第16話 ミルフィーネの石化
次の日、別邸のテラスで、私はレイゼム様とともに、ミルフィに石化解除の光明が見えたことを報告した。
「えー、すごいじゃない!」
「ありがとう、ミルフィ」
レイゼム様も説明を補足してくれる。
「石化を解除できなければ、セルフィスの能力は恐れられるばかりだったけど、解除が自在にできるようになったのは大きい。もちろん、まだまだ訓練は必要だけどね」
「そうですね」
すると、ミルフィが――
「ねえねえ、お姉様」
「ん?」
「私も石化してよ!」
「ええっ!?」
私は思わずのけぞる。
「そういえば、私はまだ石化してもらってなかったじゃない?」
「そうだけど……」
ミルフィを石にするなんて、考えたこともなかった。
なんだかドキドキしてしまう。血の繋がった実の妹を、石にしてしまうなんて……。
気が乗らず、私はうつむく。
「お願い、お姉様!」
「でも……」
「私も一度、石化を体験してみたいのよ」
ミルフィが両手を合わせておねだりしてくる。かなり可愛い。
だけど可愛いからこそ、石化なんかしたくない。万が一のことを考えてしまう。
「やっぱりあなたを石化するのは、ちょっと……」
すると、ミルフィは両手で目をこするような仕草をする。
「レイゼム様はよくて、私はダメなんだ。私はお姉様に嫌われてるんだ……。そりゃそうよね、あんなにいびったし……」
あからさまな泣き真似を始めてしまう。
「泣かないで、ミルフィ。あなたの泣く姿は見たくないわ」
演技なのは分かっているけど、私もつい付き合ってしまう。
そういえば、幼い頃はよくこういうごっこ遊びをしてたっけ……。
「じゃあ、石化してくれるの!?」
ミルフィが一瞬で顔を上げる。目にはもちろん涙の跡なんかない。
「ええ、やってあげるわ」
「やったぁ! これで石化してない組卒業!」
「なにを言ってるのよ」
私もレイゼム様も笑ってしまう。
「じゃあ、そこに立って」
「うん!」
改めてミルフィを見ると、本当に可愛らしい。
目はぱっちりしていて、私と同じ銀髪はふわりとしていて、こんないい子を石にすることに罪悪感を覚えてしまう。
「ねえ、ミルフィ。やっぱりやめに……」
「お姉様!」
ミルフィが頬を膨らませる。
「セルフィス、もうやるしかないよ。ミルフィーネ、せっかくだからなにかポーズでも取ったら?」
レイゼム様が言う。
「じゃあ、こう!」
ミルフィは右手をピースサインにして、ウインクをした。
「可愛く石にしてね!」
本当に可愛らしいから、私はスルーしてしまった。
「お姉様、ちゃんとツッコんでくれないと」
「ご、ごめんなさい」
石化はもう自在にできる。
私は眼に力を込め、ミルフィを見た。無駄な力を使わなくなったからなのか、髪を逆立てることもなくなった。
すると、みるみるうちにミルフィの体が灰色に染まる。
「わっ、これが石化ね! すっごい!」
ミルフィは怖がることなく笑顔のままだ。
そして、そのまま石像と化す。
「姉を信頼しているからとはいえ、初めての石化でここまでの笑顔でいられるなんて、君という姉にしてこの妹ありだね」
レイゼム様が微笑む。
笑顔のまま石像になったミルフィに触れる。
ひんやりしているけど、生命の息吹を感じ取ることができ、やはりミルフィは生きているんだということを感じる。
「彼女も石化を堪能したいだろう。何分かしたら戻そう」
「分かりました」
これも遊びでやっているわけではない。
自分の石化能力の訓練の一環だ。
肉親を石にすることでしか体験できないことはあるはず。
(もしミルフィを一生戻せなくなったら……)
かすかに不安がよぎる。
「今の君なら大丈夫。すぐ元気なミルフィーネに会えるさ」
レイゼム様が笑いかけてくれた。
五分ほど経ったので、ミルフィを見る。
「そろそろ戻してあげようか」
「ええ」
私はミルフィの全身を見る。
気分を落ち着けて、慈悲の心を抱く。
最愛の妹ミルフィを石から解放してあげよう――
すると、あっさりできた。
「あっ、戻った」とミルフィ。
「よかった……」私もホッとする。
石化解除の方法は自分のものにできたと思っていいみたい。
「初めて石になった気分はどうだい?」
レイゼム様がミルフィに尋ねる。
そんなに大した感想はないだろうと私は思っていたのだけど、ミルフィは目を輝かせた。
「すっごく気持ちよかった!」
「……へ?」
気持ちいい?
あまりに予想外な返事だったので、私は素っ頓狂な反応をしてしまう。
「お姉様、私が小さい頃はよく抱っこしてくれたじゃない?」
「ええ、そうだったわね」
私とミルフィは二歳年の差がある。
私はわりと成長が早かったし、まだよちよち歩きのミルフィをよく抱っこしてあげた。
この子もよく覚えているなと感心する。
「まるであの時みたいな……お姉様の温かみのようなものをずっと感じることができたわ。石化中の意識は曖昧なんだけど、多分ずっとこうしていたいって思ってたと思う」
レイゼム様も目を丸くしている。
「それはすごいね。僕の時はそういう風になったことはなかったんだけど」
私は顎に手を当てて考える。
「やはり妹ですし、なるべく優しく石化してあげたいという心が、出たのかもしれません」
「なるほど……。つまり、感情によって石化の仕方を変えられるかもしれないね」
「……! そうですね!」
新しい発見だった。
私の石化は常に相手を同じように石化するのではなく、相手が石化中どう感じるかは、私が能力を発動した時の感情によってかなり変わるのかも。
「そうと分かれば、色々と試してみよう」
「はい!」
私はさまざまな感情を込めながら、レイゼム様を石化した。
仮説は正しかった。
私が優しい気持ちで石化するとそれほど苦しくなく、憎むような気持ちで石化するとかなり重苦しく感じたという。
ノートにもきちんと記録していく。
ただし、ミルフィにやったような“抱っこするような石化”をレイゼム様にやるのは難しかった。
「やはりミルフィには姉ならではの感情があるので、レイゼム様にあのような感情を抱くのは難しいですね」
「そうか、残念だ。君の弟に生まれたかった……」
これを聞いて、思わず噴いてしまった。
レイゼム様は冗談も上手い。
これを機に、私の石化能力は飛躍的に向上していく。
以下、私の能力について、大まかな内容をまとめてみる。
私は眼に力を込めると相手を衣服ごと石化できる。
ただしあまりに遠くの人は無理で、範囲はせいぜい十歩か二十歩歩く距離といったところ。
それと、ヴェールをつけているとやはり石化はできない。
石化された人はぼんやりとだけど意識がある。その時の感覚は私の感情によって大きく変わる。
慈悲を心に抱き、対象をしっかり両目で見ることで解除は可能。
私が解除しなければ、石化した人はおそらくずっとそのまま。
石化した人に、健康的な被害は見受けられない。
物も石化できるけど、やはりペン程度の大きさのものに限られる。かなり疲れるし、レイゼム様からも「あまりやらない方がいい」と言われた。
自分にできることがどんどん増えてきて、私は石化能力を持つ自分のことが、だんだんと誇らしくなっていた。




