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【短編小説】ファンレックリングハウゼン

掲載日:2025/12/22

 生きてる事が素晴らしいとは限らない。

 何故なら気を遣って愛想笑いを振りまくパーティは続いていたし、ガラスの中の氷はとっくに溶けてなくなっている。

 ピザの空き箱と共に放置されている常温のバドライトを飲む気分じゃなかったけれど、テーブルに残っているのはアリゾナグリーンティーと言う味覚障害のアメリカ人がシロップに緑茶香料を入れた飲み物だけなので、ぼくは帰り支度を始めながら、名前も知らないブロンドに高瀬舟だとかピーターシンガーの話しをしていた。


「それはつまり、どういうこと?」

 ブロンドはぼくがセックスしたいと言うのかどうかに興味があったし、それをどうやって袖にして後で笑いものにするか考えているのだろうと思った。

「死ぬと言う選択肢については、ぼくたちは永遠に分かり合えないと言うことだよ」

 ブロンドは口説かないぼくに呆れて、ブラジャーをしないで着ているキャミソールを直しながらソファを立ち上がった。


 隣で話を聴いていたコージさんは、急に怖い顔をしてぼくの方を見た。

「そんなんしたらキレるで」

「まぁ大丈夫ですよ」

 とぼくは答えたけれど、あくまで事実を述べたまでた。

 誰にでも手札の中にあるジョーカーを切る権利がある。

 そんな分かりきった、安っぽくて感傷的で後ろ向きな、だけど不安と孤独の中で睾丸を握った時の様な勇気がわいてくる一つの事実だ。


「コージさん、もう帰りませんか」

 退屈だった。

 それは自分自身の所為だ。

「もう帰っちゃうの?」

 パーティーの主催は、きょう最初にするぼくとの会話がそれである事に気づきていないだろう。

「明日があるもんで」

 ぼくは手刀を切る。

 ぼくがパーティーを抜けたところで困らないし気づかないなら、それでいいだろう。


 どうせ誰もぼくとセックスしたいと思っていないし、ぼくだってセックスしたいと思える相手を見つけられずにいた。

 それを孤独だと思った事はないし、たぶんアメリカ人は必要以上に繊細なのだ。

 聖書の読み過ぎで、アダムとイヴにならなきゃいけないと思っている。問題は楽園がないことと、自分自身が蛇であることに気づいていない点だ。

 それはつまり、地獄だとか職場に似ている。


「喉が渇きましたね」

 ぼくはコージさんに言ってみたけれど、コージさんは「うん」と言ったきり返事をしなかった。

 ここだと綺麗な水は買わなきゃ飲めない。

 ぼくは財布の中にある数枚の1ドル紙幣を机のポットに放り込んで、パーティーを抜けて外に出た。

「別にコージさんを口説いている訳じゃないですよ」

 綺麗な水が飲みたかった。


 

 アメリカの夜は暗く乾燥している。

 知らない黒人がすれ違い様に顎を上げてぼくに挨拶をする。

 ぼくも顎を上げて挨拶を返す。

 そうやってカツアゲも死も通り過ぎて行く。ラッキーだ。偶然だ。

 ホールドアップで死んだヨウスケの事を思い出した。

 でも酔った頭で描いたヨウスケは、煙草の煙になって口から出て行ったしまった。


 

 ヨウスケは死んだのだ。

 自分で手札の中にあるジョーカーを切った訳でも無いのに死んでしまう奴がいる。事件や事故で切らされるのだ。

 いや、配られるとか押し付けられるとか、そういう感じかも知れない。

 案外多いのかも知れないなと考えると、駅のホームで先頭に立つのも急に怖くなったりする。

 ホームレスや差別主義者に限らず、狂っているか否かも分からない奴らがぼくの背中を突き飛ばす想像をした。


 そんな事を考える人間は外に出るべきじゃないのかも知れない。

 しかしホームで後ろに立っている知らない乗客の破壊衝動が急にピークを迎えてぼくを突き飛ばしたり、タクシーの運転手が急に癲癇を起こしたりする可能性だって否定はできないのだ。

 または飲み慣れたはずの薬で二度と目が覚めないなんて事もある。

 母親と同じ場所で飛び降りるなんて言う劇的なものまであるかも知れない。



 ナオミはそうやって死んだ。

 そうやってヨウスケは冷たくなった。

 そうやって他の同級生は冷たくなった。

 今頃は河原で石を積まされているのだろうか。もしかしたら手伝う事になるかも知れない。

 大丈夫、ゆっくりやろう。


 そう思ったんだ。

「それで終わりだよ」

 ぼくは思い出話をし終えてすこし疲れてしまったので目を閉じた。

 きっとこのまま眠ってしまう。

 マヌカはセックスが無い夜にがっかりするだろうけれど、話をせがんだのは彼女自身だ。

「それで、コージさんとはどうしたの?」

 マヌカはぼくとコージさんがセックスしたのかを気にしていたけれど、そんな事は無かったよと笑うと

「死ぬとか言わないでよ」

 とマヌカは言った。



 

 眠っていたのを誤魔化すように

「君だって居なくなるとか言ったじゃないか」

 とぼくが笑ってもマヌカは笑わない。

 仕方なしに目を開けて

「それでも、いつか死ぬんだぜ。一緒に、と言うわけにはいかないよ。二人の旅先で、それこそ飛行機が墜落したって、一緒に死ねるか分からないさ」

 と言った。

 



 玉川や鎌倉で入水しようが風呂場で練炭を焚こうが薄汚れた車でガスを吸おうが、ダメな時はダメなのだ。

「それにぼくの身体は日々、こうやって朽ちていくのだよ」

 ぼくは膨らんで破裂しそうな肉腫を指す。

 肉腫は体表どころか脳にだってある。

「だから、いつぼくから逃げても構わない。動けなくなったりして、厭になるだろ。でもその時は、生命維持装置みたいなものを切ってくれると助かるな」



 それに何も書かなくなったぼく価値は無いだろう、と言いかけて口を噤んだ。

 何も死期を早めることは無い。

 通過する電車やダンプカーを見るとき、あいつらもぼくを見ているのだ。

 怒られるからまだ行かないけど、耐えられなくなる時はくるから、その時は許して欲しい。

 そう考えながら、ぼくは再び目を閉じた。

 マヌカがぼくの頭を撫でる。

 もう少し先延ばしにしよう、それをどれくらい繰り返せるかだけが、人生の問題なのだ。

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