第7話 卍固め
戦線から離脱した【ジャンクS】は夜闇を飛行すると、『ノーマルラウンダー』達の眼を引いた。
時折、手を振ってくる子供に手を振り返し、『ノーマルラウンダー』の生活圏から更に東――山脈の中へ。
霧の深い渓谷の間に『飛行機関』のモードを滞空降下に切り替えて、ゆっくり高度を下げる。そして、崖の側面にカモフラージュした幕をめぐり、その中に入って更に降下。
『パースロイド』でも通れる程の広さに開けられた鍾乳洞を降下し、更に深く深く降下していくと小さな光が見えてきた。
「よーし、よっしよし♪ 帰ってきましたよっと」
光に近づき大きくなるとそのまま抜けた。その下には広大な地下都市が広がり、灯りを強く照らしていた。
『廃墟都市アンダー』
旧時代の頃より資源とエネルギーを求めて地下500メートルの底を掘り進み、出来上がった地下都市である。崩落と掘り進みを繰り返し、大きな出入り口は存在せず、全体マップなども無い。
『スカイベース』も『アンダー』の事は把握しているが、今もなお掘り進めている事から全容は当時の記録よりも大きく異なっていた。
「運転するだけでも疲れるなぁ」
基本的な生活区は比較的に耐震対策がされている。
【ジャンクS】を地面に着地させ、人や物資を蹴り飛ばさない様に避けたり、跨いだりしながら歩いていく。
『おー、ディンか。その手に持ってるのは何だ?』
「姉ちゃんへの貢品。やらないよ?」
真上を跨ぐ【ジャンクS】へ酒を飲みながら、話しかける男はいつもの様子な様に慌てた様子はない。じゃーな、と酒瓶を掲げながら見送られ、帰路を進む。
『アンダー』では上が捨ててくる廃材や、動かない採掘機械が所構わず停止し、ソレをバラしてパーツにしたり、加工して再利用したりしている。
皆が常に使い終わったモノを漁り、日々の生活に割り当てている。そんな、いつもの光景を【ジャンクS】から見下ろしつつ見慣れた建物が見えてきた。
『ふぃー。風呂♪ 風呂♪』
『フードブック銭湯』。
それは、『アンダー』の住人の往来が絶えない銭湯だった。特定の時間のみ営業しており、その時間内に仕事の汚れを落としに人々は殺到するのである。
【ジャンクS】はその裏手にある洞窟をくり抜いて作った格納庫へ行くと背中の燃料タンクを外し、武装も全て外して定位置に立てかける。『戦利品』は別途で置く。
機体は所定の位置に立たせ、エンジンを切ってハッチを開けて外へ出た。
姿を見せたのは女だった。短い髪にタンクトップを標準で着る彼女は操縦で座りっぱなしだった身体を少しほぐす様に伸びをする。その際にピアスがキラリと光り、そこには『ディルディン』と言う名前が彫られている。
そして慣れた様に外に出ると近くの縄や鎖を手繰り寄せて機体が倒れないように繋いで固定した。
その後近くのロープを使って、するすると降りると装備を全て外して固定されている【ジャンクS】を見上げる。
「よっと。うし、完璧」
『ゴミ、アルカ?』
「お、『ボルック』」
そこへ、やってきたのは頭ほどのサイズをした球状のロボットである。言葉を発したのは近くに人を検知すると必然とそう再生されるようにプログラムされているのだ。通称『ボルック』。
「ないない。別のトコ行きな」
その返答を聞いて“ゴミ、アルカー”と言いながらコロコロ転がって行く。『ボルック』はこの区画では五機ほどが常に移動している。
ちょっとしたゴミを回収し少しでも事故の確率を減らす為に作られたのだ。
「なにが完璧って?」
唐突に背後から声をかけられてビクッとする。
振り向くと、近くの作業台をテーブル代わりに使って機体データを手書きで書き記している女が座っていた。
「た、ただいま! リグ姉ちゃん!」
「おかえりなさい、ディン」
女はデータをまとめる手を止めずに応対する。
「銭湯は? いいの?」
「アンに受付は任せてるわ。何かあったら連絡する様に言ってあるから」
テーブルの横には無線機が置かれており、その対策も万全な様だった。
「随分と早かったわね。向こうで一日は過ごすと思ってたけど?」
「あ、あっはは! ちょっと敵に見つかってさぁ! でも、大丈夫! アニキと全部ぶっ潰したから!」
すると、女は椅子から立ち上がりコツコツと歩いてくる。ディンは少し身体を強張らせて身構えていると、
「よく帰ってきたわ」
片手で頭を引き寄せられて優しく胸に寄せる様に抱きしめられた。
「怪我はない? アンタもヴァンも身の丈に合わない事をするもんだから、お姉ちゃんはいつも心配よ」
「……うん。でも大丈夫。俺もアニキもリグ姉ちゃんを残して絶対に居なくならないから」
親代わりの姉に抱きしめられると何よりも安心できる。ディンはその感覚を心地よく受け入れていると、
「で、なんで【ジャンクS】の片腕が無いの?」
ピタッと、心地よさが消えた。今、抱きしめられた状態でゼロ距離捕獲が成されている。
「えっと。あの……さ。ちょっと敵の攻撃をねー」
「装甲板を含めた『パースロイド』の腕をあそこまで綺麗に抜ける兵器は『エネルギー兵器』以外に存在しないわ。濁さないで、何があったのか言いなさい」
言いなさい。の凄みでディンは逃げられないと悟り、語りだす。
「アニキとー、敵を倒した後にー、『スカイベース』に行くとー、『エネルギー兵器』を持った【ダークブルー】が出てきた。てへ♪」
「ふーん。ふーん!!」
ガッ、スッ、ギュリッ、とディンは一瞬で体勢を変えられると、卍固めをかけられて悲鳴を上げる。
「ギァァァ!!」
「【ダークブルー】が出てきた。てへ♪ じゃ無いわよ!! 【ジャンクS】は無傷で返しなさいって言ったわよね!? それ以上の危険があるなら即時退却! そう言う約束でしょぉぉぉ!!」
ギリギリギリ!!
「ご……べんなさい……」
「1週間後に『アリーナ』もあるってのに! パーツも時間も無いのにどーすんのよ! てか、ヴァンはどこよ! ヴァンは?!!」
「ア……アニキは……『スカイベース』……」
「ハァ!? 退却する時は一緒にしろって言ってるでしょー! 自分に自惚れてリスクばっかり取ってんじゃないわよぉぉ!!」
「うげげげ……」
アニキ……コレ全然許してもらえないじゃぁぁぁん!!
更に締まる卍固めにディンは何とか腕を持ち上げて『戦利品』を指差す。
「あれ……『戦利品』……」
「あぁん!?」
姉の目にソレが入ったのか卍固めは解除された。四つん這いで、ぜーぜー息をするディンを後ろに彼女は『戦利品』に歩み寄ると軽く触る。
「タービンタイプとは違うわね。噂の『ジャナフ』か」
「敵を潰した時に……奪いました……」
「ま、良いわ。【ジャンクS】の『飛行機関』は無事みたいだし、アンタは銭湯勤務1週間で許したげる。『アリーナ』を不戦敗になる分、こっちで稼ぎなさい!」
「は、はいぃぃ……」
何とか許してもらえた。