第12話 石化令嬢は魔法使いと出会う
パンを鍵穴に詰め込んで、石化して、開錠。
そこからは簡単だった。
やってくる兵士たちを次々石化していけばいい。
「どうやって脱獄――うっ!」
「体が……!」
「助けてぇぇぇ……!」
この兵士たちに罪はない。あとで石化は解除するから安心してちょうだい。と心の中でつぶやくけど、その保証はなかったりする。
とにかく今は下に降りないと。
通路を歩き、階段を降り、兵士が来たら石化する。を繰り返す。
この一ヶ月パンと水しか口にしてないから体力はだいぶ落ちている。
だけど、急がないと。
「なぜ、あなたが牢屋の外に……うおっ!」
最後の一人も石化して、ようやく塔の出入り口の扉についた。
だけど、扉はあちらから開いた。
兵士たちが来ると私は身構える。
すると、そこにはミルフィがいた。
白いドレスを着て、ふわりとした銀髪は相変わらずで可愛らしい。
「お姉様……!?」
「あら、ミルフィじゃない」
私も驚く。なぜミルフィがここにいるのか。
しかも、ミルフィの横には知らない青年がいた。
そよ風にもなびくほどさらさらの金髪、切れ長でシャープな目にはコバルトブルーの瞳が穏やかに光る。青色のロングコートを羽織って、すらりと長い足には白いブーツを履いている。
ミルフィの恋人? ……という感じでもない。いったい何者なんだろう。
とりあえず、ミルフィに色々聞いてみないと。
「ミルフィ、どうしてここに……」
「私、お姉様を助けに来たの!」
ミルフィの言葉に胸が熱くなる。
「ありがとう……」
だけど、気になることもある。もちろん、横にいる青年だ。
「こちらの人は?」
「あっ、この人は私を助けてくれたの! この人もお姉様を助けに来たんだって!」
素敵な人だけど、全く心当たりがない。
ウォーゲンのこともあるし、素直に味方だと喜べず、微妙な心持ちで自己紹介をする。
「セルフィス・ルトゥーラと申します……」
私が自己紹介すると、青年はうなずく。
「僕はレイゼム・エデルワイトと申します。よろしく」
「エデルワイト家……!」
ミルフィが私の顔を覗き込む。
「え、どうしたの、お姉様?」
「エデルワイト家といえば、公爵の家系よ」
「ええっ!?」
かつて私は公爵令息ウォーゲンに嵌められ、この塔に閉じ込められた。
公爵家の令息に嵌められた私を、別の公爵家の令息が助けにきた。
全くわけが分からない。
「初めまして……」
私がこう言うと、レイゼム様は一瞬寂しそうな顔を見せた。なんでだろう?
もしかしたら、どこかの夜会で会っていたのだろうか。
申し訳ないけど、記憶はなかった。
「妹を助けてくださってありがとうございます」
「いや、いいんだ」
ミルフィが沈痛な面持ちで尋ねてきた。
「お姉様……。お姉様にいったいなにがあったの?」
「ミルフィ。私はあの日――」
ディロイアル家に呼び出され、公爵様を石化してしまい、ウォーゲンとマリンダに嵌められたことを簡単に説明する。
説明していると、その見事な嵌められぶりに改めて自分が情けなくなってしまう。
ミルフィが私の腕を掴む。
「逃げよう! お姉様はなにも悪くないんだし……お父様やお母様も待ってるよ!」
私は首を横に振る。
「お姉様……?」
「私は……もういいわ」
「え……?」
できればミルフィには気丈に振る舞いたかった。だけど、私の精神力はすっかりすり減っていた。姉としての最低限の体裁すら保てなかった。
一度吐き出すと、本音の吐露は止まらなかった。
「この件で分かったの。私はこの世にいてはいけない存在だって」
「この世に……? なに言ってるのよ!」
「家にいれば迷惑をかけるだけだし、私はこのままウォーゲンたちのところに向かう。行って、せめてもの仕返しに彼らを石像にでもして……私は永遠に姿を消すわ」
私はもう疲れ切っていた。この能力と付き合っていくことに。
この石化の力に目覚めてからというもの、今までろくなことがなかった。
家族や使用人には恐れられ、ミルフィにもやりたくもないいびりや男子へのアプローチをさせてしまい、学校ではマリンダに目をつけられ、ウォーゲンには能力そのものを利用され……。
この力で脱獄こそできたものの、もうこんな目にあうのは懲り懲りだった。
私を嵌めたウォーゲンとマリンダに意趣返しをして、私は静かに姿を消す。これが一ヶ月の幽閉期間で出した結論だった。
ミルフィも疲れ切った様子の私を見て、絶句している。
ごめんね、ミルフィ。今の私にはあなたの言葉さえ届きそうにない。
私は自分の人生に見切りをつけていた。
こんな人生は早く終わらせてしまおう。
「ガッカリだな」
レイゼム様が突然こう言ってきた。
「ディロイアル公を石化した令嬢、魔法使いとして実に興味があって、ここまで来たんだが、これほど情けない令嬢だとは思わなかった」
聞き捨てならない言葉だった。
情けない……情けないですって?
長年石化の力に苦悩して、今こうして罪人の塔から脱獄した私が?
なぜだろう。さっきまで疲れ果てていたのに、こんな怒りを覚えている自分にも驚いていた。
つい、反論までしてしまう。
「私のどこが情けないというのです?」
レイゼム様は肩をすくめる。
「なにしろ伝説の魔物メドゥーサの力を受け継いだとされる人だ。さぞ強靭な精神力の持ち主だろうと思っていた。それが、いざ会ってみたら自分の力に押し潰されている。これをガッカリと言わず、なんと言えばいいんだろうね」
「ぐ……!」
図星だった。何も言い返せない。
「ひどい! お姉様は――」
ミルフィが助け舟を出そうとするが、私が手で止める。
ここは私が相手をしなければならないと感じた。
「それに、君を嵌めた者たちを石にするなりしてやり返したとしよう。その後はどうなる? それでルトゥーラ家の名誉は回復されるか? 答えはノーだ。ルトゥーラ家の面々は余計恐れられて、そこにいる妹さんなんかはさらに悲惨な生活を強いられることになるだろう」
これもその通りだ。
今の私がウォーゲンたちに石化の力でやり返したとしても、なんの名誉も回復されない。
公爵様に続いて、ウォーゲンたちも石にしたと、私はさらに恐れられ、父や母、ミルフィらは今よりも没落することだろう。下手すれば連座で処刑だってあり得る。
私はこんな簡単なことも分からなかった。いや、分かってはいいけど投げやりになって気づかないふりをしていた。
「じゃあ、どうすれば……」
私はうつむく。
すると、レイゼム様は――
「君が今の状況から逆転できるとしたら、まずやるべきことは、石化能力を使いこなすことだ」
「使いこなす……?」
「ああ、石化能力を手足のように使いこなし、なおかつ人々の役に立ち、自分に危険はないとアピールする必要がある」
考えたこともなかった。そんなこと。
この力を人の役に立てるぐらい使いこなすだなんて……。
「でも、どうやって……」
「実は僕はね、魔法使いなんだ」
「えっ!?」
ミルフィが続く。
「そうなの! レイゼム様、外の兵士たち、みんな眠らせちゃったんだから!」
「まあ……」
レイゼム様の意外な正体に驚いた。
「僕が君を助けにきたのも、君の石化能力をぜひ研究させてもらいたくてね。それに、名誉を回復するまでは、君はまだ罪人だ。自分の家に戻るわけにもいくまい。どうか、僕の領に来て欲しい」
だんだん話が分かってきた。
なるほど、この人は私を研究材料にしたくて助けにきたのね。
「事情は分かりました。でも、能力を使いこなすなんて、そんなことできるわけが……」
「なぜ?」
「なぜと言われても……できる気がしませんし……」
「せっかくの生まれ持った力があるのに、それを使いこなそうとしないのは怠惰だ。と僕は考える」
「……!」
グサリときた。
私は今までに一度だって、この力を使いこなそうとはしなかった。
牢獄生活で、パンのかけらを石にできるようにはなったけど、あれだって脱獄するための苦肉の策のつもりだったし。
レイゼム様は挑発的な笑みを浮かべる。
「僕の提案に乗るかい?」
私の考えはすぐに固まった。
「はい、乗ります」
どんな形であれ、生きる理由ができた。心のどこかで私はホッとする。
その途端、私の体がぐらりと揺れた。
次やるべきことが決まったことで、かえって気が抜けたのかもしれない。
「おっと」
レイゼム様がすぐに抱きとめてくれた。
「す、すみません」
「一ヶ月も幽閉されていたんだ。無理もないさ」
温和な外見で、すらりとした体型だけど、意外と腕力もあることが分かる。頼もしかった。
胸板を通じて鼓動も感じられる。冷静なようで、とくん、とくん、とかなりのスピードだ。
きっと石化能力を持つ私と出会えたことに、魔法使いとしての好奇心が高ぶっているのだろう。
「回復するよ。少しじっとしてて……」
淡い光が私を包み込む。全身が癒されるのが分かる。
幽閉生活で疲弊しきっていた私の肉体だったけど、だいぶ血の巡りがよくなった。
こんなこともできるなんて……魔法使いってすごい。
「これで人心地はついたはずだ。だけど、お腹はすいてるだろう」
「……はい」
体の機能が回復したおかげで、私の胃袋は空腹を訴えている。
今ならいくらでも食べられてしまいそう。
「ランチには今一つなロケーションだけど、ここで昼食と洒落込まない?」
ミルフィが尋ねる。
「どこに昼食があるんです? 私は持ってきてませんけど……」
「ここさ」
レイゼム様は突然、パンやミルクを出した。
私もミルフィも目を丸くした。
「どうやって……!?」
姉妹で声が揃ってしまう。
「魔法には“収納”というものもあるんだよね。これぐらいは朝飯前さ」
他にもサンドイッチ、サラダ、チキン、ハム……。
この一ヶ月ぼそぼそのパンしか食べていなかった私にとっては垂涎物のメニューが並ぶ。
一方、ミルフィは険しい顔つきだ。いきなり現れた食べ物に警戒している。
「レイゼム様、私はあなたを完全に信用したわけじゃありませんよ!」
「プリンもあるから、よかったらどうぞ」
「……食べます!」
これでこそミルフィだ。ふふっと笑ってしまう。
「あっ、お姉様……笑ってくれた! よかった!」
ミルフィの明るい笑顔に、私の顔はさらにほころぶ。
すると、レイゼム様も――
「石のようにすました君もいいけど、笑っている方がやはり綺麗だよ」
「あ、ありがとうございます」
いきなりこんなことを言われてビックリした。
だけど、嬉しい。
体を回復してもらい、食事も取った。レイゼム様のおかげで、私はすっかり生き返った。
その後はまず、罪人の塔の兵士たちをひとりひとり石化から解除していく。
苦労したけど、能力を使いこなせるようになれば、これも流れ作業でできるようになるのだろうか。
全員の無事を確認した後、レイゼム様は兵士たちにある程度の心づけを渡す。
「僕はこのセルフィス・ルトゥーラを連れ出す。だが、くれぐれもこのことは内密にしておいて欲しい。君たちもこのセルフィスが罪を犯していないことぐらいは肌で感じているはずだ」
兵士たちは押し黙る。私の無実をうすうす分かっていた、という感じの表情だ。
だけど彼らを責める気はない。命令されたら従わなければならないのが兵士というものだ。
「もし万が一、誰かから咎められたら、レイゼム・エデルワイトに命令されたと言えばいい。君らに害が及ぶことはない」
だからこそ、公爵家の嫡子からこうも言われては、兵士たちも従わざるを得ない。
ウォーゲンたちに私の脱獄が知られるまで、これでしばらくは時間を稼げるはず。
こうして私たちはレイゼム様のご領地に向かうことになった。




