法を覚えることに熱中していった。
やがて王都の貴族学校に入学した僕は、放課後、練習をすることにした。練習というよりは、自分の力を思う存分振るいたかった。優れた剣を手に入れた剣士が、振り回したくなるのと一緒だね。
王都の住宅街から少し離れたところに、芝生に覆われた広いスペースがある。
ここは昼間は人が少なく、魔法の練習するのにうってつけなんだ。
僕は得意になって、さまざまな魔法を試した。
火を出し、氷を出し、風を吹かせ……。うん、絶好調。
だけど、こんなのは序の口だ。
僕はもっと大きな魔法を試してみたくなった。
「よーし、今度はもっと大きなやつを試してみようかな」
僕は両手を上げた。
「天よ、その怒りを我が前に示せ……」
つい最近、本で読んだ通りの呪文を唱える。
まもなく空から天に浮かぶ岩――隕石が降ってきた。
やっぱり僕は天才だ。基礎なんか大切にしなくていい。先生なんかいらない。僕は独自に魔法を極めてみせる。
さてと、あとは本の通りにやればあの岩は消えるはず。
手をぎゅっと握る。
「あれ……? 消えない……?」
――隕石が消えない。
こんなはずじゃなかったのに。
おかしいな、このままじゃ僕は死んじゃうじゃないか。
炎に包まれた隕石は、もう間近に迫っている。
父上、母上、先生……誰でもいい、僕を助けて!
「逃げてっ!!!」
女の子の叫び声。
まさか、人がいたなんて。
だけど、僕の足は言うことを聞かない。完全にすくんでいる。
「ダ、ダメ……僕、足が……」
足が震えて逃げることもできない。
ああ、もうダメだ。
僕は死ぬんだ。
まだやりたいことは沢山あるのに――
「……!?」
その時、突如僕の体に変化が起こった。
みるみるうちに灰色に変わり、体が硬くなっていく。
これは――石? 石になっている!?
石になった僕は、隕石の直撃を受けたけど、全く無事だった。
その後、僕の体は元通りになる。
「……? あれ、僕は……?」
「よかった、元に戻ったのね!」
そこには一人の少女がいた。
長い銀髪で凍てつくような美貌を持ち、瞳は青色。学校の制服を着て、頭にはヘッドドレスをつけ、目元をヴェールで覆っている。
「どう? 怪我してない?」
「う、うん……」
凍てつくようなと表現したけど、初めて会った僕を温かな眼差しで心配してくれている。
僕にはまるでこの子が女神様に見えた。
ぜひ名前を聞きたかったけど、聞く前に女の子は逃げるように去ってしまった。
魔法で動きを止めることもできたけど、事情があるのは察することができた。僕はあえて追わなかった。
その代わり、僕はあの子と結婚しようと決めたんだ。
それから僕は心を入れ替えた。
「先生、基礎から魔法を教えてください!」
「レイゼム様……ついに分かってくださいましたか!」
僕は先生の言う通り、自分にできること、できないことをしっかりノートにまとめるようになった。
そうして、自分のいる場所を理解していくことで、僕の魔法の腕は飛躍的に向上した。
今までの自分がいかに怠惰だったかを思い知らされる。
もちろん、これは全てあの子のためだ。
胸を張れる男になって、あの子に会いに行く。そして結婚を申し込む。
そのためだけに僕は一生懸命魔法を勉強した。
父にもこう宣言した。
「父上、僕には結婚したい女性ができました!」
我ながらバカだと思う。
だけど父はバカにすることなく、真面目に聞き返してきた。僕は父のこういうところを尊敬している。
「ほう、誰だ?」
「いえ、名前は分かりません!」
「……む?」
「一度会っただけですから」
「だったら、調べればよかろう。お前とて“影”を使う権限はあるしな」
「いえ、調べたくないんです。調べればきっと、僕はその子に夢中になってしまうから」
父は苦笑いした。
「難儀な奴だな。まあ、好きにするがいい」
「はいっ!」
それから数年、僕は自分を磨き上げることに執心した。
魔法のことはもちろん、勉強もたくさんしたし、身だしなみにも気を遣うようになった。
体だって鍛えた。だってやっぱり男は逞しくなくっちゃね。
領民からも、他の貴族からも、一目置かれて見られるようになる。
やがて僕は、青いロングコートを愛用するようになる。背も伸びたし、この格好は魔法使いっぽくて気に入っている。
鏡に映った自分を見る。うん、まあまあ決まってるじゃないか。
そして、ようやく彼女に相応しい男になったと、会って話す勇気を得た。
銀髪の彼女のことはすぐに調べがついた。
貴族学校を最優秀生徒で卒業。すでに社交デビュー済み。常に目元をヴェールで覆っており、その神秘的な魅力で人気は高いが、浮いた話はないようだ。
(セルフィス・ルトゥーラ……頃合いを見て、彼女にアプローチしてみよう!)
だけど、この“頃合いを見る”がよくなかった。すぐアプローチをかけるべきだった。
なぜなら、彼女は早くも婚約してしまったからだ。
(セルフィスが婚約!? ――あ、相手は!?)
相手はウォーゲン・ディロイアル。僕と同じ公爵令息だ。
さほど親しくはないが、優秀な男だということは聞いている。そんな男が、セルフィスほどの女性に目をつけないわけがなかった。
思わぬところから横槍が入り、僕はセルフィスと会話どころか会うことすらできぬまま、結婚の夢は破れてしまった。
いくらなんでも、婚約してしまった二人に割って入るほど非常識ではない。
だけどショックは大きくて、二、三日は自室のベッドに寝転がっていた。
「レイゼム様、食べないと毒ですよ」
「すまない、今日も遠慮させてもらう……」
我ながら情けない。
この程度のメンタルで「セルフィスに相応しい男になった」などと意気込んでたのだから笑えてくる。
だけど、人生においてこの時ほど落ち込んだ時はなかった。なにしろ思いを伝えることすらできなかったんだから。
しかし、いつまでもみんなに心配はかけられないと、どうにか復帰する。
父には「なにがあったか知らんが、そうして男子は大きくなっていくんだ」とからかわれた。
朝食のポタージュを飲みながら、セルフィスについて考える。
女性はいい男性と巡り合うとより輝くなんて話もある。婚約した彼女はこれからますます美しくなることだろう。
(セルフィス、どうか幸せに……)
せめて彼女の幸せを祈ろう。
彼女を想いながら飲むポタージュは、空腹も手伝ってとても美味しかったけど、どこか寂しい味がした。
しかし、それからしばらく経った後、さらに驚くべきニュースが入る。
(セルフィスが投獄……!?)
セルフィス・ルトゥーラが、婚約者であるウォーゲンの父を石化し、逮捕されたという知らせが入った。
即刻、領内で裁判が行われ、公爵を害したということで北の果てにある『罪人の塔』送りになったという。
ルトゥーラ家は元々メドゥーサの血を引いていることを謳う一族だが、まさか本当に引いていたとは、と世間では話題になっている。
同時に、あの時僕を石にしたのはやはり彼女だったのだな、と答え合わせもできた。
彼女にいったい何があった?
セルフィスの人となりは分からないが、あの時僕を助けてくれた少女が、あの優しい眼差しの持ち主が、意味もなく公爵を石化するとは思えない。
婚約してすぐのこの事件、きっとなにか裏があるに違いない。
いや、絶対裏がある!
恋は盲目と言われるかもしれないが、僕はそう決めつけた。
エデルワイト家の力をもってすれば、罪人の塔の囚人を仮釈放することもできるはず。
僕は父に訴え出た。
「お願いします! 書状を書いてください! すでにセルフィスが捕らわれてひと月……このままでは彼女は……!」
「お前はこのセルフィスという娘の何を知っている? 確たる根拠もないのに、むやみにディロイアル家を敵に回すことはできんぞ」
父の意見はもっともだった。
ディロイアル家は強大で、ウォーゲン自身の能力も侮れない。
下手にこの問題に首を突っ込めば、ディロイアル家を敵に回すことになり、家や領が大火傷を負う危険性もあった。
だけど、僕も譲れなかった。
「彼女は僕の恩人だ! 彼女がいなければ僕は死んでいた! 助けたい!」
僕の必死の訴えを、父は聞き入れてくれた。
「お前がそこまで言う女性、一度会ってみたいものだ」
父に仮釈放願いの書状を書いてもらうことができ、穏便に彼女を救い出す手筈が整った。
これを兵士に見せれば、ひとまずセルフィスを助け出せる。
(どうか無事でいてくれ、セルフィス!)
こうして僕は罪人の塔に向かった。




