第10話 私はお姉様が大好きだった ~ミルフィーネ・ルトゥーラ視点~
私はお姉様が大好きだった。
ルトゥーラ家は銀髪の人が多く、私もお姉様も銀髪だったけど、お姉様の銀髪はさらさらで、艶やかなストレートヘア。
風になびくと、本当に絵画に出てくる女神様のよう。一度そのことをお姉様に言ったら、
「大げさよ」
と苦笑いされた。大げさじゃないんだけどな……。
いつも冷静沈着なお姉様に比べ、私は騒がしい子供だった。
おてんばな私に家族が呆れる中、いつだって優しく接してくれて、お姉様は私の目標だった。
お姉様に“ミルフィ”と呼ばれるといつも心が弾んだ。
私の前にはいつもお姉様がいて、お姉様はきっと素敵な男性と出会って幸せになって、私もお姉様についていきさえすれば同じように幸せになれる。
そんな未来を思い描いていた。
姉夫婦と妹夫婦で家族ぐるみの付き合いをできたらとても幸せ……なーんてね。
だけど、そんな未来に暗雲が漂い始める。
お姉様による、おそらく初めての石化事件。
あの男性使用人は私たちをよく叩く人だった。
カッとなるとすぐに手を出す。私はおてんばだから、特にターゲットにされることが多かった。
そんな私を、お姉様はいつもかばってくれた。お姉様がいなかったら、私はもっと暗い人間に育っていたかもしれない。
あの日、お姉様がうっかり紅茶をこぼしてしまった。
「お嬢様……何をしているのですか!」
使用人が手を振り上げた瞬間、お姉様の髪が逆立ち、目が赤くなる。
私がぎょっとしたのも束の間、使用人の体が灰色に染まっていく。
やがて、使用人の全身が灰色になり、動かなくなった。
お姉様がこちらを見る。
「お姉様……?」
「ミルフィ、今なにが起こったのか分かる?」
「ええと、お姉様の髪が少し浮き上がって、目が赤くなったのは見えたんだけど……」
私は見たままを答えるしかなかった。
この事件をきっかけにお姉様は誰かを石化するのを頻繁に引き起こし、ついにはお父様とお母様にも知られてしまった。
しばらくなにかを話していたけど、お父様が言う。
「とにかく……お前を家から外に出すわけにはいかんな」
これを聞いた時、私はあまりにも悲しかった。
お姉様ほどの令嬢が、外に出られなくなってしまうなんて。
私は瞬時に、どうすればお姉様を助けられるかを考えた。
頭はあまりよくないけど、自分なりに必死に考えた。
そして、出した結論がこれだった。
「メドゥーサの家系に石化する人間が現れた。面白いじゃない!」
私がお姉様をいびる。
そうすれば、お父様もお母様もお姉様に同情するはず。
そう思った。
「お姉様、これからはセルフィスって呼ばせてもらうわね」
「ミルフィ……」
「ミルフィなんて馴れ馴れしく呼ばないでくれる? これからはちゃんとミルフィーネって呼んでちょうだい」
これらの言葉を吐いた時は、本当に吐き気がした。
本当はお姉様って呼びたいのに。ミルフィって呼ばれたいのに。
同時に、これは自分への罰だと思って受け入れた。
どうせなら私が石化能力に目覚めればよかったのに、その役目はお姉様になってしまった。その罰。
お姉様が苦しむ分、私も苦しまないと。
この日から、私はお姉様をたくさんいびった。
お菓子は私の方が多く食べたり、ぬるめの紅茶を出したり、石化の力をからかうようなダンスを踊ったり。「石化女」と罵ったこともあった。
やるたびに心が裂けそうだった。
誰もいないところでお姉様に謝る日々が続いた。そんな方法で罪悪感を減らそうとしている自分にも腹が立った。
もう昔のような姉妹には戻れないんだな、と悲しくなった。
いつしか、お姉様からはすっかり笑顔が消えて、私も日課のようにお姉様をいびる意地悪な妹に成り下がっていた。
あんなに和気あいあいとしていたルトゥーラ家はすっかり冷え込んでいた。
やがて、私は貴族学校に入学した。
入学してからの私は、友達も大勢できたけど、男子とのコミュニケーションを特に一生懸命頑張った。
それは、もし私が力のある男子と結婚することができれば、お姉様の助けになるかもしれないと思ったからだ。
例えばものすごく影響力のある男子と結婚して「我が妻ミルフィーネの姉に危険はない」と宣言してもらえば、お姉様はあんなヴェールをつけずに済むかもしれない。また笑顔を見せてくれるかもしれない。
だから、お姉様が突然やってきて「らしくないんじゃない?」と言われた時は本当にドキリとした。
私を心配してくれている。
私なんか放っておけばいいのに。
つい声を荒げてしまったけど、あの時は本当に嬉しかった。
そしてある日、私はお姉様と同い年で、優秀と評判のマリンダさんという令嬢に会いに行った。
将来性のある子息を教えてくださいと頼むと――
「ゲイルなんていいんじゃない?」
きちんと教えてくれた。赤髪で気の強そうな人だったけど、親切な人でホッとした。
私はゲイルのところに行き、いい仲になりましょうとアプローチする。
すると、その日の放課後に校舎裏にエスコートされる。
一緒にお茶でもしてくれるのかなとのんきに構えていたら、私は自分の甘さを痛感することになる。
ゲイルは怖そうな取り巻きを連れて、私に迫ってきた。
「別に乱暴しようってんじゃない。ただ、キスしてくれるだけでいいのさ」
「だいたいさ、アプローチしてきたのはそっちだよ? 仲良くしてくださいって」
「そんなの通じるわけないだろ。まあいいや、君のファーストキス、いただくよ」
男に囲まれて、震えることしかできない私。
こんな私を助けてくれたのは、お姉様だった。
ゲイルと取り巻きを石にして、私を救ってくれた。
石化の力を使うのは絶対に嫌なはずなのに。
お姉様は私の心根を全部見抜いていて、
「私は今までにあなたを妹として見なかったことなんて、一瞬たりともないわ」
――こうまで言ってくれた。
私はずっと自分を殺してお姉様を守っていると思っていた。だけど実際には私はお姉様に守られていたんだ……。
だから、決めた。
もうお姉様に迷惑をかけたくない。せめて自分の身は自分で守れるぐらい強くなる。
それからすぐに、私は武僧の先生に弟子入りした。
下心のある男性に迫られても、自分だけで撃退できるようにならなきゃ。
「なかなか見所があるよ、おぬしは」
「本当ですか!?」
先生の言葉は嬉しかった。
私は特に「当て勘がいい」と言われた。当て勘とは、拳や蹴りを的確にヒットさせる能力のことだ。
女だからどうしても非力だけど、それを十二分に補う運動神経と当て勘があると褒められた。
稽古でも、先生に一発、二発といいパンチを当てることができた。
「今まで私が教えた者の中でも、特に飛び抜けているかもしれん。貴族令嬢にしておくのが惜しいぐらいだ」
「ありがとうございます!」
リップサービスだろうけど、ここまで褒めてもらえて嬉しかった。
少なくとも今ならゲイルたちに囲まれても返り討ちにできる。それぐらいの自信はついた。
そんな時、お姉様が公爵家令息のウォーゲン様とお付き合いしているというのを耳にした。
私は安心した。
公爵家の加護を得られれば、お姉様ももう日陰の道を歩むことはないと。近い将来、公爵家に嫁いだ夫人として堂々と社交界を歩けると。
二人の婚約式に出席した時は大粒の涙を流してしまった。
だけど、それからまもなく、事件が起こってしまう。
「……お姉様が!?」
お姉様が、ウォーゲン様のお父様を石化して、その場で捕まってしまったとのこと。
その後、ウォーゲン様は「最愛の父を婚約者に奪われた」と怒りをあらわにする。
私はお姉様なら石化を解けるはずとウォーゲン様に申し出ようとしたが、門前払いにされてしまった。
結局ろくな抗弁もできないまま、お姉様は逮捕されてしまった……。
ルトゥーラ家も「本当にメドゥーサの血を引く一族だったんだ」「他にも石化できる奴がいるかもしれない」と一気に立場が悪くなった。
ゴシップ系の新聞にも『ルトゥーラ家の貴族籍剥奪はまもなくか』なんて下らない憶測記事が載る。
だけど、お父様もお母様も意外にもお姉様を責めなかった。
「セルフィスはなにか嵌められたに違いない」
「ええ、あの子が理由もなくこんなことをするはずないわ」
そんな両親の姿に、私も拳を握り締める。
「そうよ! きっとなにかの間違いよ!」
そして、私は決意する。
(お姉様を助けられるのは私しかいない――)
こうして私は王国最北端にある、罪人の塔にやってきたってわけ。
待っててね、お姉様! 絶対脱獄させてあげるからね!




