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婚約解消を宣言したい忠犬令息の攻防戦  作者: 夕鈴


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2/3

忠犬令息の攻戦

王都から離れたアカデミーに入学したセレスタンはアレクシアとの逢瀬の頻度が減ったが、頻繁に手紙でやり取りしていた。


「婚約者にマメだよなぁ。アカデミーなら多少遊んでもバレないのにセレスタンは真面目だよなぁ」

「姫様は文字さえも美しい。近くに視察に来られるのか」

「美しい姫殿下に比べればアカデミーの花は見劣りするか」


アレクシアからの手紙を読んで嬉しそうに破顔しているセレスタンに友人は苦笑する。

アカデミーの剣術大会で優勝、試験は常に主席なのに驕ることなく貪欲に学びを深めるセレスタン。

女生徒にも人気だが、セレスタンはどんな美しい生徒に声を掛けれても、笑顔であしらい、勉学に戻ってしまう。

セレスタンの趣味は勉強とアレクシアと揶揄われても、笑顔で肯定する揶揄いがいのない少年だった。


「汽車は便利でしょ?乗り心地は改善が必要だけど、安全性は保障できるわ。セレスがいるから護衛はいらないから、貴方達は休んでなさい」


セレスタンは護衛としても認められ、アレクシアをエスコートして歩くとどこに行っても視線が集まる。

アカデミーの前に駅ができ、汽車が走るようになったため移動時間が短縮されてからは、長期休暇以外も帰省できるようになり、セレスタンはアレクシアの視察に随行することも増えた。



「聡明で美しいい姫殿下の婚約者なんて羨ましい」

「王女殿下の命令に何でも即答、快諾する姿はまさしく忠犬」

「また主席だろう?宰相閣下の自慢のご子息、でもさ……」


セレスタンが王族の婚約者に相応しいと言われていたのは17歳までだった。

魔力を持つ者は16歳までに発現すると言われていた。

セレスタンの家系で魔力が発現しない者はセレスタンだけだった。

高貴な者が魔力を持つと社交界では囁かれていたため、セレスタンの立場は変わった。


アカデミーの最終学年になる前の休みにセレスタンはアレクシアを訪ねた。

王宮侍女にアレクシアのお気に入りの庭園で待つように案内され、セレスタンは新たに用意された椅子に座った。

真っ赤な薔薇を連想させる婚約者に伝えなくてはいけない言葉は、何度練習しても声が震えてしまった。

薔薇を見ないように地面を見て、呟く。


「僕は、姫様に相応しくないので、婚約を解消しましょう」


セレスタンの膝の上で固く握った拳は震えている。

拳の上に真っ赤な花びらが落ちてきた。

顔を上げると、美しい真っ赤な薔薇が目に映るが見ていられず、目を閉じた。

苦しそうなセレスタンを優しい風が包んだ。

セレスタンの意識がどんどん遠のき、視界が真っ暗になった。

セレスタンが目を開けると、アレクシアと目が合った。


「おはようございます。お昼寝には最適ね」


セレスタンはアレクシアに膝枕され、寝入っていたことに驚き飛び起きた。


「も、申し訳ありません」

「構わなくてよ。それに謝罪すべきは遅れた私よ。待っていてくださりありがとう」

「いいえ。姫様が謝られることは何一つありません。会議が長引いたようですね。お疲れさまでした」

「本当に慣習好きの方々の不毛なやりとりは退屈よ。でもおかげでセレスの寝顔を眺められたのかしら?ここでの素敵な思い出がまた増えたわ」

「姫様、あの、」


微笑むアレクシアに口を開いたセレスタンが言い淀む。

アレクシアの手がセレスタンの髪に触れ、優しく撫でる。


「セレスとのお茶を楽しみたいけど、行きたい場所があるの。連れてってくださる?」

「もちろんです」


セレスタンは条件反射のように即答し、立ち上がりアレクシアをエスコートする。

アレクシアの希望で河川調査に向かい、政策についての話に夢中になり、伝えるべきことを伝えられなかったことに気づいた時には、すでにアレクシアと別れていた。

アレクシアに婚約解消を申し出ようと決めたのに、セレスタンは告げることができなかった。

ようやく口に出せたのはアカデミーの卒業が間近に迫った頃だった。


「姫様、僕は姫様に相応しくない。婚約を解消しましょう」


何度も練習した成果もあり、セレスタンは流暢に音にすることができた。

アレクシアはお茶を一口飲み、真顔のセレスタンを見つめ返した。


「相応しいか決めるのは私よ。私の理解者なのに、全然わかってないわ」

「申し訳ありません。僕には魔力がありません」

「だからなに?セレスは学園での成績はいつも主席でしょ?私に最高の成績表を捧げるのではなくて?もしかして嫌になったの?それともセレスに近付く女狐になびいたの?」

「違います。僕にとって一番美しく魅力的な女性は姫様です。姫様との約束を反故にするなどありえません」

「当然よ。王宮魔導士を目指さないなら魔力は必要ないわ。セレスは私の理解者であり、私だけを見つめていればいいのよ。周囲がなんと言おうと貴方を選んだのは私ということを忘れないで」


真剣な顔で告げるセレスタンの婚約解消の言葉をアレクシアは笑顔で切り捨てた。

それでも頷かないセレスタンにアレクシアは扇で顔を隠した。


「私の理解者になるまでの道は長そうね。理由が必要なら、そうね、美しいセレスがパートナーなら余計な虫が寄ってこないのよ。セレスはパートナーだけでなく護衛としても補佐としての役割もできるでしょ?セレスがいれば、視察にも護衛なしで行けるから、ありがたいわ。それなら納得できるでしょ?」


アレクシアの言葉にようやくセレスタンが頷いた。

次のパーティーでの衣装の打ち合わせと二人のお茶会が終わりセレスタンと別れたアレクシアが大きなため息をついたのには気付かない。


****


「身の程知らずがわきまえろよ」

「あの時最初に挨拶を許されたから選ばれただけなのに」


アレクシア達の婚約破棄を願う声にセレスタンは当たり障りのない返事を返す。

セレスタンはいずれアレクシアから婚約解消されると思っていたが、公には口には出さない。

成長したセレスタンは言葉の重みを知っているので、安易なことは口にはしない。

アレクシアもセレスタンと二人っきりのお茶会ではおしゃべりだが、公の場では扇で顔を隠して静かに聞き入るだけのことも多い。

美しい外見を利用することを身につけた成長したアレクシアの高飛車で傲慢な姿を知るのは側近含め一部の者だけである。

他国の美しい王子と談笑しているアレクシアはセレスタンには勿体ない女性である。


「悲しそうな瞳ですね。貴方にそんな顔をさせる方などやめて、ひと時の夢に溺れるのはいかが?」


セレスタンは貴族令嬢の誘いを断り、会場を出ていく。

セレスタンにとって美しく、魅力的な女性はたった一人であり、婚約者以外の異性と二人になるような誰にとっても醜聞になることは決してしない。

魔力を持たない以外は王女の婚約者に相応しくあるための努力を怠ることはなかった。



「虫除けかぁ。僕もいずれ虫になるのだろうか。でも、どんな形でも姫様のお役に立てるようにしよう。虫だって役割があるんだから」


アレクシアの周りにはセレスタンより魅力的な男が溢れている。

実利主義のアレクシアにとってセレスタンよりも利がある男もいる。

形式を大事にする慣習ばかりの王族の立場を考えれば、婚約解消を申し出るのはアレクシアからのほうがいいと気づいたセレスタンは婚約解消を告げられることを覚悟し待っていた。

セレスタンの予想は外れ、いくら待っても婚約解消の話はなく、アレクシアとの関係は変わることなく続いた。

セレスタンが待っている間にアレクシアは王族一の魔導士と称えられ、主導の河川工事により川の氾濫を防ぎ民からの支持もさらに厚くなった。

偉大なアレクシアに相応しくないセレスタンは、アレクシアが成人したため婚儀の日取りについて話し合いが始まると父から話され、首を横に振った。


「父上、僕は姫様に相応しくありません。姫様には」



悲しそうな顔でいかにセレスタンが相応しくないか語る息子の肩に公爵夫人が手を置くと、セレスタンの言葉は止まった。


「セレスは姫殿下をお嫌いですの?」

「ありえません。美しく、聡明な姫様を嫌うなどありえません。相応しくないのは僕なのですよ、母上」



公爵夫人はセレスタンが婚約解消をしようとしているのに気づいていた。

セレスタンの婚約解消に賛成する者は息子以外にいないことも。


「姫殿下をお慕いしているなら、このままでいいのでは?」

「姫様の隣はもっと相応しい者が立つべきです」

「王族の中で一番統治者としての資質に優れているのはアレクシア姫殿下だ。アレクシア姫殿下はセレスのみを配偶者として迎えるなら、王位を継承してもいいとおっしゃったから陛下も認められた」

「愛しい人を手に入れるために玉座を手に入れるなんて、性別が逆なら物語のようですね」

「なぜ僕なんかを」

「アレクシア姫殿下はセレスになら話してくださるだろう。私にはセレスのみを望む理由を教えてくださらなかった」

「睦言は当事者だけのものですわ。セレスには女心は難しいかしら。そろそろ準備をなさいな」


楽しそうな母親と苦笑している父親に促されセレスタンは部屋を出ていく。

正装に着替えたセレスタンは夜会でエスコートするためにアレクシアを迎えにいく。

馬車の中で日に日に美しくなるアレクシアをセレスタンは真顔で見つめた。


「姫様、婚約を解消しましょう」

「セレスは私に他の男の妻になれと?」

「僕よりも相応しい方を選ぶべきです。魔力のない貴公子の価値の暴落をご存知でしょ?」

「多くの貴族は魔力を持つけど、便利に使いこなす者は稀よ。公爵閣下は少量の水を出せるけど、庭園に水蒔きできるほどの能力はなく、役に立たないわ。魔法は国益にも国防にも必要だから魔導士達を優遇することには賛成よ。でも私が優遇するのは、魔力を持つ貴族ではなく、実利のある能力のある魔導士だけよ」

「僕は……」

「魔力の発現の知識は学ばされるけど、それ以上はアカデミーでも教えてくれないわよね。高給取りの王宮魔導士が少数なのは、才能に恵まれた者が少ないからではなく、賭けに出る者が少ないからよ。魔力は成長期に発現するから、魔法を極めようとすると他がおろそかになるのよ。そして魔力は発現後短期集中で極めないと量を増やすことはできないの。魔力を増やせるのは体の成長が止まる時までと言われているのよ。でも、努力したからって確実に極められるものではなく、突然消えてしまうこともある。だから、魔法以外に生計を立てる手段がある者は魔法を選ばない。セレスが憧れるほど、価値があるものとは魔法の勉強をどんなにしても思えないわ」

「王族一の魔導士の姫様の魔力は後世に残すべきでは」

「玉座の継承条件に魔力の有無は定められていないわ。魔力は魔法に魅入られたり、魔導士として生計を立てようとする者以外は極めることはない。私が魔法を学んだのは、セレスを絶望させるほどの価値があるか知りたかったからよ。貴方がいなければ、学ぶことはなかったわ。私の不確かな魔力よりもセレスは価値のあるものを持っているのよ」


アレクシアは剣の鍛錬で皮膚が厚くなったセレスタンの利き手を握った。


「セレスが努力して手に入れたものは、無くならないし、信じられるわ。私の理解者であるという幼い頃の誓いを守る姿勢も好きよ。でも魔力は努力でどうにかならないものでしょ?私はそんな不確かなものに振り回されるのは嫌なの。突然無くなるかもしれないものに頼りすぎるのは危険よ。魔法は便利だけど、なくても生きられるわ」

「姫様」

「でも、そうね、せっかくだから見せてあげる。会場に行きましょうか」


馬車が止まり、セレスタンのエスコートでアレクシアは立ち上がり、馬車を降り、夜会の会場に移動する。

二人の入場が告げられ、会場中の視線が集まる。

豪華な会場で足を進めていたアレクシアの足が止まる。

セレスタンが足を止めて、アレクシアを見つめるとアレクシアが微笑んだ。


「見せてあげるわ」


アレクシアはパチンと指を鳴らすと頭上から天井が落ちた。

セレスタンはアレクシアを片手で抱き寄せ、もう一方の手で抜刀した。

瓦礫は空中で止まり、アレクシアの小さな笑い声がセレスタンの耳にのみ響いた。


「周囲をご覧なさい。護衛魔導士が私を守るし、私も魔法を使えるから、誰もその場から動いでいないでしょ?どんな時も私のために傍に駆けてくるのはセレスだけなのよ。条件反射のように私を守ってくれる姿も素敵よ」

「姫様」


危険な行動をしたアレクシアをセレスタンは困った顔で見つめる。

アレクシアは微笑みながら、魔法で崩した天井を修復する。王宮魔導士に劣らない歴代の王族一の魔導士であるアレクシアは才能の塊である。


「セレスが守ってくれるからって、危険かもしれない行動は控えるべきよね。ごめんなさい」

「ご理解くださりありがとうございます。姫様」

「私を姫殿下でも王女殿下でもなく、姫様と呼ぶのも好きよ。セレスにしか許さないけど。私は貴方を選んだ時に言ったでしょ?セレスが好きよ。それ以外に必要な理由があって?セレスが欲しいならいくらでも理由は用意してあげるわ。私に自由に触れられるのは世界中でセレスだけよ。不満があって?」


艶やかに微笑みながら囁くアレクシアにセレスタンの頬が赤くなる。

子供の頃と違いエスコートもダンスのリードもできるようになったセレスタンは心のままに美しい女神に手を伸ばしていいのか、わからない。

それでも美しく女神のようが婚約者の手をセレスタンは解けない。

たった一人悩んでいるセレスタンが手を解けない理由を認めるにはまだ時間が必要だった。



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